第12話 文化祭にはまだ早い


「……そういえば、笹川はクラス企画何部門にした?」


 青山が僕に問う。

 初めてのアンプで少しだけ遊んでからバンドの曲の練習に入り、一曲をしどろもどろながら最後まで弾けるようになったので、本日の練習は終わりとなったタイミングのことだった。

 クラス企画、というと文化祭でうちのクラスが出す企画のことだろう。

 確かに、今日一時間授業を潰して何かを話し合ったような気もする。企画名は確か……『たこ焼きカフェ』だったか。


「何部門? って何?」


 クラス企画の部分まではわかったのだけど、部門というのにピンとこないで質問すると、青山から呆れたように返事が帰ってきた。


「ええ〜、聞いてなかったの? 内装、外装、メニュー、買い出し、総務の五つから選ぶやつだよ」


 なるほど、と聞いて思い出す。確かにそんなことを説明されたような気がする。

 要するに、クラス企画のために全員に仕事を割り振るということだろう。

 確かインターネット上でのアンケートが配信されていて、それに応えることによって割り振られるという話だったか。

 文化祭にはまだ早いと思っていたのに、もうそんな時期になっていたのかと驚く。


「ああ、あったね。僕はまだ決めてないけど」


 とりあえず、質問の趣旨が掴めたところでそれに対しての返事をしておく。


「アンケートの締め切り、今日の夜九時までだからね? 今日の授業、四限までだったからまだ間に合うとは思うけど」


 時計を確認する。現在午後五時四十七分を指していた。まだ時間に余裕はあるが、早めに答えておくに越したことはないだろうと思い、僕はスマホを取り出す。


「危ない、出し損ねるところだった」


「本当に笹川って学校だと空気だからなー、話聞いてるのか聞いてないのかわかんないわ」


 なかなか鋭い発言である。本当のことでも言っていいことと悪いことがあると思うのだけれど。

 とはいえ青山に言われていなければ思い出すことがなかったのは事実で、僕は青山に軽く礼を言って、配信されたアンケートに答え始める。

 青山が言っていた通り、部門は内装、外装、メニュー、買い出し、総務の五つが選択肢であった。

 考える、この選択肢はあまり間違えてはいけないのかもしれない。例えば、内装と外装は一番募集人数が多く10人。クラスが30人であることを考えると三分の一近くが所属することになる。

 まあでも、順当に考えればこの二つが安牌なのだろう。人数が多く、僕自身の責任がそこまで重くない。どちらかにしようと画面をクリックしかけた時。


「ちょーっとまった!!」


 青山が急に割り込んできた。


「残念ながら、外装と内装はもう定員割れしちゃってるのです」


 青山は手をバッテンにクロスさせながら話を続ける。


「定員割れすると、結局早い者勝ちでどっかに飛ばされちゃうから、自分の希望のところにはいけないね」


「よく知ってるね、そんなこと」


 なんだか青山がやけに文化祭に詳しい。今日の話し合いではそこまで詳しい話をしていたのかと思っっていると。


「まあ私、クラスの企画代表だし」


「え、そうなの?」


 初耳だった。文化祭で有志バンドもやるというのに、文化祭に殊勝な心がけだ。

 というか、その係というのはいつ決まったのだろう、最近だろうか。


「学年の最初に決めたじゃん」


 僕の心を読んだように被せてきて、少し驚く。


「ま、その頃はまだ付き合ってなかったから、仕方ないといえば仕方ないのかもね」


「いや、」


 何だか青山の機嫌が悪そうだ。青山がクラス代表なのを知らなかったのは決して、青山に興味がなかったとかそうわけではなくて、ただ単純に学校自体に興味がなかっただけなのだ。

 というか、僕はその頃には正直青山のことを好きだったと思うし、なんと言っていいのかわからないが、とにかく違うのだ。

 うまく言葉が紡げずに、脳内でばかり言い訳を続ける僕を青山がじとーっとした目で睨む。

 僕はなんだかバツが悪くて目を逸すが、その直前に青山の表情が何か悪戯っぽいものに変わったような気がした。


「そうだ、じゃあ反省の意も込めて総務部とかどう?」


 何について反省をする義務があるのかと問いたくなったが、おそらくそれを口にしたところで火に油を注ぐことになるだけなのが想像に難くない。

 代わりに、青山に質問を投げかける。


「総務部? って何するの?」


「まあ基本的にはその他四部門以外の雑務とか、あとは人員足りなくなったらヘルプに回るとかかな」


「なるほど……」


 案外、悪くはない選択肢かもしれない。先ほどの青山の悪戯っぽい表情が気のせいでなければ、それだけが少し気がかりではあるけれど。


「それに総務部、誰も入ってなくてちょっと困ってたんだよねえ」


 僕は少しの間思案して、そして結論を出した。


「……まあ、じゃあ総務部にしようかな」


 青山はその顔を綻ばせる。僕はスマホでアンケートの回答を送信する。


「まじ? 結構助かるかも!」


 ありがとー、と言って僕の頭をくしゃくしゃと撫でる。いきなりのことに少し驚きつつも、僕は甘んじてそれを受け入れることにした。


 その後も青山はしばらく僕の頭を撫でていたが、それにも飽きたのか僕の髪をちょいちょいと直しながら呟いた。


「じゃあ私も、アンケート答えよっと」


「え? 青山は答えてたんじゃ──、」


 聞き捨てならない台詞に僕が驚いて振り返ると、彼女は今より少し前に見せた、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「いや、まだ答えてないよ? 私も総務部にするから、これで二人だね」


 にひ、とでも言いたげな顔で青山が囁く。

 確かに青山はあの時『誰も入っていない』と言っていた。

 つまり僕は、してやられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る