文化祭準備・夏休み編
第11話 ギターを鳴らせ
青山が、ギターを持つ。空色のボディが光り輝いていて、一瞬でそのギターがなかなかの値打ちものだとわかる。
女子高生にテレキャスター、なかなか様になるなあと思いながら青山が真剣の真剣な顔を見つめる。
「行くよ! 笹川」
「がんばれー」
威勢の良い青山の声と、気の抜けた僕の声。青山の手がピックアップ上空の弦へと振り下ろされる────。
ボロロジャガ、と不恰好な音色とも呼べない音が僕の部屋に響く。うん、抑える力が足りてない。
「んあーーー!! Fコード殺してやる!!」
*
女子にあるまじき汚い雄叫びと共に青山がFコード打倒を掲げたのも早一ヶ月前の出来事であり、その間には一学期の期末テストが終わって残すは終業式だけとなり、学校の雰囲気はもう夏休みへと歩み出していた。
ちなみに僕と青山はどちらも補修に引っかかるような成績を取ることはなく、安心してギター練習に励めるのだが──。
「私の勉強時間を奪い、成績を下げたこの忌まわしき楽器を私は弾きこなしてみせる」
なんだかこの一ヶ月で、青山のギターへの対峙の仕方が大分バイオレンスになってしまっている。
ちなみに確かに成績は下がってしまったらしい。(五位→十一位)
とは言え、そこまで怒る成績でもないとは思うのだが青山は二つを両立されるつもりだったのだろうか。ギターへの強烈な怒りがひしひしと感じられる。
「見ててね笹川! 私が成績を代償に得たこのギターテクを!」
じゃらん、と綺麗なFコードが響いた。続いて、Gコード、Am、Cと気持ちのいいコード進行が耳に流れ込む。
コードの転換点で音が途切れることもなく、青山の一ヶ月の努力をこれまたひしひしと感じた。
「おお……すごいね、一ヶ月でここまで」
もうおそらくはコード引きはある程度できるのだろう。彼女は少しだけ誇らしげに胸を張った。
「まあね。……でもまだバンドで弾く曲を弾けるほどでもないんだよね」
青山は悔しそうに呟く。でも、正直僕はこのペースなら本番までには彼女のバンドでやる曲も弾けるようになると思っている。
青山のバンド『Vega』がスリーピースバンドということもあって、やろうとしている曲はそこまで難しくもない。リズムさえとれいていれば十二分に映えるだろう。
青山はギーターボーカルをやるとのことだが、この一ヶ月を弾き語りに費やして来たわけで、弾きながら歌うという行為の基盤はできている。あとは練習あるのみだ。
「特にこれとかね」
青山はバンドでやるのであろう3曲のスコアのうちの一つを指差した。
彼女のやるバンドでは王道を外れておらず、少し世代は昔だが、簡単かつかっこいいジャパニーズロックを集めてきている。選曲をした人は大分センスが良い、友達になりたいぐらいだ。
詰まるところやる曲にはそれほど難しい要素はない。あったとしてもブリッジミュートだとかその程度だ。
……一曲を除いて。
「……これはねぇ」
バンドスコアを見て、僕もため息を漏らしてしまう。
この一曲、確か野崎さんというベースの人が作ったらしいオリジナル曲は随分と手の込んだ作りをしていた。カッティングやアルペジオはもちろん変拍子なんかも入ってきている。特に、この曲にはギターソロが組み込まれていて、それ一番の悩みどころだ。
とてもギターを初めて一ヶ月の青山に練習曲としてお勧めできるレベルではない。
僕が頭を悩ませていると、青山は突然僕の手を握って、耳元で囁いてきた。
「ま、笹川がイロイロ教えてくれるし、大丈夫かなぁ」
「なっ……!?」
何を言ってんの、と声を出そうとしたつもりだったのだけれど、慌てて最初の一音しか出すことができなかった。
青山は見たい反応を見れた、と言ったようにケタケタと笑っている。全く恨めしい、いきなり心臓に悪ことしないでほしい。
「はは、反応が面白いなあ笹川は」
「いきなりびっくりしただけだから、うるさいなあ」
なんだか僕は青山に振り回されてばかりだ。
僕も何か仕返しができるものはないかと辺りを探していたら、青山は憎たらしいことに、「トイレ行ってくる」と立ち上がってしまった。自由人がすぎる。
結局何もできずに未練がましく彼女に視線を送るしかできない僕に、彼女は部屋を出て行く直前位振り返ってこう言った。
「まあでも、今の『笹川がいれば大丈夫かな』ってところは本当だから」
形のいい唇が弧を描いて結ばれて、そしてドアが閉まった。
……全くもって僕は青山に振り回されてばかりだ、と思う。
青山はずるい。今の一言だけで、僕をここまでやる気にさせてしまうのだから。
僕は一つため息を吐いて立ち上がり、今日のために予め用意しておいたアンプを起動させる。
そして青山のギターに繋げて、軽く弦を爪弾く。僕のギターの腕前は、流石にちゃんとギターを弾いていた時よりは落ちてしまっていたけれど、この一ヶ月でだいたい感覚は取り戻せている。
もしかしたら本当に、彼女にギターソロを弾かせるまでに至るかもしれない。少しだけ、期待感が出てくる。
それに、最初に頼まれた時に懸念していたような暗い気持ちにも、僕はまだなっていない。ギターを持つと少しだけ体が萎縮してしまうのは、少しだけ残っているけれど、それでも僕はまだ大丈夫だった。
「あっ、なんかかっこいい音する!」
青山が帰ってきた、僕は彼女にギターを手渡しながら笑って見せる。
「今日は初めて、アンプを使って音出してみよう」
青山の目が輝いた。
青山が、ギターを好きなってくれてよかったと、少しだけそう思った。
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