第16話

16 ヤブ医者vsワット


 院長と対峙するワット。

 拳と頭突きによるバイオレンスファイトではなく、言葉と頭脳によるロジカルファイトのゴングが鳴り響く。


 先攻は院長であった。


「おやおや、そちらの執事君は同業者なのかね?

 ははぁ、わかったぞ。キミがそこの不良少年をそそのかして、インネンをつけて金を脅し取ろうとしていたのだろう?

 ヤブ医者はヤブ医者らしく、患者を騙しているほうがいいのではないかな?」


「はい。インネンを付けに来たのはそうなのですが、わたくしどもが欲しいのはお金じゃなくて、情報なんです」


「情報だと?」


「はい。院長さんは、先日亡くなったマルコさんの担当医だったそうですね。

 マルコさんはどのような症状を打ち明けていたのか、お教えいただけませんか?」


「ハッ、そんなの、言えるわけがないだろう!

 キミは医者のクセして、患者との守秘義務も知らないとは、これだから三流のヤブ医者は……!」


 院長の嘲り笑いは、ワットが取り出したあるものによって消沈する。

 それは、パブで不良少年たちが咥えていたプラスチックのパイプだった。


 「患者にドラッグを処方するとは、一流の医者は違いますね」と、ニヒルに片笑むワット。


「ふん、さっそくインネンをつけてきたか。私が処方しているのは抗不安薬や睡眠薬のみだ。

 しかも、キミのような三流のヤブ医者が使う混ぜ物だらけの薬と違い、高純度のものをね」


「抗不安薬としてよく処方されるのはリエライトフェタン、睡眠薬にはルノフェルペンなどが考えられます。

 どちらも空からもたらされた新薬で、単体では合法ではありますが、同時に服用すると強烈な恍惚感と幻覚作用、そして常習性を引き起こす違法ドラッグになります。

 誤って服用してしまうことを防ぐために、同じ患者に両方の薬を処方することは医療製品規制法で禁じられています」


「その通りだ。もしかして、カマをかけているつもりかね?

 私はちゃあんとそれを守っているよ。ウソだと思うなら調べてみるといい」


「そうですね、あなたは確かに同じ患者には処方していない。

 しかし、身近な患者にそれぞれ、リエライトフェタンとルノフェルペンを処方していたら……?」


「それなら確かに、患者どうしが持ち寄ればドラッグを作りだすことは可能だろうね」


「あなたはウエストミンスター魔法学校の不良生徒と、セントポールズ魔法学校の不良生徒にそれぞれリエライトフェタンとルノフェルペンを処方していますよね?

 彼らはパブにそれらを持ち寄り、混ぜ合わせてこのパイプで吸っていました」


「ふん、それが何だというのかね? 患者たちが勝手にやっていることであって、私には無関係だろう?」


「おや、おかしいですね? 彼らは、ドラッグの製法はあなたから教わったと言っていましたが?」


 それまで余裕をかましていた院長の表情が「ぐっ……!?」と歪む。


「そ、それは誤解だ! 間違って混合すると危険なドラッグになるから、私は彼らに注意喚起のつもりで教えただけだ!」


「そうですか、それならこのことを保健省に相談してみることにしましょうか。

 幸い、ホワイトキャップという民間警察との太いパイプがありますので、すぐに調査の手が……」


 次の瞬間、院長はすべりこむように床にひれ伏していた。


「た、頼む! それだけはやめてくれ! 保健省に調査なんかされたら、それだけでうちはおしまいだ!

 なんでもする! なんでもするから!」


「その前に、この鉄格子を上げていただけますか? こんな檻ごしでは、交渉もなにもあったものではありませんから」


 院長は「わ、わかった!」と反射的に返事をして立ち上がる。

 書斎机にあったスイッチを押したが、ふとワットの背後から歩み出てきた存在に、いまさらながらに気付く。


 鉄格子の向こうには、二足歩行する猛獣のような少年が、がるると唸っていたのだ。

 ゆっくりと上昇する鉄格子、院長はサバンナに置き去りにされたかのように、半泣きでスイッチを連打していた。


「いやあああっ!? やめてっ!? とまってとまってとまって! とまってぇぇぇぇぇ~~~~っ!?」


 しかしいちどあがり始めた鉄格子は止まらない。

 彼が壁に設置されている非常ベルに向かって走ったのと、檻から解き放たれた猛獣が襲いかかったのはほぼ同時だった。


 顔がひしゃげるほどのフックが、院長の横っ面を捉える。

 院長は非常ベルから引き剥がされ、「うげえっ!?」と口から血を吐きながら吹っ飛んでいく。


 一発殴ったところで、ロックの激情は収まらなかった。

 流れ込んできた院長の思考は、彼の怒りの炎をさらに燃え上がらせるガソリンとなる。


「て、テメェ……!?

 マルコを治療する気なんてさらさらなくて、ヤク漬けにするつもりだったのかよ……!?」


 どしゃりと床に叩きつけられた院長、その腹めがけてロックはジャンピング・ニードロップをくらわす。

 院長は「ぐはあっ!?」と身体をくの字に折ろうとしたが、それよりも早くロックは馬乗りになった。


「大人ってのはよぉ、ガキを立派な大人にする責任ってもんがあるんじゃねぇのか!?

 テメェに比べたら、娼婦のほうがよっぽどマシだぁぁぁぁーーーーっ!!」


 パンチの雨が降るたび、弾けたポップコーンのようにあたりに白い歯が飛び散る。

 ロックは無抵抗の相手は傷付けない主義だったが、この時ばかりは、相手の顔の形が原型をとどめなくなるまで殴り続けた。

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