第17話 赤城と制服デート①
夏期講習も終わり、ついに夏休み本番なってから数日。
僕は最寄りの駅から三駅ほど離れた、少し大きめなショッピングモールへと足を運んでいた。
夏休みに自発的に外に出るのは何年ぶりだろうか。コンビニや本屋などにふらりと出かけるのではなく、人と待ち合わせをして遊びに行く、というような外出。
そう、僕は今日人と待ち合わせをしているのだ。
そしてその待ち合わせ場所というのがこのショッピングモールがある駅、というわけだ。
このショッピングモールはニュータウン開発のために、駅と併設されたものであり、そのため駅からは徒歩一分程度なので、駅を待ち合わせに使う人が多い。
しかも今日は八月五日、夏休みのど真ん中なので当然のように人が多く、待っている人を探すだけでも一苦労だ。
集合時間は十二時ぴったり、そして現在の時刻はその時刻ぴったりであり、今日の予定の相手が来ていても不思議ではないのだけど……。
「お、いたいた。笹川、よう」
突然後ろから背中を叩かれて反射的に肩を萎縮させる。
そして恐る恐る振り返ると、そこにはここ最近よく見知った顔があった。
「痛いって赤城。おはよう、もしかして待たせた?」
180cmは優に越しているだろうといった高い背丈に、短髪の爽やかな好青年顔が乗っかっている。
少女漫画にでも出てきそうなそいつはすまんすまんと笑ってから言葉を返す。
「いや、俺もちょうど来たとこで、笹川の背中見えたから。やっぱうちの制服わかりやすいな」
「やっぱりなんか気分的に落ち着かない、制服って」
「とは言っても、制服って言い出したのは笹川だろ」
「ぐ……、だって仕方ないじゃないか」
「まあ、別にこういうのも新鮮でいいけどな」
そう言って赤城は歩き出す。
きっと側から見たら僕ら二人はおかしく写っているのだろう。学校があるはずもない夏休みに、ただのショッピングモールに男子高校生が二人制服で訪れるとは……。
僕だって好きで制服で遊びにきているわけではない、というかあまり夏には出かけたくないとまで思っている。
そんな僕が外出をしている、しかも制服で。これには、深いわけがあるのだ。
*
あれは、まだ夏期講習が行われていた時期だから一週間ほど前になるだろうか。
その日の放課後に、僕はこれまたすっかり慣れてきてしまった総務部の仕事を行なっていた。その日の仕事は確か、メニューから必要なものを書き出して、買い出しのためのメモを作るという作業だった。
メニューから必要なものとは言っても、そもそもがたこ焼きであるので基本的にソースや調味料以外は、気をつけるべきポイントもない。
しかも野崎さんがたこ焼き本体の方の買い出しメモは、分量まで記して自分で作ってくれると言ってくれていたので、必然的に僕らに残った仕事は『おたふくソース・二本くらい?』などを紙に書き出していくだけだった。
野崎さんは、「私は作業、家でやろうかな」と言って先に帰ってしまっていたので、必然的にその日の仕事は僕と赤城の二人だった。
そしてしばらく真面目に仕事をこなした後、だんだんとやることもなくなってきた頃に僕は切り出した。
「……赤城。夏祭りって、何着てけばいいと思う?」
赤城は一瞬目を白黒させながら、合点がいったという風に頷くと、今度は目を丸くして僕に尋ねてきた。
「え、お前って彼女いたの!?」
青山が見たら、赤城に僕が彼女がいることがバレているようにでも見えて、驚かれていたかもしれない。しかし僕は別段驚くことはしなかった。
なぜなら数日前の帰り道に、赤城にふざけたように「彼女とか誘ったらどうだ」と言われたのは当の僕であり、その次の日の会話がこれであれば、アカギがそう思ってしまうのも無理はない。
「いや違う違う、普通に中学の頃の男友達と行くんだけどさ」
あくまで自然に、そして男友達である点をさりげなく強調して返事を返す。
これは当然嘘で、中学の頃の友達とはもうずいぶん前から連絡をとっておらず、しかも僕が一緒に祭りに行く相手は赤城のいう通り彼女である青山なのだ。
しかし学校で関係を秘密にしている以上はそれをバラす訳にも行かず、多少心苦しいが僕は嘘を吐いた。まあ、赤城にならそのうち話してみてもいいかもしれないが。
「ああ、なるほどな。で、どんな服を着てけばって言ったか?」
「そうそう、一応僕も服自体は持ってるんだけど、全部中学の時に買ったものばかりで」
持っている服は中学生の時に買ったものばかり、更に高校に入ってからは人と遊びに行く機会なんて一度もないから服を買っていない。そういえば、青山と私服で遊びに行くのも初めてということになる。
中学生の時の服は何とも無惨なセンスをしていて、青山と夏祭りに行くのならもう少しいい服を着ていきたい。僕はそう思っていた。
「ほう、ちなみにそいつらがどんな服かを聞いてもいいか?」
赤城が僕に問う。僕は答えに若干躊躇しつつも、致し方ないと答えることにした。
「恥ずかしながら……、半袖パーカーとか、黒の英字Tシャツとか、ドクロの書いてあるやつとかしかなくて……」
自分で口にして、恥ずかしくなる。何をやっているんだ中学二年生の頃の僕は。全くもって黒歴史である。
「お、おぉう……。そうつはまた、いいセンスをしてる……」
流石の赤城も笑い飛ばすことはできずに微妙な反応を示している。
「そういうやつしかなくて……。で、僕が頼れるのが赤城しかいなくて」
「まあ、そういうことなら全然話を聞くが……。ああそうだ、それなら俺とお前で買いに行くってのはどうだ?」
それは何とも魅力的な相談だったが、情けないことに僕には服を買いに行く服もない。
どうしたものかと悩んでいると、一つの閃きを得た。
「せ、制服で行ってもいいなら、一緒に買いに行きたい」
赤城はその僕の言葉がひどく可笑しかったのか大きめな声で笑い、そしてこう返してきた。
「じゃあ決まりだな、俺も面白そうだから制服で行くわ。制服デートだな!」
「そんな軽いノリで……」
夏休み真っ盛りに男子高校生が制服で二人買い物する絵面を想像してみたが、なかなかに惨めなものがある。しかしそれでも僕一人が制服の絵面よりはマシだと感じたので、僕はそれを受け入れた。
「じゃあ、場所とか時間とかの詳細なのはあとでLINEで決めようぜ」
そうして僕は、八月五日に赤城とショッピングモールで制服デート(嗚咽)を行うこととなったのだった。
*
そして時は現在に戻る。
「じゃあまずは飯食うか、昼飯まだだよな?」
「うん、僕も昼ご飯は食べるつもりできてたから、まだ」
「じゃあまあ、フードコートでいいか」
「そうだね」
そんなようなやり取りがあり、僕たちは今ショッピングモール内のフードコートへと来ていた。
お昼時なのであまり咳が空いていないだろうと思っていたが、運よく二人咳が空いたため、僕たちはそこに座る。
何を食べようかと赤城と話し、結局赤城がラーメン、僕はうどんに落ち着いた。
そして各々の料理が完成し、挨拶をしてから食事を開始する。
途中、赤城がふざけて「『アーン』とかするか?」と揶揄ってきたこと以外には美味しくご飯を食べることができた。
お互いにご飯を食べ終わり、食事後の小休憩として少しばかり休んでから買い物に行こうという話になった。
買い物の開始目標が午後一時。今の時刻は十二時四十五分だった。
「あ、この曲懐かしい」
館内放送で流れてきた曲が、思いの外僕の好きな歌でありつい反応してしまう。
ちょうど話題も無くなったところだったので、赤城も僕の呟きに反応して返事を返す。
「本当だ。ていうか笹川確かこのバンドの缶バッジ、鞄に着けてるよな」
鞄、というのは通学鞄のことだろう。今日の服装が制服ということもあってちょうどそれを持ってきていたので、実物を見せて答える。
「これのことでしょ、僕このバンド結構好きでさ」
「まじ? 実は俺も好きなんだけどさ、俺の周りってあんまりそういう世代じゃないロック聴いてる奴いなくて」
「え、そうなの。僕も初めてこのバンド好きな人と話したかもしれない」
まあ僕の場合はそもそも友達がいないので、赤城がいるステージには上がることもできていないけど。
「だよなあ、めっちゃいい曲沢山あんのに。俺このぐらいの世代のジャパニーズロックの曲が好きでさ、」
それから赤城はいくつか彼の好きなバンドをあげた。そしてそれは僕の好みともバッチリ合致していた。
「だよなあ、やっぱりあそこのギターソロかっこいいよな!!」
「分かる、なんていうか難しい技術を詰め込んでるわけじゃなくて、泣きのメロディをギターに引かせてるって感じで……」
「うわすっげえわかる!!」
そして僕らはその後もお互いの好きな音楽の話で盛り上がり……。
「いや笹川、お前まじマイブラザーすぎる」
「僕もそう思ってたところだよ」
僕らの絆が強まった。
今となってはなぜ今まで赤城と話して来なかったのかと後悔するほどに、僕と赤城の好みは合致していた。
そうして僕と赤城がもう一段と仲良くなったところで時刻は一時を迎え、僕たちはフードコートを出て本来の目的であった服屋へと足を進めた。
そしてその道すがらでまた好きな音楽の話で盛り上がっていたところ、一つのアクシデントが発生した。
「あれ、赤城と……笹川!?」
声の主は、青山だった。
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