信濃茉耶の世界
__最初は、なにも変わらない、ただのクラスメイトだった。助けを求めたところで、何も出来ないし、わたしが「向こう」に消えてしまったことも知らない、普通の子。居眠り魔、なんて認識すらされないのだから、多分、ただのちょっと目立たない子という程度の認識しか無かった筈だ。もっとも、それが普通なのだけど。
この現実から文字通り消えていることによる不都合をなくすためなのか、わたしが本来得る筈だった知識が補完されていた。欠席している筈のテストが、それなりに優秀な点数を取ったように処理されていた。
世界のすべてが、わたしの消滅を誤魔化そうと作用していた。
「結友ちゃん………。」
いつだったか、わたしの目が覚めた時に、何故か話をすることができたのが結友ちゃんだった。自分で言うのも、恥ずかしいけれど。多分、わたしが起きた段階でわたしの存在に気付いてくれるくらいには、わたしに気があった、のだと思う。わたしのことを認識できるタイミングで、わたしのことを心のどこかで探していた、くらいじゃないと、わたしの声が彼女に届くとは思えない。
でも、結友ちゃんが常にそうであったわけではない。授業、それに美冬ちゃんに沙夜香ちゃんだったりと友達と関わっている時だと、わたしが汗だくなまま、静かな教室で起きたとしても、結友ちゃんはわたしを認識できない。何かに意識が向いていたら、わたしという存在はいないも同然なんだ。
でも、少し、気を許していたんだろうね。頭が揺れる感覚に気絶して、そうしたら教室に戻っていて、目の前に彼女が居た。嬉しかった。何があったのかを言うことができなくても、声が届いた気がして。
………でもそれは夢だった。首を絞められて息が苦しい中、身体中を叩かれて、いつもみたいに泣き叫ばされた。寝言で結友ちゃんの名前を呼んでいたらしくて、さらに苛烈に責められた。わたしが悪いわけじゃないのに許しを乞うて、ひたすら謝って、二日間苛め抜かれて、漸く許された。
もう、声なんて届かなくていいと思った。届いても何も解決しない。やっぱり、苦しくなるだけだった。結友ちゃんに本当に気付いてもらえた時、怖がって、不安になってしまったのが悲しかった。結友ちゃんはなにも悪いことはしていないのに、気付いてもらえたのに、わたしは結友ちゃんを怖がってしまった。一度、起こしてもらえたことでも奇跡的で、感謝しないといけないのに、彼女に何度も失望してしまっていた。
夏休み中はずっと、あの嫌な目に合うところへ消えてしまっていた。だから、結友ちゃんにあの時話しかけられて、嬉しかったんだ。すぐに、眠りに落ちちゃって、結友ちゃんはわたしのことをさらっと忘れちゃったんだけどね。
(それに、大体の間、消えちゃっていたし。)
眠たさが異常だった期間は、夢は見ても、消えることはなかったのに。最近はもう、何度でも、消えてしまえるようだった。一回消えた時に、戻るまでの時間が徐々に長くなっていた。
戻ってきたら、二学期が丁度終わっていた。残っていた誰かが、誰も残っていないからと電気を消して、ドアを閉めた瞬間だった。眠気がなくなっていたのが分かった。
………それは、途方もなく長い消滅が近づいていることの合図だった。夢にまで浸食したあの世界から出られるとは思えなかった。
もうわたしは、あの悪夢のような世界から戻れないんだと悟った。冬休みに、わたしは完全に消えてしまうのだと。もう、変えることなんて出来ないんだ。誰にも気づかれないまま、向こうの世界で酷い目に遭わされ続けるんだ。
結友ちゃんがドアを勢いよく開けて、わたしの前に駆け込んできたのは、その時のことだった。
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