第12話
12 捜査開始
社長室は体育館のように広く、バスケットコートやテニスコート、それどころかプールやゲームコーナーまであった。
その片隅にある、秘匿のセマァリンが施された応接スペースに、ロックとワットは案内される。
ハニーがゲームで遊んでいる音が、遠雷のように響いているなか、ウイリアムは切り出した。
「依頼というのは、ぼくの会社の社員にまつわる殺人事件なんだ」
ロックはふんと鼻を鳴らす。
「銀行員なら殺されて当然だろ。さんざん恨みを買ってそうだからな」
「ううん、銀行員じゃないんだよ。この銀行の社員ではなく、WISの社員だよ。
それに殺されたのは社員自身ではなく、家族なんだよね」
ウイリアムはホワイト財団の総帥で、ロンドンでは知らぬ者がいない有名企業を数多く抱えている。
WIS、ホワイト・インダストリアル・ソリューションもそのひとつで、セマァシーと呼ばれる、セマァリンで動作する機械の製造では業界最大手であった。
問題の社員というのは、今年で53歳になるジェロム・ブラウン。
その家族である、32歳の妻のサロメと、16歳の息子のマルコが、自宅の2階で殺害されていたという。
「事件のあった前日、セマァネットの掲示板に『ママを殺す』というマルコさんの書き込みがあったそうだよ」
「テメェと同じくらい、ふざけた野郎だな」とロック。
「ネットで殺害予告してたのなら、そのマルコとかいう息子が犯人じゃねぇか。母親のサロメと差し違えたか、サロメを殺したあと自殺したんだろう」
「ぼくもそう思ったんだけど、司法解剖による死亡推定時刻は、マルコさんのほうが1日早いんだって。
マルコさんが殺された次の日に、サロメさんは殺されたみたいだね」
「なに? ってことはサロメがマルコを殺して、そのあとに自殺したってことじゃねぇか」
「その線も考えられるんだけど、サロメさんの夫であるジェロムさんは行方不明になっていて、会社にもずっと出社していないんだ」
「ってことは完全にソイツの仕業じゃねぇか。サロメとマルコを殺して逃げたんだろ、とっとと捕まえれば事件解決じゃねぇか」
「でもジェロムさんは事件のあった前日から出張に行っていて、同行していた社員の証言もあるんだ」
「なんだと? 犯人じゃないのなら、なんで逃げたりしたんだ?」
「行方がわからなくなっているから、もしかしたら逃げたんじゃなくて、何者かにさらわれた可能性もあるんだよね。
ぼくの系列会社であるPPC、ホワイトキャップが捜査にあたってるんだけど、あまり進展がなくて……」
「PPCってなんだよ?」
「あ、ごめん、民間警察のことだよ」
「テメェんところは
ロックの隣に腰掛け、ずっと話に耳を傾けていたワットが口を開く。
「PPCが重犯罪を捜査する場合、法律で第三者の機関を交えないといけない決まりになっているんですよ。
個人開業している探偵だと安価で済みますから、よく捜査協力がなされているようですね」
「うん、でもぼくがロックさんに捜査を依頼しようと思ったのは、安くすませようと思ったからじゃないんだよ。
ロックさんが被害者のひとりである、マルコさんと同い年だったからなんだ」
「なるほど、16歳のロックであれば、PPCの大人たちとは別の視点で捜査をしてくれるのではないか……というわけですね」
「うん、その通りなんだ! お願い、ロックさん! この依頼を引き受けてくれないかな!?
今日ロックさんに会って、ぼくは確信したんだ!
ロックさんならきっとこの事件の謎を解き明かせる、って! ねっ、お願い!」
両手をあわせ、キュッと目を閉じてロックを拝むウイリアム。
それはとても愛らしく、ロックは不覚にも、ストリートの子供たちを重ね合わせてしまう。
「ま、まぁ……やってやれねぇことなんて、おれにはねぇけどな……」
その数分後、ロックとワットとハニーはホワイトバンキングの本社ビルをあとにしていた。
「ロックが依頼を引き受けるとは思ってもみませんでした」
「あっ、引き受けてくれたんだ、良かったぁ! 一時はどうなることかと思ってハラハラしちゃった!
ロック君ってば心臓に良くないよ!」
「相感じるものがありますね」
「うるせぇよ。それよりも現場に行くぞ」
ワットは「おや」と物珍しげな声をあげる。
「さっそく捜査開始とは、やる気じゅうぶんですね。
それに、真っ先に現場に向かおうとするとは、捜査の基本は足だというのがわかっているようですね」
「やるぅ、ロック君! ひゅーひゅー!」
「バカ言うな。捜査の基本は足なんかじゃねぇ、
現場に行って、そのへんにいるやつをぶちのめしてやれば、一気に事件解決よ」
拳のポーズでキメ顔をするロックに、ハニーは目が点になっていた。
さすがのワットも苦笑い。
「あの、ロック……。あなた、狂犬病にでもかかってるんですか?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ハニーを自宅まで送り届けたロックとワットは、そのままひと息もつかずに車を出す。
行き先は、ベイカー街の真南にあるベルグレイヴィア。
そこに今回の事件の現場である、ブラウン一家の邸宅があるという。
車中で、ピアノを弾くように優雅にハンドルを動かすワット。
窓ごしにそれを見つめていたロックが、ふとつぶやいた。
「そういやテメェ、なんで自動運転にしねぇんだよ?」
「わたくしは運転手ですからね。それにそもそも、この車には自動運転は付いていませんよ」
そう言われて初めて、ロックはセマァカーにつきものの不快な浮遊感がないことに気付く。
かわりにゆりかごで揺られているような、心地良い振動を感じていた。
「まさかこの車って、電気で動いてんのか?」
「電気でもありません、ガソリンです」
「ガソリンって、化石じゃねぇか! よくそんな死にかけの車を持ってるな!?」
「いちおう新車ですよ。電気自動車と同じで、一部の好事家のために細々と生産されているんです」
「物好きな野郎だなぁ。なんか、棺桶に入ってるような気分になっちまったぜ」
「わたくしは、不確定であいまいなものが好きなんです。白と黒よりグレーですね。
電気自動車はハッキリしていますし、セマァカーはハッキリしすぎていますから」
「おれも白黒してんのはキライだな」
「相通じるものがありますね。もしかして、初めて意見が合ったのではないですか?」
「白黒なんて生ぬるい、ぜんぶ黒にしちまえばいいんだよ」
「ああ、ひとつ前のわたくしの言葉は忘れてください。
ロックと意見が合うよりも、流れ星への願いが叶う確率のほうが高そうな気がします。
さて、そろそろ着きますよ」
ブラウン一家の住所は聞いていたが、探さなくてもすぐわかった。
民間警察らしき白い回転灯を光らせる車が通りに何台も停まっており、立入禁止を示す黄色いテープが張り巡らされた家があったからだ。
通りは混んでいたが、ワットの車は空いている駐車スペースに難なく滑り込む。
それは川で泳ぐ魚が巣に戻るような、見事なテクニックであった。
前後にはひとこすり数千万という、超高級セマァカーがある。
「行方不明のジェロムさんは、WISの専務だったそうですね。
さすが超一流企業の役員だけあって、いい所に住んでいますね」
「面倒くせぇなぁ、金持ち連中が住んでるとこは苦手なんだよ。
車を盗むか、10ペンスパンチする以外で来る用なんてねぇからな」
「今日はそのどっちもやらないでくださいね」
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