第11話
11 ウイリアム坊ちゃん
それからロックは、悔しいけれど美味しい朝食をすませ、ワットとともに家を出る。
ロックが車に乗り込もうとすると、後ろにハニーが立っているのに気付いた。
「なんだよ、テメェも来るのかよ?」
「当然でしょ。だって依頼人のウイリアム様は、あたしの婚約者だもん」
すまし顔のハニーはエプロンドレスではなく、よそいきのドレス姿だった。
「どうりでそんなにめかしこんでるのか」
「ううっ、ウイリアム様とお会いするのって久しぶりだから、緊張するぅ~!
この日のためにとっておきのネックレスを出したんだけど、どうかなぁ?」
「ああ、猫よけによさそうだ」とロックはさっさと助手席に入っていく。
「とてもよくお似合いですよ。プロポーズしたくなるほどに」
ワットは愛用のステッキ傘を手首にかけ、エスコートするように後部座席のドアを開いた。
「ああん、もう! ワットさんってばお上手ぅ!」
最後にワットが運転席に乗り込んだあと、車は滑るように走りだす。
ワットは磨くようにハンドルを操りながら、フロントガラスに映った映像ごしにハニーに話しかける。
「依頼人のウイリアムさんは、シティ・オブ・ロンドンにあるホワイトバンキンググループの本社におられるのですよね?」
「うん、ウイリアム様はお忙しくて、朝しかお時間が取れないんですって。ごめんなさいっておっしゃってたよ」
「ホワイトバンキングって、すげぇでけぇ銀行だろう? そんなところに勤めてるなんて、ロクでもねぇヤツじゃねぇか」
ロックは眉をひそめていたが、その眉のシワは現地に着いてさらに深くなる。
てっきりホワイトバンキングの社員のひとりなのかと思っていたら、案内されたのはビルの頂上、100階にある社長室であった。
こんなに高いところに登ったのは生まれて初めてのロック。
思わず窓に張りついて、子供のように絶景を見渡していた。
「す……すげぇーっ!? ロンドンってこうなってるのかよ!?
あっちはホワイトチャペルだな!? あっ、聖堂が見える! まるでオモチャみてぇだ!」
「ロンドンの霧はね、見る高さによってその姿を変えるんだ。
地平からはまわりを見えなくするけど、天上からはよりクリアにまわりを見せてくれるんだよ」
背後から無邪気な声がして、ロックは振り返る。
そこには、ロックやハニーよりも歳下に見える少年が立っていた。
金と銀が混ざり合ったようなプラチナのおかっぱ頭に褐色の肌。
片眼鏡をした黄金の瞳はまんまるで、黒猫のような印象を受ける。
白シャツにサスペンダーとスラックスというお坊ちゃんスタイル。
人なつこい笑顔でニコニコと寄ってきて、ロックに手を差し出した。
「よろしく、ぼくが依頼人のウイリアム。ウイリアム・ホワイトスノーだよ」
そしてなによりも人目を引いたのが、人ならざる耳。
横に長く飛び出した耳が、ぴこぴこと上下に揺れている。
「テメェ、エルフ族か。こんなバカ高い所にいるってことは、今どきのエルフは森じゃなくて
インベーダーらしく、ジグザグに降りてきたのか?」
隣にいたハニーは「ろ、ロック君!?」と、時間をかけてセットした髪の毛が逆立つくらいに仰天していた。
「なっ、なんて失礼なことを!? すみません、ウイリアム様!」
ぺこぺこ頭を下げるハニーに、「いいんだよ」とウイリアム。
「ぼくたちネクストを良く思わない子たちがいるのは、もちろん知ってるよ。
でも、そんな偏見を取り除くのもぼくの役目だよね。
そのことに気付かせてくれて、ありがとうロックさん。
あなたに依頼できて本当に良かった」
ウイリアムは相変わらず友好的だったが、ロックはずっと敵対的であった。
「勘違いすんなよ、インベーダー坊ちゃん。
このおれがこんなところまでノコノコついてきたのは、依頼を受けるためじゃねぇ」
「えっ、そうなの? じゃあ、なんのために?」
「テメェの顔にパンチをぶちこむためだ。
銀行に借金を断られたせいで、トマスがいらねぇ苦労をしてるのをさんざん見てきたからな」
ロックは差し出されたままのウイリアムの手を掴み、グイッと乱暴に引き寄せる。
脅すように拳をふりかぶったが、ウイリアムの笑顔は崩れない。
キラキラ輝く上目で、ロックを見つめていた。
「そうだったんだね、じゃあそのトマスさんの手助けができるように、融資課に話をしておくよ」
そう言うやいなや、ウイリアムは自分からロックの胸に飛びこんでいき、ひしっとロックを抱きしめる。
「教えてくれてありがとう、ロックさん」
「なっ……なんだテメェは!? は、放せっ!?」
「ぼくは拳よりハグのほうが好きなんだ。だってほら、あったかいでしょ?」
「なにワケのわかんねぇこと言ってやがる! 本当にぶちのめすぞ!?」
ウイリアムは見かけよりも力が強く、ロックは押しのけるのにひと苦労。
ハニーはふたりを止めようかどうしようかとオロオロしていた。
しかしワットから「犬と猫がジャレあっているようなものですから、ほっといて大丈夫ですよ」と言われ、静観を決め込む。
ハグがようやく終わった頃には、ロックの暴力衝動もすっかり骨抜きになっていた。
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