第14話

14 ビートルクイーンズ・トゥーム


 被害者 マルコ・ブラウン  16歳 息子、ウエストミンスター魔法学校に通う

 被害者 サロメ・ブラン   32歳 母親、専業主婦、過去の事故で重度の疾患がある

 容疑者 ジェロム・ブラウン 54歳 父親、WISの専務、現在行方不明


 現場であるブラウン邸は、事件の起こった部屋以外にはこれといった手掛かりはなし。

 盗まれたものも無く、物盗りによる犯行は考えにくい。


 殺人は2階にある、マルコの部屋で行なわれた模様。

 部屋の真ん中で、マルコとサロメが手を繋いで死んでいた。

 争った形跡はなく、死因は両者とも凶器の包丁による失血死。

 マルコは胸から腹にかけて滅多刺しにされていたが、サロメの外傷は胸の一箇所のみ。


 凶器の包丁は、マルコの死体が握っていた。

 この包丁の入手経路を調べたところ、事件の前日にマルコが近所の雑貨屋で購入したものだというのがわかった。

 包丁の刃からはマルコとサロメの血液、ナイフの柄からはマルコの指紋が検出された。

 検死による死亡推定時刻は、マルコのほうが1日早いことがわかった。


 このことから、親子関係のこじれによる無理心中の線も考えられたが、近所に聞き込みを行なったところ、親子関係は良好。

 マルコはサロメの通院の付き添いをするなど、とても仲の良い母と息子だったという。


 ジェロムは現在行方不明で、ロンドン全域に指名手配中。

 ジェロムの職場であるWISでも聞き込みを行なっているが、有力な手掛かりは得られていない。


 サロメがマルコを殺害したという線が最も有力だが、サロメは重度の疾患がある。

 過去の事故によって平衡へいこう機能障害を患い、日常生活には杖が手放せず、病院に行くにも付き添いを必要している。

 そのため、第三者の協力なくして人を殺せるとは考えにくい。


 その後、司法解剖を実施し、マルコの身体から違法ドラッグを検知した。

 ドラッグの入手先は学校のクラスメイトだと思われるが、名家のご子息の方々ばかりなので、この線はいったん保留とする。


 マルコがサロメを殺したと考える場合、死後、すなわちネクロマンシーによる第三者の犯行も考えられる。

 ドストレート警部はその線も濃厚であると考え、ロンドンにいるネクロマンサーを重点的に調査している。



 以上のことをロックなりの言語センスで説明されたワットは、こうまとめあげた。


「警察の考えている線としては、行方不明のジェロムの犯行、第三者の協力によるサロメの犯行、ドラッグによるマルコの犯行、ネクロマンシーによる第三者の犯行、この4つというわけですね」


「そうだ。おれたちはまずは、ウエストミンスター魔法学校のほうに行くぞ」


「ということはロックは、ドラッグによるマルコの犯行の線を疑っているのですね。

 今後の参考までに、そう推理した理由をお聞かせ願えますか?」


「理由もなにもねぇよ。ただ気に入らねぇだけだ」


「なにが気に入らないんですか?」


「ドラッグをやってるガキと、そいつらが名家の坊ちゃんだからって及び腰バック・ギアになる警察サツ、どっちも気に入らねぇ。

 警察はさっきぶちのめしたから、次はガキどもをぶちのめしに行くぞ」


 独特すぎる推理を臆面もなく発表するロックに、ワットは複雑なため息をつく。


「もはや捜査の方針というよりも、暴れザルの日記を読み聞かされているような気分ですが……。

 でもわかりました。ドラッグの線は薄そうですが、警察が手をこまねいているのであれば捜査する意味はありそうですね」


 ワットは車のクラッチを踏み、ギアをバックに入れる。

 ロックの座っている助手席のシートに手を伸ばし、後ろを見ながら車を通りへと出した。


「いちおう言っておきますけど、魔法学校の生徒さんたちにいきなり殴り掛かるのはやめてくださいね。

 先ほどはウイリアムさんが、わたくしどもを賓客扱いしてくれていたので助かりましたけど、本来ならば傷害ものですよ。

 少しは心のギアを落として、時にはブレーキを踏むということを知ってください」


「知るかよ。おれの心にはトップギアとアクセル、それにロックが流れるラジオしかねぇんだ。邪魔するヤツは8ビートでぶっ飛ばすまでだぜ」


「それ、乗っていても乗っていなくても最悪の車ですね」


 ワットはいつも以上の安全運転で走り出す。

 次の目的地であるウエストミンスター魔法学校は、現在地のベルグレイヴィアから東のテムズ川沿いに位置する。


 最寄りの大通りであるビクトリア・ストリートにさしかかったところで、ロックはシートにもたれたまま言った。


「おい、このへんで止めろ」


「えっ? ウエストミンスター魔法学校は、まだだいぶ先ですけど?」


「ドラッグをやってるようなガキが、この時間に学校になんかいるかよ。いいから止めろって」


 大通りの道端に停車した車から、そそくさと降りるロック。

 革ジャンのポケットに手を突っ込んで、極彩色のグラフィティに彩られた横道へと入っていく。

 後から追いついてきたワットに鼻先で、壁一面に描かれたスプレーの落書きを示した。


 その落書きは店の看板がわりで、頭蓋骨がイギリス国旗のバンダナを頭に巻いている図柄だった。

 ぱっくりと開いたドクロの口のところに、地下への階段が続いている。


「たぶん、ここいらだろうな」


「どうしてわかるんですか? それも警察の方々から伺ったんですか?」


「ただのカンだよ。ワルぶってるガキはこういう店を好むんだ。

 いかにもアンダーグラウンドでござい、っていう店をな」


 ロックは小馬鹿にするように鼻で笑いつつ、ドクロの口の階段を降りる。

 階下にあった『ビートルクイーンズ・トゥーム』と落書きされた鉄の扉を押し開くと、暴力的なほどの爆音が外に漏れ出した。


 店内はカタコンベと呼ばれる地下墓地を模した作りとなっており、石棺がテーブルになっている。

 壁には薪のように頭蓋骨が積み上げられ、奥のステージのロックバンドの演奏に合わせてカタカタ揺れていた。


 さびれた外観とは裏腹に客は多く、ほとんどが若者。

 男はパーカーにタトゥー、女はTシャツにホットパンツにピアスと、判を押したかのようだった。

 後に続いたワットは明らかに浮いていて、眉を八の字にして耳を塞いでいる。


「わたくしはどうにも、こういうのは苦手です」


「なんだよテメェ、このロンドンにいてロックがダメだなんて、人生の半分を損してるぜ」


「コップに半分しか水が入っていなくても、わたくしにはじゅうぶんなのですよ」


 ロックはそこいらの客には目もくれず、どんどん店の奥へと入っていく。

 ステージを境に店の反対側はVIPルームになっていて、入口にはいかつい用心棒たちがいたが、ロックは通りすがるようなワンパンで沈めて先へと進む。

 個室で区切られたVIPルームをひとつひとつ覗き込んで、「お、いた」と目的のものを見つけた。


 そこには、ウエストミンスター魔法学校の制服を着崩した複数の男女が、ソファにしなだれかかるように座っていた。

 一部、見慣れぬ制服の少年たちもいる。


 葉巻やプラスチックのパイプを咥え、室内には紫色の煙が充満していた。

 男は魔法の杖を使って女スカートをめくりあげたり、女は杖で男の股間をなぞったりしている。


 ロックはそのただれた空間の中に、「邪魔するぜ」とズカズカと踏み込んでいく。

 そしてソファの中央でふんぞり返っていた、制服の上からパーカーを羽織っているリーダーらしき少年に問う。


「マルコのことで、聞きたいことがある」


 少年は両脇にはべらせた女生徒と肩を組んでおり、片眉を吊り上げるようにして睨み上げてきた。


「なんだぁ、テメェは?」


 「殴るのはナシですよ」と小声で釘を刺すワットに、「わかってるよ」とロック。

 ロックはポケットに手を突っ込んだまま、だるそうに切り出した。


「探偵だ。マルコ殺しの事件を捜査してるんだ。テメェら、同じ学校だろ?」


 その話し方はともかく、ロックがちゃんと自己紹介から始めてくれたので、傍らにいたワットはホッとしていた。

 しかしその思いを踏みにじるかのように、少年たちは嘲り笑う。


「ぎゃははは! コイツ、探偵だってよ! ようは無職ってことじゃねぇか!」


「っていうかホームレスなんじゃね?」


「ホームレスさんよぉ、俺たちが誰なのかわかってんのかよ? まず、俺のオヤジはライズ保険の社長で……」


 少年たちのリーダーはしたり顔で語ろうとしていたが、ロックは「そうかい」と足をあげる。

 次の瞬間、ブーツの靴底がリーダーの顔全体にめり込んでいた。

 踏まれた枯葉のように、パリッと鼻が潰される。


 「ぎゃっ!?」とのけぞるリーダー。

 目を丸くするワットに向かって、「殴っちゃいねぇぞ」みたいな視線を向けるロック。


 周囲にいた少年たちは「野郎っ!?」と杖を構えて立ち上がった。

 しかし魔法が唱えられるより早く、ロックは少年たちの鼻を稲妻のようなジャブでへし折る。


 彼らはすぐにシッドダウンし、「いでぇよぉ~」と涙と鼻血で顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 少女たちは金切り声をあげるが、用心棒はすでに倒されているので誰も駆けつけない。


「だ、誰か、誰か来てぇ!」


「あ、あんた、いったい何者!?」


「ウチらにこんなことして、タダで済むと思ってんの!?」


「そうだよ! ウチのパパはライター通信の重役なんだから、ウチが頼めばあんたなんか一発で……!」


 その脅しを「へっ」と、ツバのように吐き捨てるロック。


「どいつもこいつもダセぇなぁ。ワルぶるんならせめて、オヤジの看板は外しとけよ。

 オムツしてる赤ん坊がイキがってるみたいだぜ」

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