第13話
13 ドストレート警部
ふたりは車を降り、白いケーキのような建物が並ぶ通りを歩く。
現場らしき家のまわりでは、ホワイトキャップの警官たちが忙しそうに行き来していた。
ロンドンの国家警察は、黒い毛皮の帽子に赤い制服と、古代ロンドンの近衛兵スタイルを踏襲している。
それにならっているのか、ホワイトキャップの制服は白い毛皮の帽子に白い制服であった。
「この事件の総指揮は、ホワイトキャップのドストレート警部がなさっているそうです。
わたくしたちが捜査をするのはウイリアムさんのほうから連絡済みだそうですので、まずは警部を探して、事件の概要を……」
「うぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
ワットのアドバイスが終わぬうちに、ロックは雄叫びとともに地を蹴っていた。
森のオオカミのような疾駆で通りを駆け抜け、立入禁止のテープを倒木のように飛び越える。
その跳躍のまま、家の玄関にいたトレンチコート姿の大男の顔面を殴りとばした。
猿人じみた大男は「ぐほおっ!?」と、独特の悲鳴とともに吹っ飛び倒れる。
「警部!?」と周囲の警官たちから助け起こされていた。
警部と呼ばれた大男は、何が起こったのかわからず目を白黒させていたが、「よう」とロックから声を掛けられて黒目をクワッと剥いた。
「貴様っ!? いきなりなにをするんだ!?」
「いばりくさってると思ってたら、やっぱりテメェが警部か。
こちとらインベーダー坊ちゃんを殴りそこねてムシャクシャしてんだ。
その分、テメェで晴らさせてもらうぜ」
「いきなり現われて、わけのわからんことを! この悪ガキを取り押さえろっ!」
ロックはあっという間にホワイトキャップの警官たちに取り囲まれる。
しかしロックは「そうそうこれこれ!」と、ケーキバイキングに来た少女のように目を輝かせていた。
「へへ、こんだけいりゃ、よりどりみどり! 久々にケンカパーティができそうだな!
テメェらみてぇに、骨もねぇくせに食えねぇ
さぁて、テメェらがこの現場で見たものを、洗いざらい吐いてもらおうか!」
そして始まる大乱闘。
警官たちは魔法の杖を取りだし、硬化させて警棒としていたが、ロックにはほとんど当たらなかった。
たまに一撃を浴びせたとしても、それはロックのクロスカウンターで、次の瞬間には沈められてしまう。
それも当然といえば当然であった。
ロックはストリートではケンカに明け暮れ、ナイフを振り回すヤク中のチンピラと渡り合い、銃を持ったギャングを相手に生き残ってきたのだ。
それも、拳ひとつで。
訓練で型にはまった動きしかできない警察犬では、変幻自在の野生のオオカミに敵うはずもなかった。
わずか数分足らずで、事件現場である家の前は死屍累累。
警官たちが身体を丸めてうずくまり、苦しそうに呻いている。
ロックはハァハァと肩で息をしていたが、目の光は餓えたままだった。
「さぁて、それじゃ、メインディッシュといくか……!」
口から垂れた血を、ホイップクリームのように拳で拭うロック。
チョコレートファウンテンを狙うスイーツハンターのように、ドストレート警部を視線で貫いていた。
しかし、ドストレート警部も負けてはいない。
「この、どうしようもない悪ガキめ……! 自分は近接戦闘では敵なしといわれた、ガニメデ宇宙軍の少佐だったのだぞ……!」
ドストレート警部がコートを脱ぎ捨てると、ワイシャツがはちきれんばかりの筋骨隆々とした身体が現われる。
上半身は逆三角で、下半身は三角形。人智を超えた体つきだった。
「ああ、テメェみたいなデカブツはインベーダーだろうって思ってたが、ガニメデ族だったのか。
ますますぶちのめし甲斐がでてきたぜ」
睨み合うふたりの間に、見えない火花がバチバチと散る。
身長差は倍以上あったが、放つ闘気は互角であった。
今にも戦いのゴングが鳴り響こうとしたコンマ1秒前、緊張感のない声が漂ってくる。
「はじめまして、ドストレート警部。わたくしはワット、こちらはロックと申します」
ワットは、制止する者のいなくなった立入禁止テープを跨ぎ越えながら挨拶した。
「なっ!?」と、バナナの皮で滑った猿人のように目をパチクリさせるドストレート。
「まさか、署長から連絡のあった探偵というのは……!?」
「はい、わたくしどもです。以後、お見知りおきを」
左腕を腹部に当てた執事のお辞儀を披露するワットに、「し、失礼しました!」と直立不動の敬礼を返すドストレート。
「しょ、署長から、おふたりを丁重に扱うようにと命じられております!
ま、まさかこのような悪ガ……いえ、雄々しいお坊ちゃまだとは知らず、大変失礼いたしました!」
「おら、どうしたどうした! 敵なしじゃなかったのかよ、このインベーダーゴリラ!
ウイリアムにチクったりしねぇからかかってこいよ!
それとも天下りしたときに去勢でもされちまったのか!? このタマなしゴリラ!」
ロックはシュッシュッとシャドーをして挑発していたが、ドストレートはウイリアムの名前を出されてさらに萎縮する。
すっかり大人しくなっていて、「ウホホ……」と愛想笑いを浮かべるばかり。
ロックはやがてあきらめて、ワットをヒジで小突いた。
「チッ、余計なことするんじゃねぇよ。メイディッシュを食いそこねちまったじゃねぇか」
「指揮官まで病院送りにさせるわけにはいきませんよ、捜査に影響が出てしまいますからね」
ワットが示した先では、ロックにノックアウトされた警官たちがタンカで運ばれているところだった。
「ふん。もうここには用はねぇ、いくぞ」
ロックは鼻を鳴らすと、ドストレートに背を向けてさっさと歩きだす。
これには微笑みを絶やさぬワットからも、さすがに笑みが消えた。
「現場を見ていかないんですか?」とロックの後を追いかける。
「おれたちが見てなんになるってんだよ。
同じ時間、レンガ塀を眺めてたほうがよっぽどマシだぜ」
「でも、事件の詳細や、現場検証の結果を……」
言いかけて、ワットは「あ」となにかに思い当たる。
「なるほど、それで警官たちと殴り合ったんですね」
「そうだ。
車に戻ったロックは、ワットにせがまれて事件の詳細を話してきかせた。
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