第14話 総務部はどうやら忙しい

 そして数日が経ち、今日は僕たちの学校の終業式──詰まるところ翌日からは夏休みなのだ。

 加えて、今はそんな日の放課後であると言うのに、教室の雰囲気ときたら。


「……よーし、じゃあ今日も内装残れるやつは残ってくれー」


「外装もよろしくねー」


「あ、俺新しくガムテ買ってくるよ」


「本当? 助かるー」


「新メニュー、ケーキたこ焼き!!」


 誰も彼もが、文化祭に向けて熱が入ってしまっている。

 かく言う僕も別に文化祭が嫌いなわけではなく、むしろ好きだとも言えるのだが……どうもこの教室の雰囲気には気圧されてしまう。ついでにケーキたこ焼きは絶対に却下だ。絶対に。


「じゃあ総務部も集まってー、今日は外装の手伝いするよ」


 教室中の熱気をどこか冷めた目で見ていた僕の耳に、青山の招集の声が聞こえてくる。

 流石に僕も馬鹿ではないので、今回は召集に逆らうような姿勢は見せず、青山の元へと急ぐ。この数日間で、総務部に入ってしまったからには僕もこの教室の雰囲気に揉まれなければいけないと言うことがはっきりわかってしまってからはもう、抵抗の意思は消えてしまった。


「外装って、今何やってんだ?」


「色々と同時並行で進めてるらしいんだけど、何か色々とスケールが大きくなっちゃったらしくて、人手が足りてないんだって」


「どんなデカいもん作る気だよ……」


 同じく青山の周りに集まってきた赤城と野崎さんが、言葉を交わしているのを聞いて、少し不安になる。

 確か外装部門には十人の生徒が所属していて、こうした放課後の活動にも積極的な人が多かったと思うのだけど、それでも人手不足に陥るというのはあまりにも愚かしい。これはもしかすると、僕たちの手助けも相当な重労働なのかもしれない。


「とりあえず、外装は図工室借りて制作してるっぽいから、そこ行こっか」


 青山が総務部のリーダ的存在であると言うことはこの数日間で段々と確立されてきていて、今日もその例に漏れずに彼女の声で僕らの足は動き出した。


 そして他にもこの数日間でわかったことがある。それは、どうやらこの総務部なるものは忙しいということだ。

 メンバーは僕を除いて全員が文化祭の準備にやる気があり、そして総務部とは全体統括だとか事務的な作業を行うのではなく、それら全てを含めて準備なども手伝う何でも屋、クラスでの企画準備において最も忙しい部門だったのだ。

 すると、青山に騙される形ではあるが一応はその部門に入っている僕も空気感的にサボるわけにはいかない。つまり僕は今、人生で最も文化祭準備をしていた。

 ああ全く、僕がここまで文化祭準備に精を出す日が来るなんて。


 *


「……暑い」


 思わず声に出してしまう。それほどまでに図工室は暑かった。

 それもそのはずで、どうやら図工室の冷房は壊れてしまっていて、夏休みにならないと修理業者が入れないという話だった。

 加えて今日の天気は先日とは打って変わってのじめっとした猛暑。カラッとした猛暑ならまだいいのだけど、湿気が多いとどうにもこうにも体感温度が上がってしまう。


「いくらなんでも暑すぎるだろ……」


「あおぴー、これって労災出るんだっけ?」


 僕の呟きに釣られたのか、今まで黙々と作業を続けていた赤城と野崎さんもついに音を上げた。

 ちなみにあおぴーとは青山のことであり、野崎さんはどうやら少々特殊な呼び方をしているらしい。


「出るわけないでしょ、そんなの。ほら、暑いって言うともっと暑くなってくるから黙々と作業してよー」


 青山は謎の理論を披露して僕らを一蹴すると、また黙って作業に集中してしまった。

 その姿に赤城はため息をついて、野崎さんは「あおぴーのけちー」と唇を尖らせて、各々作業に戻っていった。

 そんな二人を見て僕も作業に戻ろうと思うが、目の前のものを見るとどうにも僕のやる気は青菜に塩をかけられたようにしなしなと弱ってしまう。


 今僕たち総務部の目の前にあるのは、ポップな字体で大きく刷られた文字たちと大量の段ボールであり、詰まるところそれらの文字を立体化させたものをダンボールで作るという、なんとも地味かつ大変な作業だった。

 いちいちこんなに細かい工夫を凝らしていれば、必然と人手も足りなくなるということだ。大型の予想通り、手助けの僕らに割り当てられた仕事もそれなりに大変なのだった。

 文字は全部で十一文字あり、それを並べると『メイド・たこやきカフェ』となる。

 これは総務課が先日、第一回決起集会なるものを催したときに主に三人があーだこーだと話し合い、その末に結局僕が惰性で考案した無難なものに決定した、うちのクラスの企画名だった。

 結局のところ無難に落ち着つくという、なんとも学生らしい話ではあるが、十一個のダンボールの箱を制作しなければいけなくなった今となってはそれも笑えない。

 こんなことならば青山がふざけて提案した『タコパ』の三文字にでもしておけばよかったとさえ思う。


 まああれこれと考えても後悔ばかりで、作業が一向に進まないということはいくらやる気のない僕にもわかっていて、一度この総務部に足を踏み入れてしまったからには安易に手を抜くことは許されないのだろう。

 一つ伸びをして、僕は作業を再開した。……それにしても暑い。


 *


 僕が作業を再開してから、一時間ほどが経っただろうか。

 僕の目の前にはもうすでに四文字のブロックが完成していて、赤城と野崎さんは現在三文字目を製作中。

 そして青山は……まだ一文字も完成させていなかった。未だに『や』の文字に向き合っている。

 青山は確かに手先が器用なタイプではなかった気もするが、これではいくらなんでも遅すぎる。

 一時間でこの進みようだと考えると、完成にはあともう一時間程かかるのが手に取るようにわかる。

 少しでもいいので、何かやれることはないかと僕は青山に一歩だけ近づいてみる。


「……」


 すっ。


 もう一度近づいてみる。



「……」


 すすっ。


 一度目と同じように、ほんの少し──僕が近づいたのと同じ程の距離を離れていった。

 ……僕は何か、青山に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。

 心当たりを探るが、不甲斐ないことながら僕には何も見つからず、さらに不安になる。

 最近は総務部の副産物として青山と学校でも少しだけ話すようになってきて、赤城や野崎さんとも少し話すようになり、クラスメイトからの視線もそこまで強いものは感じなくなってきていただけに、今のこの仕打ちはなかなか堪えるものがあった。


「……」


 すすすっ。


 これが最後と意を決してもう一度近づいてみると、再び青山は僕から離れていく。

 この三回の接近、どれも然程距離を積めたわけではない。クラスメイトの男女として違和感がない位の接近。

 周りの生徒が僕たち二人に注目しているわけでもなく、赤城や野崎さんだってそれぞれの作業に集中している。この接近を見られたところで、どうとでも言い訳はできるような、そのぐらいの接近。

 ……これは本当に、何か反省すべきことを僕はやらかしてしまったのかもしれない。

 そう少しだけ気持ちが暗くなり、ふと青山を見上げた時。


「……」


 まつ毛の長い、彼女の凛とした眼が僕を見ている。そして彼女は僕に向かって呟く。


「本当に、大丈夫だから」


 何か、強い意志の込められた言葉だった。心なしか、青山の頬が赤いような気もする。

 そして僕は悟る。そうか、彼女は今不器用ながらも、自分の作品を完成させようとしているのだ。

 僕はそれを手伝おうと思っていたけれど、それはもしかすると彼女にとっては大事なものを奪われるように感じてしまったのではないか。

 そう考えると、全て合点がいった。僕の知っている青山は、そこまで内に熱いものを秘めている印象はなかったが、これも彼女の新しい一面なのかもしれない。


「わかった」


 青山は今、試練を乗り越えようとしている。だとすると、僕にできることはそれを応援することだけだ。

 僕はそう思って、彼女に背を向けた。



(青山は自分が汗臭いかもしれないことを気にしていただけです。独り相撲笹川)

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