第13話 匿名の暴力
「おれ、B定食に決ーめた!」
よく言えば天真爛漫、悪く言えば幼稚な三十路の水野は、結衣香と一緒という事もあって浮ついてやがる。
社食のランチを決めるにもいちいちチャラい。
「サトるんは何にするっちゃ?」
タヒねよ。お前は「野ブタ。をプロ〇ュース」にでてくる山Pか。
「何が、『するっちゃ』だよ。ラムの電撃でも喰らって正気に戻れよ」
「水野先輩キモいんだけど」
「今この瞬間だけはお前と同意見だ。いいぞ、もっとやれ。結衣香」
「二人とも酷いなー! ランチは楽しんで食べないとさー」
「有難迷惑です。誘われただけでもウザいのに」
「結衣香そんな冷たいこと言うなよー! 俺たちの仲じゃん」
結衣香は切れ気味に水野の胸倉を掴んで言った。
「いい加減にしないとボクは帰るよ? 先輩とは何もなかったし、これからも何もないから!」
水野は涙目になった。
「水野、ほら、列進んでるぞ」
僕に促されて水野はシュンとした顔で列を詰めた。
「そう言えば尾上先輩、今年は田淵部長がオフサイトミーティングやるって言ってましたけど何か知ってますか?」
オフサイトミーティング。
効率的な会議運営のために職場を離れた場所で行う会議の事だが、その実、ほとんど社員旅行のようなものだった。
「少しなら真島課長から聞いてるぞ。秋ごろって話だ」
「なになになに、オフサイトミーティングって?」
水野よ、そこから説明しなきゃならんのか?
「お前向けに端的に説明してやると、一昨年千葉の鴨川のホテルで一泊二日で会議やっただろ? アレだ」
なぜか水野はそれを聞いて石化したように動きを止めた。
どうしたことかと結衣香を見ると、結衣香も僕から目線を逸らした。
「まさかとは思うけど、お前たち……」
「そのまさかですけどね」
結衣香によると、一回目に水野が結衣香に撃沈されたのがそのオフサイトミーティングだったらしい。
「悟ぅ、お前知ってて言ったんじゃないのかよー」
「悪いがお前たちが付き合うとか付き合わないとかは興味ないんでな。で、日程は連休中の月末だと。有給取りたかったんだけどな。本当は」
「えー、それマジですか? 最悪っすね」
「場所はまさか……」
「そのまさかだ。鴨川グランビューホテルだ」
水野はその場に崩れた。
その姿を見て社員食堂にいる社員たちは別段驚かないが、冷ややかな目で水野を見ている。
もう皆さんコイツの仕草には慣れっこ、ってことですか。
「まあ、営業部の一課から三課まで総勢32名が一堂に集まる機会はそうはないさ。親睦を図るっていうことも悪い事ばかりじゃないと思うけどな」
「いつも動きがキモい尾上先輩、大人っすね。こういう時だけ」
「いちいち暴言吐かないとハゲる病気なのかお前」
「てへっ」
何が「てへっ」だ。まったく。じゃじゃ馬め。
「はーい、B定食とA定食ね」
社員食堂のおばちゃんから定食をようやくカウンターで受け取った僕たちは、席についてとりとめもない話をした。
「そういやお前、昨日なんか岩田電産行っていい事あったらしいじゃん」
「えっ?」
真島課長、コイツになんか言ったのか?
「先輩、それでキモい動きしてたんですか?」
「ズバリ、コレらしい。課長から聞いちゃったー!」
下品にも水野は小指を立てて結衣香に差し出した。
「おい!」
やはり真島課長か。
「先輩もスミに置けないっすね(笑)」
と言いながら物凄く冷たい視線を結衣香は僕に差し向けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「悟、ちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
午後四時ごろ、どこかに行っていた真島課長が戻ってきて僕は同じフロアにある小さめの会議室に連れて行かれた。
「単刀直入に言う。今日の午後に入ってすぐ『セクハラホットライン』でお前が人事に告発された」
ショックのあまり咄嗟には言葉が出なかった。
「『セクハラホットライン』は匿名だから誰が告発したかは分からない」
僕は何とか気を振り絞って、
「僕は誰にそんな事をした事に?」
と聞いた。
「結衣香だ」
「なんで」
頭が混乱していると語彙が極端に少なくなる。
「だって、今日一緒に昼飯食べてんですよ?」
「その時の様子をお前は告発されているんだ」
何だって? むしろハラスメント受けてたのは僕の方なのに!
「いつものように結衣香から酷い扱いをされていたのは僕と水野ですよ。本人ではなく、誤解した誰かが密告したってことですね?」
「言っただろ?『セクハラホットライン』は匿名だと」
僕は唇を噛んで天井を仰いだ。
「人事から個々にお前と結衣香に事情聴取が行われる。その前にちゃんとお前から事実を聞いておきたい」
何でこんなことに。
「俺には嘘偽りなく話せ。良いな?」
「分かりました」
力なく僕は返事をした。
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