第23話
23 激辛ポテト
夕食の場で、今日の出来事を聞いていたハニーは、開いた口が塞がらなくなったようにあんぐりしていた。
「ええっ!? ロック君ってば、ワットさんの傘を折っちゃったの!?」
「そうだけど、そんな驚くことかよ」
「そりゃ驚くよ! ワットさん、あの傘をすっごく大切にしてたもん! もちろん、ちゃんと謝ったんだよね?」
「なんでおれがアイツなんかに謝らなくちゃならねぇんだよ」
「ひっどーい! 大切なものを壊されたのにゴメンの一言もなかったら、あたしだったらそのフィッシュアンドチップスで仕返ししちゃうな!
毒とはいわなくても、下剤くらいは入れたかも!」
ちょうど付け合わせのポテトフライにかぶりついていたロックの顔が、メーターが急上昇するようにぎゅんと赤くなる。
「辛ぁぁぁぁ~~~っ!?」と口から火を噴くようにのけぞり、椅子ごとバタンと後ろに倒れてしまった。
ハニーは「大丈夫!?」とテーブルナプキンを取って立ち上がる。
はらりと開いたナプキンには、『ロックのポテトだけ一部を激辛にしてあります。これでおあいこです』と走り書きが。
「あーあ、言わんこっちゃない。やっぱりワットさんもムカついてたんだよ」
肩をすくめるハニー。ロックは赤鬼のような顔でガバッと起き上がった。
「食堂にいねぇと思ったら、こういうことだったのか!
チクショウ、ヤツはどこへ行きやがった!?」
「残りの仕事を片付けなきゃいけないから、部屋で食べるって言ってたよ」
ロックはいかり肩でドスドスと食堂を出ていく。
背後から届く「ケンカしちゃだめだよ!」というハニーの声を、「うるせぇ!」と肩で振り払いながら。
ハニーの前ではそうやって腹を立ててはみせたものの、ワットの部屋の前に着く前には、ロックは飼い慣らされたオオカミのように大人しくなっていた。
「あの野郎、口をきいてくれるようにはなったけど、本当はまだキレてやがったのか……」
そうひとりごちた後、らしくないことを口走ったことに気づき、頬をパンと叩く。
その勢いのまま「邪魔するぜ」と無造作に扉を開けると、ワットは部屋の奥にある机に背を向けて座っていた。
燕尾服の上着は壁に掛けてあり、白いワイシャツの背中がまぶしかった。
机の傍らにあるフィッシュアンドチップスは手付かずで、古めかしいタイプライターをひたすらを打っている。
タイプライターといっても当時のままなのは鍵盤だけで、打ち出された文字はホログラムのように空中に浮かびあがっていた。
ロックが「なにやってんだよ」と声をかけると、ワットは振り向きもせず答える。
「今回の依頼人である、ウイリアムさんに報告書を書いているのですよ」
「報告書? あんなガキにそんなもん要らねぇだろ。
『もうすぐ解決』って書いたキャロットケーキでも送っとけ」
「それもいいですね。でもちゃんと報告しておかないと、今日使ったお金を経費として請求できませんから」
ロックは「そういうもんか」と鼻を鳴らしながら、ワットの肩越しに報告書を覗き込む。
タイプを続けるワットの左手の指の動きが、わずかにギクシャクしていることにふと気付いた。
「左手、どうかしたのか?」
「おや、お気づきになりましたか。でも、たいしたことではありませんよ。
階段から転げ落ちたときに、少しおかしくしてしまったようです」
ロックは、部屋の隅に置いてあった木のスツールを足で引っかけて引き寄せ、ワットの左側にどすんと腰を降ろす。
そして「手」とだけ言う。
ワットはタイプの手を止め、「なんですって?」とロックのほうを見る。
ロックはさも面倒くさそうにしていた。
「診てやるから、手ぇ出せって言ってんだよ。おれはガキの頃から機械いじりが好きでな。
ホワイトチャペルの聖堂や、娼婦たちの家にあるセマァシーの家電が壊れたら、おれが直してやってたんだ」
「それは意外な特技ですね。てっきり暴力以外には興味がないのかと思っていました。
でも遠慮しておきますよ、これ以上不調にでもなったら……」
「いいから出せって」
ロックは強引にワットの左手を取ると、白手袋を引っ張る。
すると黄金のガイコツのような、機械的な手が現われた。
ロックは驚くことも嫌悪することもなく、さらにワイシャツの袖のボタンを外し、ヒジのあたりまでめくりあげる。
金管楽器を思わせるマニピュレーターが露出した。
「古くせぇセマァシーだなぁ、テメェ、博物館から逃げてきたのか?
「ご覧のとおり、わたくしのセマァシーは特殊な工具でないと整備できませんよ」
ロックは「へへっ」とイタズラっぽく笑いながら、ジーンズのポケットから十徳ナイフを取りだす。
「コイツは、ヤクのやり過ぎで裏社会から抹殺された、闇の解体屋からもらったもんだ。
コイツがありゃ、ビッグベンだってバラバラにできるぜ」
「
「いいから黙って見てろって」
ロックは十徳ナイフからドライバーを引き出す。
それは先端が丸くなっていたが、ネジにあてがうと、そのネジ山にフィットする形状に変化した。
ロックは普段の乱雑さとはかけ離れた、繊細な手つきでネジを回す。
その様子を、ワットは無言で見つめていた。
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