【⠀君との魔法石⠀】10年振りにあった幼なじみ、僕に一途過ぎて絶対幸せにしてやるっ

サリア

魔法石の力



 ほわぁ。夕方のうすい闇の中にぼんやりと輝く何かを見つけた。僕たちは光に向かって一直線に走った。秋の涼しい風がビュービューと駆け抜ける。

少し茶色くなった草木のにおいが鼻を刺し、遠くには今にも消えてしましそうな微かな陽が山の輪郭をあいまいにする。


「ねえ!あれなんなのかなあ?」

「きれいだねー!」

「うん!」

「行ってみよう!」


二人は駆け出した。


そこには大きな石があった。凸凹とした穴が開いていて、とても不思議だった。

その中央の穴には何か光を発するものがある。


近づいてみると、それは子供の手に収まるくらいの小さな石だった。そして、よく耳を澄ますとカラン、コロン、カラン、コロンと一定のリズムを刻んで優しい音が聞こえてくる。それはそれは美しい石だった。

紫色に煌煌と光を発し、中をよく覗くと中には丸い光の結晶のようなものが見えた。

それが中で形を変えながらぐるぐると回転していて、それはまさに神秘、と呼べるものだった。


「これなんだろうー?」

「なかがキラキラしてるねー!お星さまみたい!」

「うん!」


空を見上げると、一番星が山の端に見えた。キラキラと明るい光が目に届く。

空の星と光る石を見比べているうちに、一つだった星が二つ、三つと増えていった。

空はいつしか星の川が生まれていた。


辺りを見回すといつしか真っ暗になっていた。いつもはこの時間で暗くなることなどない。今日は珍しい夜だ。考えていた以上に暗くなっていたことに二人は慌てだした。


「レーガス!早く帰らないと、お母さんにおこられちゃうかも!」

「そうだね!大変!ラナいそごう!手をつなぐよ!」


ラナに向けて手を伸ばし、その手をつかんだラナを引き寄せる。ラナの小さいからだがグイッと引き寄せられる。


ラナの右手には光る石が握られていた。


「これさっきの石だよっ!この石をもってかえろう?」

「だめだよ。」

「どうして?」

「ぼくももってかえりたいけど、なにかここからうごかしてはいけないような気がするんだ」

「神さまのすんでいるところかもしれない?」


ラナが少し考えてから言う。


「わからないけど…」

「でも…!でも…こんなにきれいなのに…」


本当に離したくなさそうに、そうでなければここを動かないというような口調でラナが訴える。


「じゃあわかった。代わりにこれをあげるよっ!」


ラナは泣き出しそうにしていた目を僕に向ける。光る石に照らされて、ラナの薄浅葱の瞳がくっきりと映し出される。


「これは何?」


「これは僕とラナの約束の証さ。」


僕は咄嗟に近くにあった手ごろな石を取ってラナと僕一個ずつに割った。ちょっと血がでていたかもしれない。できた石ころ、石片と言った方が正しいかもしれないそれは灰色でトゲトゲしているようなものだった。そして続けざまに言う。


「これをもって、またここにいっしょに来よう?そうしたらまたみれるさ。」

「くれるの?」

「うん!」

「ありがと!そのときはまた、いっしょにたくさん見るんだからねっ?約束だよ?レーガスも石なくしちゃだめだからっ!」


「うん!ぜったい!やくそくだ!」


ラナは僕があげた石を大事そうにズボンのポケットにしまった。


それから、ラナは石をもとあった場所に戻す。暗くて、なんとか元の場所を見つけ出したのを覚えている。膝ほどまである草をかき分けて、ゴツゴツとした大きな石の穴の中に置きなおす。


「また来ようね?」

「うん!ぜったい来よう」


煌煌と輝く石の光が二人が走る後ろ姿を照らしていた。











あれから、十年がたった。


幾度となく繰り返されてきた記憶が、またきょうも駆け巡る。

あの日の約束は、果たされることがなかった。あの頃、冒険をすることに勤しんでいた僕たちは約束の日の三日後にあの場所を訪れた。


ラナは、その日が引っ越し前の最後の日だったらしい。親同士では当たり前の事実だったようだが、僕には全く聞かされていなかった。それを当日聞かされた僕は今では考えられないくらい大きな声で泣いた。


「レーガス!いくよ!ほら手つないで!」

「…わかったさ」


ラナがいつものように元気にしているのを見て、僕と別れることが寂しくないのかと思い、あいまいな返事をしてしまう。

いつもなら僕がラナを引っ張って小さな冒険の旅へ出ていたのに、その日は立場が逆転していた。僕は拗ねていた。


心地の良い秋風が僕たちを誘う。


「走るよ!!」

「うん!」


走りだすと僕も元気になった。このままどこまでも行ってしまえると思った。左手からラナの体温が感じられた。心が満たされるような心地だった。



目的の場所についた。そのはずなのにどこにもあの大きなごつごつとした石が見つからない。


後から知ったことなのだが、あの石、伝説では魔法石と呼ばれるものは十年に一度のスパンでしか姿を見せないらしい。しかも、見ることが出来た人は必ず幸福な人生をおくることができるというジンクスがあるらしい。そもそもめったに見られるものではないらしいのだが。魔法石の出現にどのような意味があるのかは未だ解明されていないが、きっと精霊が関係しているのだろうと僕は考えている。


つまり、どちらにしろあの石を見れるのはあの年のあの日が奇跡だったということだ。

夜が異様に暗くなったのもそのせいだろう。


それから僕たちは互いの別れを惜しみながら、別れた。


「レーガス!絶対にまたあの石を見るんだからねっ!一緒に!!!!また会うんだからね!!!来るからね!!!!」


ラナは本当はすごく僕との別れを悲しんでくれていた。その気持ちがわかって僕もしくしく泣いた。

魔法石をラナと一緒に見ることが出来なかった悲しさと、ラナともう会えなくなってしまうことを肌で感じたというのもあっただろう。


ラナの家は翌日には売り払われており、誰もいなかった。





そんなことを窓際の席で考えていた。時間は放課後。貴族のみなさまは馬車でお迎えが来る頃であろう。


さてと、と立ち上がり、そういえばそろそろあの日から十年がたつ頃なのだと気づく。

ラナはあれから一度も姿を見せていない。連絡手段だってもちろんないのだから…もしかしたらもう既に僕のことなど忘れてしまっているのかもしれない。

それなら、それでも良い。

ラナが幸せになってくれれば良いさ。

僕だって、嬉しくはないが貴族のご令嬢に誘われることもある。

結局…あのラナのキャーキャーと騒ぐ、微笑ましく活発な姿が目に浮かんで全然ダメなんだけど。

あぁ僕大分ラナのこと好きだったんだなあ。


壮大で素晴らしい装飾が施されている門を出る。

「んー?」

後ろから声が聞こえたような…


学園の校舎の方から声が響く。

「レーガスさーん!!!」


だれだ?と思って目を凝らしてみるが、良く見えなかった。

なんか用があるそうなので走って向かう。


「レーガスさん、わざわざーありがとうございます。」


同じクラスのご令嬢だった。えええと名前は…思い出せない。男爵とか伯爵とかで結構覚えていたので、その弊害が…でも、確か男爵家の方で平民の僕にも結構話しかけてくれた良い人だ。

いつも、貴方…とかで読んでるからな…ああ思い出せない。すみませぬ。


「いえいえ。どうかなさったんですか?」


「ええと、そ!そうだ!まずは何か世間話でも致しません?」


世間話?呼び出しておいて変なことを言うなあと眉をひそめていると…


「ああごめんなさい!いきなり呼び出して・・・そんなつもりではなかったのですよ…」


名も知らぬご令嬢があわあわと慌てだしていた。

それを横目にとらえつつ先程通り抜けようとしていた門の方を見る。


サラサラとした春風が心地よい。遠くに見える、桜色に色づき始めた花々が美しい。

通りには人がまばらに見える。

その中には僕が探していたラナに似ている髪色の人がいた。

後ろ姿しか見えないが、道端に咲いている草花をいとおしそうに見ているようにも見える。

桜鼠色の髪がふわっと靡く。

綺麗な人だ。

ラナが成長したらあんなふうになっているのかな…


「レーガスさん?」

「あ、どうしました?ごめんなさい。春風が心地よいので…それで」

「そうですよね!今日は春風が心地よい!」

「本当にそうですね。」


再び門の方に体を向け、そして令嬢の方に向き直る。

「レーガスさん。実はさっき言いたかったことなんですけど、もしよかったら私と付き合っていただけませんか?」


僕たちの間を大きな空気の塊が通ったような気がした。


思考が停止していたわけではない。色々考えていたんだと思う。

貴族のご令嬢に告白されるなんてありがたいことだし、自分のことを好いてくれていたことは嬉しい。

でも、自分自身の気持ちはどうなのだろうか。

僕は、会えないとしても、それでも、まだラナのことを想っている。どうしても。

一度会いたい。会えないのだろうか。

一目見れればそれで満足するさ。きっと。


顔を上げて答える。

「申し訳ありません。気持ちはとても嬉しいです。こんな自分を好いてくれる人がいることに感激です。しかし、いま私は忘れられない人がいます。その人に一度会ってみたいと思っている自分がいます。そんな中途半端な気持ちで貴方の思いに向き合いたくありません。」


「そう…ですか。真摯に答えてくださってありがとうございます。でも、私は待ちたいと思います。もし、その人と付き合うことになったとしても私とは友人でいてくれますか?」


「もちろんです。末永く友人でいさせてください。」




その後…名前がわからないことを悟られないよう、頑張って名前を引き出したレーガスがいましたとさ。






また、今日も授業が終わる。

窓の外には花々が満開に咲いている。立ち上がって窓を開けてみると春の香りがした。

剣術の授業のせいか、汗が少し垂れている。


心地よい春風と共に学園を出ていく者たちが見える。

その中に再びあの時見た桜鼠色の後ろ姿を見つけた。今回はこの学園の制服を着ているようだった。あんな髪色の子はいただろうか。もしくは編入したのか。


やはり記憶の中にあるラナと混同してしまいそうになる。

そう考えれば考えるほどラナとしか見えなくなってきた。


その時、見ていた人が振り返った。決して僕を見ていたわけではない。何気なく振り返っただけだと思う。

しかし、僕には見えた。いやわかった。あれはラナであると。


僕は走った。僕のクラスは三階だ。頭の中で学園内の地図を思い浮かべる。早くいかなければならない気がした。

いつも通る道よりも、教室から出て螺旋階段を使う方がきっと早い。そうと決まれば走る。


僕は模範的な生徒だと思われていたからか皆が目を丸くして僕の方を見ている気がする。ただ、今は関係ない。

今はただあの、ラナに会うことだけを考えたい。


タッタッと小気味の良い音を立て、三階から一階へと下る。


そこからは玄関からダッシュだ。


いつもは靴のかかとをそろえてきれいに並べるルーティーンも今日は守れなかった。


人が溜まる門の前をかき分けて、外に出る。門の周りを目を凝らしてもう一度見てみる者のラナらしき人はいない。きっと既に学園を出てしまったのだろう。


道は貴族街につながる道、平民街につながる道、そして商業街につながる道の三本がある。

どちらへ行ってしまったのかはわからなかったのだが、平民街のほうであると直感が告げていた。


走りながらあたりを見渡す。視界には買い物をして帰る母親と子ども、冒険者らしき少しイカツイ男たちが映る。そして露店で果物や魚介類、肉を売りさばく店主たちの大きな声が聞こえてくる。


遠目から、その露店が並ぶ一画にラナらしき人物が曲がる様子が見えた。

他の人々とぶつかりそうになりながらもなんとか人をかき分けて走った。

その一画を覗くと、そこからは草原に続く道だった。

しかも…あのときの場所に見える。約束の場所だ。

見間違いだろうか、違う。たぶん正しい。


僕はラナがゆっくりなペースで草原を進み、あの時の場所の近くでたたずんでいるところを見つけた。

ラナが振り返った。


「こんにちは。こんなところにどうしたのですか?そんなに息を切らして…」

「ええ。何ともないですよ。ただここは少し、思い出の場所ですので…」



「ふっ、あははっ」

「あははっ」


大笑いした。あのラナが敬語…か。時が経ったなあ。


「何やってんのレーガス…ほんとに。尾行ならもっとうまく出来たでしょうに途中から私気が付いていたわよ。」


「ラナも変わったなあー。いや変わってないか?話している姿は…ふっ」


「何を笑っているのよっ!こらっ!レーガスこそちっとも変っていないじゃない!」


「僕は変わったぞーっ!この貴族様たちが通う学校で魔法も、剣術も頑張っているんだから…」


「わたしだってっ!レーガスがその学園に入学するって聞いたから親にギャン泣きして本を買ってもらって…魔法も…ものすごく頑張ったんだからっ!」


「まさか、一年遅れで編入してくるなんて予想してなかったよ。むしろ、僕のことなんてラナはさっぱり忘れてしまったかななんて思っていたのに。」


「忘れるわけないでしょーっ!私をなんだと思っているのよっ!」


「えっ?怒るとホーンラビットみたいにつついてくる動物かなっ?(笑)」


「ちょ、レーガスこちらへ来なさい…」


「ひぃごめんなさい…そんなつもりじゃなかったんです…」


「それも嘘謝罪の癖に…」


「ちゃんとあやまってるからっ!ねっ!このとおーり!」


「それふざけてるだけじゃないっ!もうっ!」


そんな他愛のない会話を長い時間楽しんだ。春の心地よい空気の中ラナが言う。僕たちの間の距離はだいぶ近くなっていた。


「レーガス」

「んー?」

「魔法石の約束、覚えてる?」


僕は少し拗ねたようなとした気持ちになりながら言う。


「忘れるわけないだろ?」

「それならいいのよ。」


満足そうにラナが話す。胸をそらしながら。


言外に絶対一緒に見にいくわよ?とでもいうような空気が伝わってきた。

僕も同じ気持ちだった。






それから時が経ち、木の葉が散り始めようかという頃になった。

ラナとはそれから幾度となく会い、まるで彼女かというようにずっと一緒に過ごした。


周りからは奇異な視線を向けられることも多々あったが、ラナを誰にもとられたくなかったし、むしろそのくらいのほうが良いとも考えるようになった。


ラナがどう考えているのかははっきり聞いていないが、今こうして僕の隣にいることが苦でないようだから、あまり気にしないようにしようと思う。


今日はあの約束の日からちょうど十年だ。

忘れるわけがない、あの魔法石が見れるはずの日だ。


ラナは少し待ってて、といって先に帰ってしまった。「またあの露店の一画で会おう…」と少し緊張した素振りで言った。


家で服を悩む。いつもは制服なのだから。

僕も今日は少し格好つけていこうと決めていた。

手にはあの時の、僕が割った石を持った。約束の石だ。僕にとってはあのときラナが魔法石を置いていくように咄嗟に割っただけだったんだけど…ラナは覚えていてくれているかな…


ラナはその淡い桜鼠色の髪を最高に活かした優しいピンク色のドレスを着ていた。

その姿は眩しかった。


「レーガス、行くわよッ…!」


ふん!というような面持ちでラナは言った。よかった、僕は結構緊張していたのだけど、ラナはいつも通りだ…


「ふ、ラナはりきってるなあ、まず初めに、その服とっても似合う。」

「う、あったり前でしょ!頑張って選んできたんだからっ!だって今日は…」

「今日はー?」

「あー!もういいのよっ!!!ほら早くいくわよっ!」


あいまいにごまかしたまま、僕の手を握って草原への道にラナは進んだ。


僕も…今日は準備していた。ラナにとって、僕にとって、大切な日にするために。


風が吹いていた。背の高い青々とした植物が一面に広がる。

この広々とした世界を見ると、自分はちっぽけな存在なのだと改めて実感する。


「ほらっ!レーガス…レーガスっ!」


んっ思っていたよりも長く考えていたらしい。行かないと。


「あぁ。わかったよー。」


日が暮れてくる。

辺りが暗くなり、夕焼け色に染まっていた雲が闇に近づいていく。

雲がぐるぐると旋回しているように感じる。


あの岩が見えてきた。

岩の中にやはりあの時と同じ何かが光っている。ぼおっと、懐かしい色が見える。


「レーガスっっ!!!!!」


ラナの興奮した声が聞こえる。そうだ。ついに見ることが出来るんだ。

あの、約束をした、この場所で。待ち望んだこの魔法石を。ラナと共に。


近づくと、やはりあの音がした。カラン、コロン、カラン、コロン、と小気味の良い音が聞こえる。どこか懐かしい。落ち着く。

あの時と同じように中を覗く。中には光が見えた。優しい光だ。


いつの間にか大きな岩の周りには光る羽虫が集まっていた。ぼわぁと光っては消え、ぼわぁと光っては消える。


「ラナ」

ラナを呼ぶ。

魔法石をじっと見ていたラナが振り向く。

「レーガス?」

「僕、伝えたいことがあったんだ。ラナに」

「奇遇ね。私もよ。」

「あの時の約束…の続きかもしれない。ラナ。僕とこれからもずっと一緒にいてくれないか。」



「もちろんっ!!」



二人に向けて、魔法石が微笑みかけた気がした。



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