第4話 東堂さん、ぼくを祝わないで!

 ぼくを見た東堂さんは、一瞬にして顔がこわばった。


 自分の顔は見えないが、おそらく僕もまた酷い表情をしているはずだ。

 

 誤魔化すように僕は立ち上がった。


「ヨッシー先輩!! りおんちゃん来ましたーー! いえーい!」

 もう破れかぶれだ。


 気が付かないフリをするという僕の意図を理解した「りおん」こと東堂さんは、


「どぉもぉ~、りおんでーす」

 と上手く僕に同調して、指名した真島課長の隣に座った。


「そちらの方は、はじめまして、ですよねぇ?」

 そう繕った目の奥は戸惑いと言うか、怒りと言うか、なんとも言えない深い表情だった。


 久しぶりに好きになった女の子と、初めて会ったその日のうちににキャバクラで再会するなんてドラマチックも過ぎる。

 

 それで真島課長のお気に入りってどんなにアンラッキーなんだろうか。


 課長とは摩擦は必至、悪い事しか思い浮かばない。なんてツイいてないんだ。


「りおんちゃん、乾杯しよう。何か頼みなよ」


「わー、ありがとうございます、じゃあスプリッツァーを」

 真島課長はいつもは頼りになる上司だけど、東堂さんに入れ込んだ姿を見ると情けなさとか、嫉妬から来る怒りみたいな感情が湧いてくる。

 

 僕は努めて冷静にこれからの事を考え始めてしまった。


 明日、東堂さんとどんな顔をして岩田電産で会えばいいんだろう。


 いや、その前に真島課長のために僕は東堂さんを諦めないといけないのかな?

 努めて冷静に考えようとしたけど、嫉妬や恥ずかしさや色々な感情がないまぜになってしまった。


「ねえ、悟さん、どうしたの無口になっちゃって」

 沙織が意味もなく身体を僕にピタッと寄せて来た。


「いや、ちょっと酔ってきたかな? アハハ」


「そうなの? じゃあウーロン茶でも頼もうか?」


「そうだね、お願いするよ」

 酔ってないし、ウーロン茶なんて欲しくない。


 真島課長は僕と沙織のやりとりを見て言った。

「悟、どうした。沙織にあすか。両手に花なのにそんな浮かない顔をして」


「あ、済みません。もう大丈夫ですよ」


「悟さぁ、好きな娘が出来たんだろ? もっとはしゃげよ」


「ヨ、ヨッシー先輩っ! その話は……」

 東堂さんの顔が一瞬にして無表情になったのを僕は見逃さなかった。

 しかし、東堂さんはすぐに作り笑顔に戻って、


「へー、悟さんに好きな人ができたの? お祝いしないと。シャンパン入れましょ?」

 ちょっ、東堂さん、あなたの事なんですよ?

 東堂さんの中での僕のイメージは、「キャバクラで好きな人ができたのをひけらかすバカ」に決定したんだろうなあ。


「モエ・ブリュットで良いかしら?」

 その呪文、幾らするんですか? 東堂さん?


 顔を硬らせていると沙織がすかさずフォローしてくれる。

「当店では一番お手頃なシャンパンだから」

 それでも軽く二、三万円くらいするんだよね。ここで断るのはきっと無粋なんだろう。

 チョロいと思われても仕方ない。

 

 さようなら、東堂さん。僕は君と結ばれる運命じゃなかったんだね。


「じゃ、じゃあお願いしようかな?」

 すると真島課長がいきなり叫んだ。


「悟、こういう時こそ良いシャンパンを開けるんだ。家飲みでモエもいいだろう。しかし、堕天使ここでそんなもん入れても誰もハッピーにはなれないぜ?」

 突然何を言い出すんですか。真島課長、もちろん自分で払ってくれるわけじゃないですよね?


 一人ぽつねんと浮いていたあすか嬢がいきなり会話に闖入。

「じゃ、ヴーヴクリコね」

 次の呪文は幾らするの? ね、ね、あすかさん。


 沙織が再びフォロー。

「真島さんがたまに開けてくれる奴だからそんなに怖がらなくて良いわ」

 十分怖いわ。


 独身貴族の真島課長と僕を同列に語るな!

 

 それから課長、下から二番目のやつを「良いシャンパン」とか悲しいっす。

 それすら怖くて値段を聞けない僕のことはこの際棚に上げさせてもらうけど。


 緊張していて今気がついたが、沙織は僕の肩や太もも辺りにベッタリとボディータッチしている。

 

 何か不穏な視線を感じたので顔を上げると、りおんちゃんこと東堂さんの視線が僕を突き刺していた。


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