第35話

35 血筋のめざめ


「くそっ! くそっくそっくそっ! どいつもこいつもクソ野郎ばっかりじゃねぇか!

 相手が巨大な組織だろうがなんだろうが関係ねぇ! おれはぜったいに、マルコとサロメを殺した犯人を見つけ出して、ボッコボコの、グッチャグチャに……!」


 やり場のない怒りに枕を殴りつけていると、部屋の扉がトントンと叩かれる。


「二度とおれの前に現われるなって言っただろうが、クソ野郎っ!」


 扉の向こうから「くそやろう!?」とひっくり返ったような声がした。


「ロック君、そんな汚い言葉使っちゃダメだよ! っていうか、もう起きても大丈夫なの!?」


「なんだ、ハニーかよ……うるせぇ、ほっとけ!」


「まったく、心配してあげてるのにそんな言い方して……! あっ忘れてた、ロックくんに電話だよ!

 ドロペドロっていう女の人から!」


「なんだとぉ? そんなへんな女に知り合いはいねぇよ!」


 『へんな女』……。

 そう口にして、真っ先にロックの頭に思い浮かんだのは、あの早口の女ハッカーだった。


 ロックはベッドから飛び出して扉を開け、廊下に立っていたハニーからセマァフォンをひったくる。


「ペドロか!?」


 スピーカーの向こうから耳めがけて、あの忘れたくても忘れられないマシンガントークが飛びこんできた。


『わあっ! ロックニキが初めてワイの名前を呼んでくれたンゴ! お前、もしかしてあいつのことが好きなのか?

 って、違うだろ! いい加減にしろ! そんなことでは誤魔化されないンゴ!

 約束のほうは、どうなってるンゴ!?』


「約束ってなんだよ?」


『ポイテーロ! ショタちんパラダイス、孤児院への片道切符ンゴ! ニチャァ……!』


「そんなことで電話してきたのかよ!? こっちはそれどころじゃねぇんだよ!」


『ん? 今なんでもするって言ったよね?

 あくしろよ! こちとらマルコたそのお宝映像で凌ぐので精一杯ンゴ!

 アパーム! 弾持ってこいアパーム!』


 ロックは当初、ペドロの言っていることの1割くらいしか理解できなかった。

 でも言葉を交わしていくうちに、今では2割くらいはわかるようになっていた。


「……マルコのお宝映像だと?」


『ンゴ! ヒマだったからあれから、チップの映像を解析してみたンゴ!

 そしたらマルコたそが、チップを埋め込まれた頃の映像が出てきたンゴ!

 これぞまさに、マルコビッチの穴体験ンゴ!

 同じ6歳のトニーたそと並べたら……尊すぎるンゴォォォォォォ!』


「トニーと同じ、6歳だと……?」


 そう反芻した刹那、ロックの脳内に閃光がはしった。


 そして少年は、生まれて初めて体験する。

 彼の父親、そして祖父、曾祖父……一族が生まれてからずっと、受け継がれてきたものを。


 それまで全貌がわからなかったパズル、その最後のピースがパチリとはまったような、その感覚。

 最後のパーツである歯車がカチャリとはまり、大きなうねりをあげて装置が動き出したような、その感覚。


 血統という名のカンフル剤が注射され、視界が開けたようなその感覚を。

 ロックは身体じゅうの血がざわめき、さやきかけてくるような、かつてない超感覚を味わっていた。


「そ……そうか……! そう、だったのか……!」


 ロックは壁に掛けてあった革ジャンを羽織ると、部屋の扉を蹴破る勢いで外に出る。

 廊下で待っていたハニーにセマァフォンを押しつけ、1階への階段を全段飛ばしで降りた。


「ちょ!? どこいくの、ロック君!? もう遅いし、雨もすっごい降ってきてるよ!?」


 背後から声が追いすがったが、ロックはもう止まらない。

 どしゃぶりの雨すらも熱いシャワーのように浴び、通りへと駆け出していった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 正面からはパイプオルガンの演奏、背後からはストリートの喧噪。

 純潔と猥雑の狭間にあるような場所、その中心にロックはいた。


 あたりに広がっているのは、この世の穢れをすべて遮断するような、荘厳なる闇。


 この空間において、見えるものはただひとつ。

 木漏れ日のような清廉なるスポットライトを浴びながら、小上がりとなったステージでパイプオルガンを弾いている、神の使者。


 ロックはその男を、ただじっと見つめていた。


 厳格なる調べが軽妙なリズムを帯びるはじめると、それまで微動だにしなかったロックは、ブーツのつま先をリズミカルに鳴らす。

 ドラムスティックを打ち合わせるような合いの手が入ったが、奏者は気にしない。


 まるでセッションを楽しむように、伸びやかに鍵盤に指を滑らせていた。

 ステージに現われたゲストを紹介するように、もうひとつのスポットライトがロックを照らす。


 やがて演奏が終わると、ロックは笑った。

 いつもの斜に構えたような笑みではなく、無邪気な子供のような笑顔で、奏者の元へと歩いていく。


「ふっ、やっぱりこの曲は最高だな。神の野郎にささげる音楽なんざ虫唾が走るが、これだけはギターを弾いてやってもいい気になるぜ」


「ふふ、この曲は、子供たちにも好評じゃよ。これも、幼い頃のお前さんが助言してくれたおかげじゃな」


「ここには毎日のように顔を出してたんだ、BGMくらいは良くねぇとな」


「そうか、ではたまには別の曲を聴かせてやるとするかのう」


「よせよ。おれはサンデー・サービスに来たんじゃないぜ」


 「まあそう言わずに」と静かな曲を弾き始め、男は続ける「どこまで気付いているのかね?」と。

 「なにもかもさ」と応じるロック。


「トニーをさらった黒幕は、アンタだったんだな」


 淀みない調べを奏でながら、男はさらに問う。


「ほう、なにを根拠にそんなことを? 私はトニーをさらった犯人の居場所を教えたのじゃぞ?」


「このおれに連れ戻させることが目的だったんだろう?

 でも、よく考えたもんだぜ。

 このおれに運び屋の情報を渡して、運び屋から捜査をスタートさせりゃ、黒幕であるアンタの所までは手が届かない。

 下請けの運び屋が知っているのは、品物の届け先だけだからな。

 もしおれにノーヒントで捜査させて、トニーをさらった実行犯を突き止められちまったら、黒幕のアンタにたどり着いちまうかもしれないからな」


「ほう、自作自演というわけじゃな。でも、なんのために?

 この私が黒幕であるのなら、トニーを連れ戻させる意味がどこにあるのかね?」


 「初歩的なことさ」とロック。


「トニーの身を危険に晒すこで、ザアダを説得する材料にし、トニーをココ・・で保護したかったんだ。

 いや……チップを首筋に埋め込むため、といったほうがいいかな」


 わずかに旋律が乱れる。


「完全にやられたぜ。まさかあの・・儀式で、こっそり首筋にチップを埋め込んでたなんてよ。

 チップを埋め込みさえすりゃ、トニーは完全に操り人形だ。

 トニーの口から『父親のところに行きたい』って言わせりゃ、もうおれやザアダの妨害はないもんな。

 それでアンタは、謝礼がっぽりってわけだ」


「バレてしまっては仕方がないのう。たしかに、ロックの言うとおりじゃ。

 ここは運営が苦しいから、謝礼ももちろん貰っておる。

 しかし、誰も不幸になっておらん。子供たちも幸せになっておるんじゃ。

 ここで保護した子供たちは、これまでに実の父親や、裕福な家庭に引き取られていっておる。

 見ず知らずの男が絶えない暗い家などではなく、ずっと明るく豊かな場所で、新しい家族に囲まれて、すくすくと育っておるんじゃ。

 そのほうが、子供たちにとって良いと思わんかね?」


「おれはそうは思わねぇな。それに、本当にそう思ってんのか?

 子供に母親殺しをさせるなんて、とても聖父のすることじゃないぜ」


 旋律がよりいっそう乱れた。

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