第10話 吉永部長の苦悩
「関東テクノスの尾上と申します。10時に購買部の吉永様と打ち合わせなのですが」
僕は真島課長と共に岩田電産の受付にいた。
時刻は午前十時五分前。
会社で一旦真島課長と落ち合ってから、新橋にある岩田電産本社へ電車で移動してきた。
「少々お待ちください」
受付嬢はそう言うと内線で吉永課長に僕達の来訪を告げた。
待ってる間、少し気を抜くと眠気からあくびが出る。
結局昨日は東堂さんにすっぽかされ、今日の吉永部長への謝罪の訪問の対策もできないまま、まんじりともせず夜を明かしてしまった。
(もう、どうでもいいや)
今日、真島課長と東堂さんが鉢合わせになっても、二人とも吉永部長の前では何事もなくやり過ごすだろう。
その後のことは正直どうでもいいと思った。
僕はきっと東堂さんにからかわれただけなのを勘違いしているだけに違いないんだ。
「悟、なんかお前眠そうだし大丈夫か?」
「あ、はい、すみません。もちろん大丈夫です」
「それならいいんだが。昨日、あれからどこか行ったのか?」
どうして真島課長はそう思ったんだ?
嘘をついてバレた時の方が怖い。しかも結局僕は東堂さんにすっぽかされて誰とも会っていないのだから言ってもいいだろう。
もちろん、目的は違う事にしておかないと。
「ええ、ホームに上がった後、今回の謝罪の事を練り直そうと思って少し酔い覚ましにコーヒーを飲みに行ったんです」
「ほぉ、そうなんだ。なんていう店だ?」
「『アーチーズ』という店でしたよ。なんかウエスタンチックな」
「なんでそんなところを知ってるんだ?」
僕は直感した。
真島さんは僕を監視していたんだな。
「何でって、Goo〇leで調べて何件か候補が出て来たんですけど、ここの内装にちょっと惹かれて興味を持ったんですよ」
「ふーん」
僕がボロを出すのを待っていたのだろうか。まだ詮索しているように見える。
「お待たせ致しました」
僕と真島課長の間に流れている妙な緊張感を破るように、女性の社員が僕たちを呼びに来た。
(あれ、東堂さんではないんだ)
昨日は東堂さんが僕を受付前まで迎えに来てくれたが、今日は違う人だ。
エレベーターに乗って目的の四階まで僕たちは無言だった。
「部長の吉永はすぐに参ります」
僕と真島課長は会議室に通され、奥の上座への着席を促されたが、そのまま立って待つ事にした。
軽く会釈すると、案内してくれた女性は扉を閉めて出て行った。
机の上にはVolvicのミニボトルが3つ置いてある。
どうやら東堂さんは今日は登場しないようだ。
「お待たせして申し訳ない」
吉永部長が苦々しい表情で会議室に入ってきた。
「部長、昨日は生意気なことを申し上げて、本当に申し訳ありませんでした!」
僕は一歩入り口付近にいる吉永部長に歩み寄って深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
真島課長も僕の横に並んで頭を下げてくれた。
「どうしたんだ、お二人とも」
「いえ、昨日は大変失礼な事を尾上が申し上げたようで」
「いやいや、真島さん、こちらが無茶な事を言ったからですよ。こちらこそ申し訳なかった」
苦々しい表情をしていたのでかなり立腹しているのかと思いきや、昨日僕に言い放った無理難題を悔いているのだという。
「吉永部長、大変おこがましいとは存じますが、御社内で何があったのでしょう? 吉永部長はお付き合いが始まってから難しい課題は下さいますが、無茶は決しておっしゃらなかった」
「いえ、何もないですよ。購買の部長として時折無茶と思われるような事も言うことはあります」
「しかし」
「まあ、この件はお互い様ということでいいでしょう」
「はあ」
真島課長も取り付く島がないようで、短い返事しかできない。
だけど吉永部長、いつもの豪放磊落さが全くない。
何かあるはずだ。
全く違う話をしたら何か手がかりは掴めないだろうか。
「あの、東堂さんに昨日この場を設けて頂いたのですが、本日はご同席ではなかったんですね」
すると吉永部長の顔が、急に険しくなった。
「ああ、申し訳ない。今日は体調不良でね」
えっ、東堂さん大丈夫だろうか?
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