第19話

19 凸凹コンビと名コンビ


「ぎゃははははは! お前ら、最高のコンビだな! 死ぬ間際だってのに、身体を張った喜劇を見せてくれるなんてよ!

 こんなに笑ったのはチャップリン以来だぜ! 笑わせてくれた礼に、特別な最後をくれてやるよ!

 トドメだ、バイオゾンビ! ヤツらをモダンタイムスみてぇにペチャンコにしてやんな!」


 クスクスのかけ声とともに、バイオゾンビはスライムのごとく弾みあがる。

 天井高く飛び上がり、暗雲のような巨影でロックとワットを覆いつくした。


「や、やべえっ!? 逃げるぞ! こっちだ!」「いえ、逃げるならこっちです」


 お互いを逆方向に引っ張り合うロックとワット。

 その力は互角で、その場から一歩も動かない。


 結局そのまま、バイオゾンビのボディプレス攻撃が直撃。

 のしかかられた瞬間、粘液のプールに沈んだような不快な弾力に包まれていた。


 さらにその直後、いちだんと気持ちの悪い浮遊感がふたりを襲う。

 バイオゾンビの重さに耐えられなくなった部屋の床が崩壊、ふたりと1匹は瓦礫とともに階下に落ちていった。


 どべっしゃん、と水風船が破裂するような音とともに、3階の床に叩きつけられるバイオゾンビ。

 しばらくして、ぺちゃんこになったバイオゾンビの下から、ロックとワットが這い出てくる。


 ふたりは緑の液体でびしょ濡れであった。

 ロックは壁にすがりつくようにして、ワットは愛用の傘を杖がわりにして、よろよろと立ち上がる。


「チクショウ……便所に落ちたみてぇな最悪の気分だぜ……。やっぱりテメェがいると、ロクなことにならねぇな……」


「わたくしもロンドン橋から落ちたような気分ですよ……。執事は身だしなみが第一だというのに、ロックのせいで台無しです……」


「おれのせいだっていうのかよ!? っていうかテメェ、飼い主のいねぇ野良執事なんだろ!? 野良犬が格好なんか気にしてんじゃねぇよ!」


「わたくしは執事であると同時に、紳士でもあるのです。紳士が身なりを気にするのは当然でしょう」


「ハッ! 身なりを気にするようなヤツが、そんなダセぇ燕尾服なんて着るかよ!

 それよか、おれのお気に入りの革ジャンをどうしてくれんだよ!?」


「今のその格好のほうがロックにはお似合いですよ、沼に落ちたサルみたいで」


「なんだとぉ!?」


「相感じるものがありますねっ」


 ふたりは息の合ったタイミングで歩み寄ると、まったく同時にお互いの胸倉を掴んだ。

 まさに一触即発、ふたつの拳が同時に交錯しようとした、コンマ1秒前。


 部屋の外からカンカンという金属音が割り込んできた。

 同時に見やると、そこには外の非常階段を必死の形相で降りていくクスクスの姿が。


 「あれは……」「野郎っ!」と、部屋の窓めがけてふたり同時にスタートを切る。


 しかしロックは出だしで足がもつれ、転倒してしまう。

 よく見ると、ワットが傘の柄を使って足を引っかけていた。


「て、テメェっ!?」


「クスクスさんとは少しばかり因縁がありまして、逃がすわけにはいかないのです。

 ここはわたくしに任せて、そこで寝ていてください」


「ふざけんなっ!」


 ロックは手近にあったバイオゾンビの肉塊をひっ掴むと、ワットが向かう窓めがけて投げつけた。

 それは窓の施錠部分に命中し、汚物のようにへばりついく。


 これ以上バイオゾンビを触りたくないワットは、「余計なことを」と隣の窓に向かう。

 しかし他の窓は小さく、長身のワットの身体では通り抜けるのが難しそうだった。


 しかしロックは窓枠の上を掴むと、ブランコをこぐように身体をスイングさせて通り抜けていく。


「へへっ、テメェの恨みはこのおれが晴らしてやっから、そこでじっとしてな!」


 去り際に手を振って走り出すロック。

 ワットは肉片のついた窓の施錠を外すと、続いて非常階段へと飛び出す。


「そうはいきませんよ、ロック」


 もはやワットはクスクスではなく、ロックを追いかけているかのようだった。

 ふたりは非常階段で猛チェイスをはじめる。


 狭い通路を押し合い、足を引っかけ、後ろから襟首を掴む。

 最後は1階へと続く長い階段を、揉み合いながら転げ落ちていった。


 勢いあまってゴミ溜めに突っ込んだふたりに、クスクスのさらなる嘲笑が届く。


「ぎゃっはっはっはっは! ぎゃーっはっはっはーっ! やっぱりお前ら最高だぜ!

 もはやチャップリンを通り越して、ウォレスとグルミットみてぇだ!


 クスクスはすでに、裏路地の遙か向こうにいた。

 ゴミにまみれてもがくロックとワットを見て、腹を抱えるほどに笑っている。


「ああっ、一生分笑わせてもらった! んじゃ、俺はそろそろ行くぜ! ショーンのやつによろしくな!」


 背を向けて消え去ろうとするクスクス。

 しかし「その必要はないっすよ!」と通りに声が突き抜けていった瞬間、彼の身体は宙を舞っていた。


 走り出した途端、路地裏にピーンと張りつめたワイヤーに足を取られ、盛大に転んでしまうクスクス。

 豪快なヘッドスライディングをかました先に立っていたのは、ふたつの小さな人影。


 その正体に真っ先に気付いたのは、ようやく起き上がったばかりのロックだった。


「ショーン!? それに、トニーっ!?」


 ショーンとトニーは無邪気なVサインをロックに向ける。


「お待たせしたっす、兄貴! ロック団、ただいま参上っす!」


 しかしふたりの目の前にいたクスクスが起き上がり、「こ、このガキぃっ!」と襲いかかってくる。


 ショーンは腰の左右に携えていたナイフを、両手をクロスさせて引き抜き、カマキリのように構えて威嚇。

 そのスキに木の棒を持ったトニーが、クスクスの向こうずねを思いっきり打ち据えていた。


「ぎゃあっ!? いでぇっ!?」


 片脚を押えて飛び上がるクスクス。

 ふたりの幼い少年は、それからも息の合ったコンビネーションでクスクスを翻弄、最後は大の大人をノックダウンするに至る。


 ロックとワットはその一部始終を、身体についた生ゴミを落とすのも忘れて眺めていた。


「すげぇ……」「まさに、名コンビですね……」

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