第5話 5年前から?

 結局僕はヴーヴクリコを開けることにした。

 一本二万円だそうだ。


 正直痛い。

 財布も痛いが、好きになった人に促されて「好きな人ができた記念に」開けさせられるなんて。


 ヴーヴクリコの栓が開き、派手な音が出ると、「堕天使」のホステスやスタッフ達は口々に


「おめでとうございます!」


 と祝ってくれたけど、ねえねえ、おめでたいのはいったい誰なんですか?


 しばらくすると真島課長は、


「ちょっとトイレ行ってくる」


 と言って立ち上がった。


 りおんちゃんこと東堂さんは真島課長をトイレまでエスコートしに行った。

 二人が席を離れている間、なんと沙織の僕に対するアタックが始まったのだ。


「この後アフターしない?」

 

 アフター。

  

 なにそれ。


 また料金が必要なの?

 

 戸惑う僕を見て沙織はまたも、


「アフターは、私たちがお客様のために使うプライベートタイムみたいなものだから、心配しないで」


 と、そっと耳打ちしてくれた。


「悟さんってさ、なんか見た目はものすごくやりてのギラギラした営業マン、って感じなのに本当にこういう所に慣れてないのね?」


「まあ、女性が……少し怖かった時があって」


「へぇー、意外」


 そう言いながら沙織は腕を組んできた。

 

あすか嬢は、


「私ヘルプに行ってきます。悟さん、またね」


 と言って僕たちのテーブルから離れて行った。


 入れ替わりにりおんちゃんが単独で戻って来た。


「沙織さん、すみません少しお客様が増えてきたので、三卓にヘルプお願いできますか?」


 一瞬沙織はムッとした顔をしたけど、


「はぁーい。悟さんじゃあまたね」


 と素っ頓狂な声を出してまたもや席を離れて行った。


 りおんちゃんは、僕の隣に座った。


「あのっ!」 


 二人の声がシンクロした。


「さ、先にどうぞ」


「いや、東堂さんこそ先にどうぞ」


 僕がそう促すと、


「ここで働いていることは、絶対に吉永部長には秘密にしておいてください!」


「も、も、勿論ですよ!」


「本当⁉ 良かった」


 東堂さんは本当に安堵をした顔をして、一拍深く息を吐いた。


「あの、僕がここに来たことを軽蔑しましたか⁉」


 僕は自分が気にしていることを思い切って東堂さんに聞いてみた。


「なんで、どういう意味ですか?」


「女性と一緒にその、こういう所で飲んでるのってどう思うかなって」


 すると東堂さんは声をあげて笑い出した。


「アハハハ、なんでですか! 私なんてで働いているし!」


「いや、そういう意味じゃなくて」


「じゃあどういう意味?」


 実際僕はキャバクラで働く女性の事にネガティブなイメージを持っていない。


 でも上手い言い方が見つからない。


 東堂さんだって、吉永部長に秘密にしたいと思っているんだ。

 自分だって何かしらの引け目を感じているのだと思う。


「好きな人ができたんですね」

 

「あ、いえ、そうなんですが、今はそれも泡と消えました」


「どういうこと?」


 言えない。東堂さん、これじゃまるで拷問だよ。


 好きになった人に、人を好きになった記念のシャンパンを開けさせられて、「誰が好きなの?」と聞かれて まともに応えられる自信はこれっぽっちもない。


 僕が下を向いて俯いて黙っていると、


「あのね」


 という東堂さんの声がした。


 僕は顔を上げた。

 東堂さんは、優しそうな顔で微笑んでいた。


「わたし、ずっと尾上さんの事を好きだったんですよ」


 ちょっ、東堂さん⁉ 何言ってんのあなた!!!


「私失恋しちゃったみたい」


「あのぉ、ちょっと言っても?」


「ええ、どうぞ」


「好きだったって、いつからですか」


 そうね、と彼女は思案顔をして、


「もう5年くらいになるかしら」


 と、不思議なことを言う。


「どういう事ですか? だって、僕は東堂さんと今日初めて会ったばかりなのに」

 

「尾上さんは、私の事覚えてないのかしら?」


 嗚呼、神様。僕は何かとんでもない事をやってしまったようです。

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