第22話 赤城の好きな人
八月もだんだんとその終わりに近づいて、つい昨日から後期の夏期講習が始まっていた。
午前で授業が終わった放課後の校舎は、夏休みであると言うのに少しもその賑やかさを失うことはなく、文化祭直前ということで寧ろ興奮の色が強く出ているとまで言える。
窓の外からは吹奏楽部の合奏や軽音楽部の演奏、練習試合を行なっているサッカー部に蝉の声が響き渡り、教室の中では着々と文化祭への準備が進められている。
そんな教室の隅で、僕と赤城は例の如く総務部の作業を行なっていた。
今日の作業は使用機材の最終確認なのだけれど……どうやら担任が今日のことを文化祭の運営に報告し忘れていたらしく、今僕たちは待たされている。ちなみに、野崎さんはそんな怠惰を働いた生臭教師にわざわざついて一緒に謝りに言ってくれている。何とも清い心掛けだ。
まあつまり、僕らは暇を持て余していた。いや、やろうと思えばすぐそこには内装やら外装やらの仕事が転がっているのだけれど……どうにもやる気は湧いてこない。故に、暇を持て余していた。
「笹川、飲みもん買いに行かね?」
「ああ、それいいね」
このまま教室の隅に陣取っていても、いつ仕事を割り振られるかわかったものではないので弥縫策として赤城の提案を受け入れる。これでいくらか時間も稼げるだろう。
願わくば、僕らが帰ってくる時にちょうど野崎さんが先生と共に帰ってきてくれないだろうかと思いつつ、僕と赤城は連れ立って教室を後にした。
「そういや、花火大会はどうだったよ」
体育館近くに設置されている自動販売機の前で緑茶か水かで悩んでいたところ、アカギが思い出したように僕へと疑問を投げかけた。
「ああ、結構綺麗だったよ。結構久しぶりに花火大会行ったけど、楽しめた」
「そっか、なら良かったな」
赤城はそう言って爽やかに笑う。
「良いなあ、俺も行きたかった」
「赤城はどんまいだね」
「本当にな。良いなあ笹川、中学の時の友達と行くとか、絶対面白いもんなそんなん」
「あー、まあね……」
何とも歯切れの悪い反応を返してしまう。それもそうである、僕には花火大会に一緒に行くような友達は、たとえ中学時代の友達でもいないし、多分彼らとともに花火大会に行っても楽しむことはできない。
本当は青山と一緒に行ったんだ、と声を大にして言いたい気分になるがそれを何とか抑え込んで、嘘に嘘を重ねる愛想笑いを作った。
ちなみに花火大会の会場で出会ってしまった野崎さんには家族と来ていると行ったため、各方面に違う嘘をつきすぎて後から皺寄せが降りかかるのではと密かに案じている。
「そういえば、赤城は結構昔から行ってたんだっけ」
話しかけながら、僕と赤城は体育館へと足を踏み入れる。
お互いに飲み物を購入したは良いものの、このまま直帰するのも時間が稼げていないような気がして嫌だったので、僕らは少しだけ体育館の中をのぞいてみることにしたのだ。
文化祭が近いということで、どうやらダンス企画やバンド企画のリハーサルを行なっているらしく、その音は外にまで響いてきていた。
「ああ、薺と小さい頃からな。最初の頃は、お互いの両親も一緒に来ててな、でも小五くらいからは、二人だけで行ってたな」
赤城は懐かしむように口にする。
体育館ではちょうど一団体がリハーサルを終えたらしく、音楽が突然鳴り止んだ。僕たちは体育館の二階へと向かう階段を登りながら会話を続ける。
「本当、仲良いよね。赤城と野崎さん」
「まあ最も、一緒に行ってたのは多分中一ぐらいまでだったから、ここ二、三年は一緒に行ってないけど」
赤城は補足するように述べる。
「なるほど、だから今年は一緒にいきたかったのか」
僕は何気なく呟いた。
ただ単純に、思い込んでいたのだ。赤城と野崎さんは付き合っているか、それともまだ付き合ってはいないが、お互いに思い合っている状況なのだと。
2階に上がると、少し埃っぽい空気をステージのライトが照らすのが見えた。
「……どういうことだ?」
しばらく黙っているなと思っていたら、赤城が急に聞いてきた。
どういうこともこういうこともないだろうと、もしかすると赤城は照れているのではないかと彼の顔を伺うと、そんなことはまるでなく、本当に今の僕の発言の意図がわかっていないようだった。
赤城の理解力がないのか、僕の言葉が下手だったか。そのどちらの可能性もないとはいい切れないけれど、話はもっと単純なのだろう。
「あれ? もしかして花火大会に今年一緒にいきたかった人って、野崎さんじゃないの?」
「……ああ、違うぞ。薺じゃない」
言葉にして聞いてみれば、答えは随分と簡単に帰ってきた。全くもって驚きだった。僕はついてっきりアニメやゲームの中ようないい関係の幼なじみだと思っていたのだけれど、どうやら現実はそう甘いものでもないらしい。
「確かに、よく勘違いされるけどな」
「何を?」
「俺と薺が、付き合ってるって」
「いや、まあ」
それはそうだろう。二人は学校でも仲の良い印象が強いし、いつも一緒にいるというまでのイメージではないが、男子以外の生徒で赤城と並ぶことを想像すると、まず初めに野崎さんが浮かんでくる。
好青年な赤城とおっとりと優しげな野崎さんは、口を滑らせて仕舞えばお似合いと言っても差し支えなかった。
「でも、正直俺は薺のことそういう目であんまり見たことないんだよな、見れないっつーか」
赤城以外の人間がこのことを口にしていたならば、そいつはきっと今この僕に殴られていたのだろう。それほどまでに、贅沢な話だった。恐ろしいまでの主人公ぶりであった。
その言葉を聞いて、僕は少し考える。ならば実際のところアカギが「一緒にいきたい」と言っていた人間は誰だったのか。もしかするとそもそも女ではなく男だったのかもしれない。
ただいくら可能性をあたったところで僕の頭がシャーロックホームズもかくやという程の閃きを得るわけでもなく、答えはアカギに聞いた方が早いというのは火を見るよりも明らかだった。
体育館のステージの上では、どうやら次の団体の準備が少し手間取っているらしく、忙しなく人が行き来している。
「ていうかじゃあ、結局赤城が一緒にいきたがってた人って……誰?」
意を決して聞いた。青山を花火大会に誘うよりも、はるかに簡単な決断だった。
「……」
赤城は黙っている。もしかしたら聞こえていなかったのだろうか。
ステージ上では先ほどの団体の準備が終わったらしく、だんだんと人が捌けて行ってその団体だけがステージに取り残される。そこで、その団体が初めてバンドであることが見てとれた。人の往来であまり見えなかったので、気づかなかった。
そういえば、青山もリハーサルを行うのだろうかなんて思いつつ、僕はもう一度同じ質問を赤城に投げかけようと彼の方を向く。
「……誰にも言うなよ?」
聞こえていたらしい。彼は迷っていたのだ。
どうやら、一緒にいきたいと言っていた人は男ではなかった。ただ、赤城のそんな相手を僕なんかが聞いて良いものかと不安になるが、まあ赤城が僕を選んで教えてくれるのだから良いだろうと耳をそばだてる。
「青山だよ」
言葉の直後、バンドの演奏が始まった。
そこから先のことは、あまり覚えていない。
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