第15話

15 ママごろし


 その一言で、その場にいた不良少年少女たちはすっかり大人しくなってしまった。

 たまり場をあっさり制圧したロックは、あらためて聞き込みを再開する。


 セマァリンで聞き出すためには殴り合うのがいちばんなのだが、ロックは無抵抗の相手を殴る気はしなかったので、しょうがなく言葉でやりとりをした。


 マルコの身体から検出されたドラッグは、やはり彼らが与えたものだという。

 リーダーはえぐえぐ泣きながら白状する。


「ヤツが最近、幻聴が聞こえるようになったって言うからぁ、クスリを勧めてやったんすよぉ。

 それでもダメだっていうからぁ、俺のかかりつけの精神科医も紹介したんっすよぉ」


「幻聴に、精神科医か……新しいネタが出てきやがったな」


 ワットは舌を巻いていた。


「まさかこんな捜査のやり方で、警察もまだ知らない情報が得られるとは……」


 ふと、少女たちがつぶやく。


「でもまさか、マルコが『ママごろし』をするとは思わなかったよねぇ」


「そうそう、マルコも死んじゃったけど、ちょっとイケてたよね」


 「なに?」と反応するロック。


「『ママごろし』ってなんだ?」


「えー、ロックさん知んないの? いまウチらの間で流行ってることだよ」


「そうそう。そのまんまで、ママを殺す遊びなの。

 もちろんフリなんだけど、なかには結構やっちゃう子もいるんだよね」


「ウチのクラスの子なんて、ママを事故に見せかけて階段から突き落として入院させちゃったんだよ!」


「そうそう、その子はヒーローだったよね! もしかしてマルコもヒーローになりたかったのかな!?」


 少女たちは盛り上がっていたが、不意に襟首を引っ張られ、「きゃっ!?」と悲鳴をあげる。

 ロックはうつむき震えていた。


「テメェら、そんなことしてやがんのか……! 母親を、なんだと思ってやがるんだ……!?」


「え……ええっ? も、もしかてロックさん、キレてんの? なんで? だ……だって、ママってもういらないじゃん!」


「そうそう! 家のことはぜんぶセマァロイドがやってくれるから、ウチのママなんて一日じゅう家にいないし!」


 バッ! と顔をあげるロック。

 その眼光に、紅潮していた少女たちの顔から血の気がうせる。


「だからって、そんなことしていいと思ってんのかよっ……!? テメェら、何様のつもりだ……!?

 いいか、誓えっ……! 二度と、そんなことをしねぇって……!

 今度そんなことを、口にでも出してみやがれ……! 便所の中に隠れてても探し出して、ブチ殺すっ……!」


 唸るオオカミのようなその声に、彼女たちだけでなく、その場にいた少年少女たち全員が震えあがる。

 怯えきったように身体を寄せあい、こくこくと何度も頷いていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ビートルクイーンズ・トゥームを出たロックとワットは、その足で精神科医の元へと向かう。

 車の中でのロックは、いつも以上に無口であった。


 病院はウエストミンスターより少し北西に行った、グリーンパークとハイドパーク、ふたつの公園の狭間に位置している。

 緑に囲まれた閑静な地にある建物で、ここならリラックスした治療が受けられそうな雰囲気の場所であった。

 マルコの担当医は院長で、病院を訪ねるなり院長室に通されたのだが……。


 室内に入るといきなり、部屋の真ん中に壁のような鉄格子がガシャンと降りてきた。

 奥の書斎机には、キッチリと撫でつけた頭にシミひとつない白衣の男が座っている。


「いらっしゃい。すでに連絡は受けていますよ、そちらにいる少年がロックさんですな?

 聞いたところによると、すぐに暴力に訴えてくるそうではないですか。

 ですので、このような形を取らせていただきました。

 当院での治療を勧めるために面会を承諾しましたが、やっぱりこのまま帰っていただけますかな?

 とてもとても、当院の治療費が払えそうなお方には見えませんので」


「てめえっ!?」


 ロックはさっそく飛びかかっていったが、鉄格子に触れた瞬間にバチンと弾き飛ばされていた。


「ああ、言い忘れておりましたが、その格子にはセマァリンによる防犯コーティングが施されています。

 いやはやそれにしても、噂以上の暴力衝動だ。きっと頭の中は、ヨークシャープティングのようにカラッポなのでしょうなぁ。

 おわかりいただけたのなら、お引き取り願えますかな? これ以上貧乏人にいられると、当院の品格が落ちてしまいますので」


「おれはてめぇみてぇなのが大っ嫌いなんだ! ぶちのめしてらぁ!」


「なにをぶちのめすのですか? 鉄格子ですか?

 ああ、いちおう言っときますけど、高価な調度品はそちらには一切置いてありません。

 ですので、暴れられても痛くも痒くもありませんよ。

 ああ、そちらにあるものは貧乏人のあなたにとってはどれも高値の花でしょうから、お持ちになっても結構ですよ」


「て……てんめぇぇぇ~~~っ!」


 懲りもせずに挑みかかろうとするロック。

 その肩に、静かなる白い手が置かれる。


「ロック、初めて意見が合いましたね。ここは、わたくしに任せていただけませんか?」


 ワットの表情はいつもと同じ、穏やかな湖のようだったが、その口調は嵐の前の静けさのようなものを感じさせた。


「医術は仁術といいます。わたくしもいちおう医者の端くれですので、このような輩は許せないのですよ。

 それに、この手の輩は力に訴えるよりも、もっと良い懲らしめ方があります」


 ロックは舌打ちとともに道をゆずる。


「チッ、そこまで言うならやってみろよ。お手並み拝見といこうじゃねぇか」

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