5月11日
「んー……よし、完了っと。」
教室で一人、昼ごはんを食べるメリットの一つは、食べ始める前に終わらせたい課題だったり、宿題だったりを気兼ねなく終わらせることが出来ることだ。誰も待たせないし、購買ダッシュをかます必要もない。のんびり、好きなように時間を使うことが出来る。終わらなかった分が宿題になる理科のプリントを約3分延長で終わらせることが出来た。思ったよりも時間がかかってしまったのは反省事項だろう。
「ってあっ………… 何処行った。」
一切の音もしないまま、愛用の消しゴムが机から転がり落ちて行った。左前に行った気はするのだけど……… 思ったよりも遠くへ旅立ってしまったのかもしれない。席を立って、席の左前を注視しながら探索する。うん、私もみんなと同じようにバッグを置いているから人のことは責められないけど、バッグがとてつもなく邪魔だ。
「………結友ちゃん、はい。」
私よりも高めの声と共に、消しゴムを渡す手が目の前に映る。
「あ、ありがと、茉耶。」
「んーん、見つかって良かったよ。」
一回、そのまま無くしたこともあるから、と笑う彼女に、なんだか不思議な感覚を覚えてしまった。茉耶、よく誰かに笑いかけてるはずなんだけど。どうしてだろう?色素の薄い目と、幼さが残る顔と身長。これで、誰からも恋愛話を聞かないことが若干不思議になるくらい、彼女の笑顔は可愛らしい。
「お昼食べないの?」
彼女の机の上には、筆箱すら乗っていなかった。ちょうど、準備をするところだったのだろうか。食べないわけでは無いと思うけど。
「流石に食べるよ。軽くだけどね。」
「あ、おいしいやつ。」
茉耶のバッグから出てきたのは、コンビニのパンコーナーにあるドーナツ。値段の割に、かなり美味しいんだよな。
「足りるの?」
でも、彼女が持っていたのはそのドーナツ一つだけだった。それだけだと、おやつにまた食べちゃうくらいにはお腹が空いてしまいそうだ。
「うん。家につまめる物が多いからさ。」
「え、いいなあ。自分で買わないと無いんだ、うちの家。」
「ふふ、良いでしょ。」
開いたドーナツの袋から、甘い洋菓子の匂いがした。うう、何という飯テロ。まだ昼を食べていない私には少し応えた。
「んじゃ。」
「うん。」
お互い一人なのに、一緒に食べようとはどちらも言うことは無かった。何を話せば良いのか分からなかったし、なんとなく、そうするのが彼女には迷惑になってしまいそうに感じたのだ。慣れている人ならともかく、それ以外の人に、ちょっと寂しいからお邪魔していいか、なんて聞くのは私にはハードルが高いのだ。特に、一人で黙々と食べていた場合は。
教室の真ん中のやや後ろ側にある自分の席について、甘味の無い親特製のおいしい弁当を食べながら昨日のゲームの続きを進める。なんとなく茉耶の席をチラッと見ると、ドーナツは食べ終わっていて、何かに耐えようとしているみたいに俯いていた。眠いのだろうか。だとしたら、耐える必要なんて無いのに。まだ、昼休みが終わるまで二十分はあるのだ。昼寝には丁度いいくらいの筈だ。
視線を戻して、まだお米が残っている弁当に向き合って手を進める。食べ終わる頃には寝ちゃっているだろうと考えていたら、美冬と沙夜香が騒がしく帰ってきた。学食は混んでいたらしく、購買で買って食べてきたようだ。食品のレパートリーがフライドポテトと甘いものくらいしか購買にはなく、沙夜香はいつも文句を言っているが、結局それなりには便利なのだ。
その後、眠気と戦っていた茉耶がどうなっていたのか確認する暇も無く、昼休みは終わりを迎えた。
特に話すべき話題も無いまま、気が付いたら午後も終わっていた。おやつに何かを買おうとしていたはずなのに、どうにも思い出せない。多分、昼休みあたりに誰かがそれを食べるのを遠目で眺めていたのだろうけど。それとも、沙夜香が購買で買っていたものが良さげだった、とかだろうか。とりあえず、帰り際にどこかに寄るとしよう。
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