第15話 私がキャバクラで働く理由

「暁子、一体さっきはどうしたんだ」


 私、昨日の尾上さんの事で取り乱して衛叔父吉永部長さんに迷惑を掛けてしまった。


「叔父さん、ごめんなさい。少し今日は心身ともに少し調子が悪くて」


「確かに顔色も悪い。無理して出社して来なくてもよかったんだぞ?」


「はい。でも今日の関東テクノスさんの訪問を取り次いだのは私だから」


「暁子は責任感が強いな」


 尊敬している叔父さんに褒められるとすごく嬉しい。

 私の両親は私が大学二年生の時に離婚をし、旧姓に戻った母と私にとても良くしてくれたからだ。


 岩田電産に入ったのは自分の実力なのは間違いない。

 だって、叔父さんは私がこの会社の入社試験や面接を受けていることを知らずに 入社後の配属が決まる時に初めて気が付いたと言っていたから。


 あのまま吉永姓を名乗っていたら、私は叔父さんとは同じ部署になることはなかったと思うし、縁故入社と陰口を叩かれていたかもしれない。


 尊敬する叔父さんの会社に入る理由は、実はそれだけじゃなかった。

 岩田電産は、社員の働く環境や多様性を重視するする風土がある。


 業界に先駆けて兼業も条件付きで認めている。


 私の母が父と離婚した理由は、母が変な宗教にハマったからだ。

 貯金を全てインチキ宗教に奉納してしまった。

 いくら父が説得しても信仰心は強く、収入の大半を教団に渡してしまう。


「あなたの幸せのためなの」


 いつもそう言って母は自分のやっていることを正当化しようとした。

 父と離婚して収入が絶たれると消費者金融から借金までした。


 気がつくと多重債務者としてブラックリストにまで載ってしまった。

 

 だから私は出来るだけ働かなきゃならない。

 キャバクラで働いているのはそういう理由がある。

 やっぱり効率的に稼ぐには打って付けだし。


 それから、尾上さん。


 叔父が私の大学の進路を相談するのに一番最初に紹介してくれたのが尾上さんだった。


 尾上さんと会った時、人当たりが良いだけの人かと思ったんだけど、とにかく沢山私の気持ちを引き出してくれて、気がついたら私全部自分の気持ちや考えを吐き出していた。


 そんなことって今までなかった事だったから、自分でもびっくりしちゃって。


 こんな人が自分の彼氏だったら、きっと上手く付き合う事ができるんじゃないかって、そんな風に思った。


 その後、大学生になってからすぐ、私は家族の問題に直面して、恋愛なんてする気になれなかった。


 クラスメートや、バイト先の先輩から言い寄られたことは十指に余るけど、その人たちと尾上さんをいつも比較してしまって薄っぺらさを感じてしまった。


 結局私は卒業するまで誰とも、そう。誰とも付き合ったこともなく岩田電産に入社した。


 昨日、尾上さんが叔父と対等に渡り合ってるのを見て、私は確信した。


 この人とまた巡り会えた。

 

 いつも私の心の片隅に存在してくれていた。


 あの時、手帳を忘れた尾上さんにそれを渡すチャンスがあったのはきっと神様がいるのだと思った。



 そして尾上さんは同じ日に私の「二つ目の職場」に偶然来た。


 隠す必要なんてもうない。

 

 でもわたしは沙織ちゃんとの友情を取ってしまって取り返しのつかない事をしてしまった……


「おい、暁子? 聞いているか?」


「あ、はい、ごめんなさ……」

 突然叔父さんの大きな手が、私の頭をポン、ポンと優しく叩いた。


「色々あるのはわかってる。無理をするんじゃないぞ。まだ暁子は新人なんだ。大抵のことは俺がカバーしてやる。心配するな」


「叔父さんも専務の件で大変なのにごめんなさい」


「ははは! 任せておけ。簡単にやられるような俺じゃないよ」

 叔父さんはそう言って会議室から出て行った。



 叔父さんの優しさが心に刺さった。

 自分の弱さを確認するように、私は暫くその場にいて、ひとしきり泣いた。

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