5月9日

 音量を切ったスマホから聞こえてくる、心の中のボイスとサウンドエフェクト。そんな大袈裟に言わずとも、ただのコマンドゲームなのだけども。プチブームとなってから二、三ヶ月、案の定ストーリーが長くて、倦怠期にはまださせてもらえない。


 残念ながら昼ごはんは一人だけど、ゲームや本、漫画が端末ひとつで楽しめるこの時代ならそれで十分だ。休日や長期休暇すら孤独な引きこもりで満足してしまい、結局、授業中と短い休み時間以外は常に一人であることは、少々どうかとは思ってはいるけども。とは言ったって、話題が無いのだ。更に言うと、話を続けるのが、あまりに苦手なのだ。

 会話そのものでは無くて、例えば、一度切ったチャットだったりとか、日を跨いだり、週を跨いだりした話。関係を続けるのも、いや、続けようと思うのも、既に諦めてしまっていたりする。人を誘ったりとか、誘おうと思ったりとか、どうしたらその思考に考えを導けるのかが分からない。うん、そも外に出ないのだけどね。


「あー、おかえり。」

「ただいまー。次のってなんだっけ?」

「数学。まったく、アンタ机の上に準備してあるじゃん。」

 基本的に学食で昼を過ごす美冬は真面目な癖して忘れっぽい。斜め後ろの彼女の机を眺めると、整理がしやすく、私から言わせると使いこなせない機能がたっぷりの筆箱の下に、数学の教科書と問題集、ノートが安置されている。整頓されて並んでいるのもポイントが高い。

 「あ、ほんとだ。私偉い。」

 「やっぱ美冬は天然だねー!」

 「沙夜香にそれをいう権利はないなあ。」


 もう一人の学食勢である沙夜香は美冬を天然と言うけれど、個人的には沙夜香の方が天然だと思っている。なんというか、素でないにしても、態度がなんだか不思議なのだ。私個人の琴線に触れているのだろう。

 「両方大概に一票。ていうか、遅かったね。遅刻寸前じゃん。」

 私がそう言ったタイミングでちょうど鳴るチャイム。だからと言って席に着くような中学生はこの世界に居ないだろう。教師が来るまでが休み時間です。

 「あー、想定量よりも米が多かった。わたしは良いんだけど、美冬が死んだ。」

 「なるほど。無茶して食べることないのに。」

 「いや、残したよ…… うーん、胃が痛い。」

 「うん、お疲れ。」

 人並み以上に少食な美冬は、よく学食のメニューを残していた。偶に二人について行った時には、残した分を代わりに食べていたりする。購買のラインアップが乏しいことから発生する悲劇だ。食事は残さない主義の私でも、量の調整が出来ない場合には強く口を出すことは出来ない。


 そうして二人が財布をしまっていたら、先生が教壇に立って、慌ただしく午後の授業は始まったのだった。

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