第9話 バッテリー

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 ウエスタンな感じの看板と東堂さんが教えてくれた通りで、カフェレストラン「アーチーズ」は簡単に見つけることができた。


 店内に入ると内装も凝っていてビッグサン〇ーマウンテンのアトラクション内のようなアーリーアメリカンを感じさせるような壁、調度品、アクセサリーが目に入った。


「はい、一人ですけど、後でもう一人来ます」


 僕がそう告げると対応してくれた女性のスタッフが良かったらこちらへどうぞ、と窓際の四人席に案内してくれた。通りに面していて通りかかる人が良く見える。


 さっきのスタッフさんがおしぼりとお冷とメニューを持ってきてくれた。


「ご来店早々で申し訳ないのですが、ラストオーダーでお願いできますか?」


「あ、はい、じゃあ、ホットコーヒーを一ついただけますか?」


「はい、ホットコーヒーですね? 唯人君、ホットコーヒーを一つ!」

 

「ホットコーヒー一つ、了解しました」


 カウンター越しの厨房から、若い男の子の声がした。


 この店はなんだか居心地が良い。

 内装とかじゃなくて、働いている人達の雰囲気がいいな。


 程なくホットコーヒーが運ばれてきて、テーブルの上に置かれた。


「あの、もしお嫌いでなければこちらもどうぞ」


 と、頼んでいない小さなレアチーズケーキも置かれた。


「あの、嫌いじゃないですけど、本当にいいんですか?」


「はい、もしよかったら召し上がってください。このケーキも食べてもらった方が嬉しいと思います」


 あ、そうか。閉店が近いから僕が断れば廃棄されるんだな。


「喜んでいただきます。あの、お金は払いますから、もう一つお願いできますか?」


 女性のスタッフは勘が良いらしく、


「はい、かしこまりました。お連れ様がいらっしゃったらお出ししますね」


 とニコリと笑って僕の席を離れた。


 気遣いが凄いな、このお店。


 僕はコーヒーを飲みながら、ポケットから携帯電話を取り出した。バッテリーの残りは三パーセント。

 暇つぶしに何かアプリでも開こうかと思ったけど直ぐにバッテリーが切れそうだったので諦めた。


 三十分経った。

 

 カップのコーヒーはもう五分前には空っぽになっていた。

 僕のレアチーズケーキは跡形もない。


 東堂さんはまだ来ない。


 携帯電話はバッテリー切れで電源が落ちていた。

 これで東堂さんとは連絡を取る術はない。


 東堂さんに何かあったのだろうか。


 不安だけが胸中をよぎる。

 窓の外を何度も見た。

 

「あの、申し上げにくいのですがそろそろ閉店の時間なので……」


「あ、はい、すみません」


 会計を済ませると、後ろからさっきの女性のスタッフが声を掛けてきた。


「お連れ様と会えるといいですね」


 浜崎、という名札を付けた、よく見るととても綺麗な人だった。


「ええ、そうですね。コーヒーとチーズケーキごちそうさまでした」


 申し訳なさそうな表情をした浜崎さんに遅くまで居座って却って申し訳なく思い、そそくさと「アーチーズ」を後にした。


 時計を見る。

 もう終電間際だった。


 走ったら、間に合うかな?


 いや、そもそも東堂さんと会っていたら終電は逃していただろうし、このまま帰ったらみじめで仕方ない。

 もう一杯、どこかで強い酒でも飲んでしまいたいと思っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「りおんちゃん、ゴメンね遅い時間まで付き合わせちゃって」


「ううん、沙織ちゃんのためだもの。気にしないで」


 暁子はそうは行ってみたものの、悟をすっぽかしてしまったことを後悔していた。


 電話で連絡を取ればきっと悟は分かってくれる。


 そう信じていたのだが、何故か悟の携帯電話は先ほどから「電源が入っていないか電波の届かないところにいます」を繰り返している。


(尾上さん、どうしたのかな。無事だといいのだけれど)


「色々聞いてくれてありがとう。お客さんを好きになちゃだめだよね? ダメなアタシだ」


 暁子は内心で私も尾上さんが好きなのに、と言いたかったがどうしてもいう事が出来なかった。


「あ、ヤバぃ。りおんちゃん、終電大丈夫?」


 暁子は腕時計の時間を見て驚いた。


「うーん、ダメかも。最悪タクシー乗るしかないかな」


「ゴメンね、本当。私は歩いても帰れるところだけど、ウチ、泊まってく?」


「明日お客さんがくるから、どっちにしても家には帰らないとだめなんだ。ありがとう、気を遣ってくれて」

 

「りおんちゃんは、朝から夜中まで働いてて大丈夫なの?」


「うん、私、頑張らないといけないから」


「そう言う話も今度よかったら聞かせてね」


「うん、わかった」


 そう答えた暁子だが、自分の闇は簡単に人に話せる訳ないじゃない、と思っていた。

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