第6話 告白は自分でさせてくれ
「覚えていないのは仕方ないけど、ちょっと淋しいかな」
「本当にごめん、まるで記憶がないよ」
東堂さんみたいな人ともっと前から知り合いなら、僕は今までずっとトラウマに悩まされずに済んだに違いない。
「あの、覚えてないですか? 五年前の夏」
五年前の夏は、元カノに浮気されて失意のどん底にいた時だ。
「部長の吉永は、私の叔父さんなの」
それを聞いてアゴが外れた。
「えええっ、本当なの?」
「うん、本当よ。父の弟が吉永なの。あの時、大学進学の件で吉永に相談してたんです」
あ、それは覚えてる。
吉永部長の姪御さんが僕の出身大学の国立神奈川大と慶法大のどちらが良いか悩んでるって話だった。
漸く僕も吉永部長から個人的な相談までしてもらえるようになったって物凄く喜んでいたっけ。
「確か、僕は慶法大を薦めたんだったよね? その姪御さんって東堂さんだったの?」
「ええ、自分の出身校を薦めないなんてなんでかしらって、凄く気になって」
「それで直接話してくれないか?って、僕が吉永部長から依頼されて、岩田電産の会議室で話したんだよね?」
「やっと思い出してくれましたか?」
「やっと思い出した。あの時学生服を着ていて髪の毛もロングだったし、眼鏡は今みたいに掛けてなかったんじゃ?」
「そう。目が悪くなったのは大学時代なんです」
東堂さん、キャバクラに勤務している時はコンタクトレンズにしているようだ。
「でも、その時に呼んでいたのは尾上さんだけじゃなくて、他の会社の若手も同時に呼んでたの。記憶が混同してるみたいで、叔父さんは私と尾上さんを引き合わせた記憶がないみたい」
それで名刺交換の時にそう言ってくれなかったんだな。
「それにその頃の東堂さんは、吉永姓じゃなかった?」
「そう。両親が離婚して母の姓を名乗ることにしたんです」
「そうだったんだ。それは大変だったね」
「でも、あの時、尾上さんが親身に相談に乗ってくれたから慶法大に行けたんですよ?」
「おい、悟」
突然背後から声がした。
やべえ、真島課長帰ってきた。
「あ、はい」
「何りおんちゃんと速攻で仲良くなってんだよ?」
「あ、あ、ヨッシー先輩のアピールを超してたっす! 仕事できる人で、マジでリスペクトしてるって」
「え、本当か? そっかぁ、お前本当に良いやつだな」
全く先輩はおめでたい人ですよ。
「あ、そうそう、りおんちゃん」
あ、そうそうって、真島課長、一体何を言うつもりだ?
「悟のことなんだけどさ」
「え、尾上さんが何か?」
「今日なんか運命の出会いをして来たらしいんだよ!
あちゃー、ソレ言う? 何故今ソレを?
「今日、ですか?」
「そうなんだよー。 悟が元カノに浮気されてから、女性恐怖症とか女性不信とかとにかく女っ気がずっとなくてね」
「ヨッシー先輩、その話はもう……」
「何言ってんだよ、オレはさ、お前があんなに酷い事になってたのが、今日それを覆すような女の子に出会えたって聞いて本当に嬉しかったんだぞ」
東堂さんが身を乗り出す。
「その人って、どんな」
「取引先の新入社員だって。な、悟?」
最悪の気分だ。好きな人には自分で告白したいのに‼
なんで、なんで勝手に……
「おい、悟。何で泣いてるんだ?」
悔しくて涙が出てきた。
とにかく真島課長はデリカシーが無さすぎる!
まあ、りおんちゃんが東堂さんだと知らないわけだけどさ。
じっと東堂さんが僕を見つめている。
なんだか瞳が潤んでいるように見える。
不思議な気分だ。
僕ら二人は、既に五年前に出会っていて、まさか相思相愛だったなんて。
東堂さん、君に会えて本当に幸せだ。
そして地獄だ。
とにかく今わかっているだけで人間関係が複雑すぎるほど入り組んでいる。
東堂さんは吉永部長の姪であり上司の真島さんの片思いの人で、そして僕のことがずっと好きだったらしい。
彼女とすんなり恋人同士になる未来は、僕には全く見えなかった。
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