僕と彼女を阻むもの

第12話 すっぽかしたのは僕だ

 社に戻ると、東堂さんが心配になったので、昨日すっぽかされたことはともかく、電話をすることにした。


 今朝充電してから、社用の携帯電話を全く見ていなかったので僕は留守電の件数が5件入っていることに初めて気が付いた。


(おいおい、すっぽかしたのは、僕の方じゃないか……)


 きっと、東堂さんは何かしらの事情があってあの場所には来ることができなかった。

 そして僕の携帯に何度電話しても僕の携帯はバッテリーが切れていて連絡が取れなかった、そういう事だ。


 後悔の念と、東堂さんに対する罪悪感が一挙に襲ってきた。


 頭を抱えていると、後輩の汐留 結衣香がいつの間にか僕のデスクにやってきて、憐憫の眼差しで睥睨みおろしている。


 結衣香は、にかっと笑った顔をしながら口を開いた。


「尾上先パーイ、またさっきから気持ち悪い動きしてますね」 


「なんとでも言ってくれ。今ぼくはもうどうでもいい気分だからな」


「先輩、どうでもいいついでにこれ、確認お願いします」


 結衣香は仕様書のファイルをポン、とデスクに置いて自席に戻って行った。


 まったく可愛げのない。


 これでもアイツが新人の頃は、色々と仕事の事を教えたり一緒にお客様のところに謝罪しに行ったりと面倒を見てやったんだけどな。


 結衣香は仕事の呑み込みが早かった。


 同じミスは二度と繰り返さない慎重さもあった。


 新人の頃からぶっきら棒だったが、最近は更に磨きがかかったようにキツイ態度をとって来る。

 長い髪をハイポイントでポニーテールにしていて、ルックスはかなり美人の部類なので同期入社の男性社員からは新人の頃は大モテだったが、この性格が災いしてか今では近寄るヤツもいない。


 今ではガッツリ残業を夜遅くまでやっていて人事部長からも改善勧告されていたっけ。

 真島課長も連名で怒られていたけど、本人が「あたし仕事が恋人ですのでお構いなく」と平気で言い放つので半ば呆れかえっている。


 とりま、気を取り直して電話を掛けてみよう。


 さすがにオフィスで電話は憚られるので、廊下に出て歩きながら電話することにした。


 着信履歴から東堂さんを選んでタッチした。

 呼び出し音が鳴る。 

 緊張してまた僕の心臓の音がうるさいくらいに聞こえてきた。


 しかし、十コール程すると留守電になってしまった。


「えーーーーっ! なんで!」


 僕は廊下にほかの社員がいるのにも関わらず大きな声で叫んでいたらしい。


「おい、尾上どうした?」


 げっ、田淵部長だ。


 田淵 喜一。五十三歳。

 関東テクノスの営業部長で、真島課長の直属の上司だ。


 バブル時期に入社し、イケイケで営業してきた根っからの「平成初期の営業マン」だ。

 気合と根性が座右の銘で土下座が得意技。


 しかし、数字に細かくお客様へ提案する条件の決済は困難を窮める。


「た、田淵部長!」


 恥ずかしさと共にこの場を取り繕う言葉をコンマ五秒で探した。


「い、岩田電産の件で少し難航しておりまして。先方の吉永部長と電話をしようと思ったのですが、電話に出ていただけなくて思わず声を上げてしまった次第で……どうもすみません」


「なんだなんだ、お前らしくない。真島からは聞いているぞ。吉永部長、結構困ったいらっしゃるようだな。今回はオレもできる限りの事はサポートするから、大船に乗ったつもりでいろよ」


 稟議書を回すと最低二回は突き返してくるし、そのせいで失注したこともあるのに随分となじってくれましたよね。この間。


 何が大船だ。泥船のくせに!


 とはいえ、田淵部長はそれなりに僕たち若手社員には力を貸してくれる。

 お節介なところはあるし、タバコの吸い過ぎで息が臭いけどそれほど嫌いではない。

 話が長くて苦手は苦手だけど。

 

「はぁあ、大船に乗ったつもりでいますよ」


「なんだ、その間の抜けた声は。吉永さんになら俺が話つけてやるぞ? どれ、携帯貸してみろ!」


「いえ、大丈夫です!」


「何が大丈夫だ。そんな今にも死にそうな声をあげておいて。困ったらこの田淵に言うんだぞ? ハハハハハ!」


 と言って部長は去っていった。


 貸してみろ、と同時に部長の右手が携帯に手が掛かっていた。本当にヤバかった。


 もし部長に携帯を引ったくられていたらどんな事になったことやら。

 お節介も過ぎるだろ、部長。


 デスクに戻ると、同期で同じ課の水野が僕を呼んだ。


「悟、結衣香と三人で飯行かねえ?」


 ああ、もう昼の時間か。


 色々ありすぎて時間が経つのが早いぞ、今日は。


「ああ、いいよ」

 

 水野詩郎 ―― クソイケメンで開業医の父親がいるクソ金持ちだ。


 クソを三つも並べたが、僕らは仲は良い。単に僕がやっかんでいるだけ(笑)。


 コイツは結衣香の事が好きで、二度と告白して二度とも撃沈したらしいが、こうやって普通に昼食を結衣香と食べるとか僕にはちょっと信じられない。

 二人ともどんな心臓してるんだか。


 三人でランチする事になったこの事が、僕を窮地に追い込むことになるとは、思いもしなかった。

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