第2話 夜、自己嫌悪と
夜は好きだ。なぜかはわからないけれど。
夜はこの世の何にも興味がない。それゆえに気負わないのが好きなところでもあるのだけれど、ただやはり落ち込んでいる時の夜は、思考をどんどんと暗い方へ誘ってきて、優しくない。
今日、青山が僕に『ちゃんと好き』だと言ってくれたあの時から数時間が経ち、本当なら幸せで眠れなくなるくらいなのだが、何故か僕は独りベッドの中で嫌な妄想を膨らませていた。
きっと、あの幸せからの孤独に、心が耐え切れていないのだ。青山と付き合い始めてからは、何故だか孤独がどうも苦手になってきている。
幸せを噛みしめようとしたって、それよりも不安が勝ってしまう。そして、そんな風にしか物を考えられない自分が本当に嫌いになるのだ。
そこまで考えて、ダメだと首を横にふった。自己嫌悪は沼が深い、一度でも足を踏み入れれば一瞬にして体を呑まれてしまう。
幸せなことを考えようと努める。今日のあの時、青山にかけてもらった言葉を、思い出すのだ。
僕のことを好きだと言ってくれたあの言葉にきっと嘘はないはずだと言い聞かせる。
されど、僕の中の疑心暗鬼が言うことを聞かない。奴はその根拠を求めたがる、『どうして青山は
本当にダメだ、ダメなんだ。夜が冷たく僕を覆ってしまう。
青山のことを信じられなくなってしまう前に、僕は眠らなければいけない。
僕はできるだけ何も考えないようにと目を閉じるけれど、思考は益々冴えて行く。
そんな思考を、突然僕の耳元でのスマホの震えが遮った。
何の通知かは分からないが、現実逃避のためには何にしろありがたかったので、ひとまず僕はその通知に目を通す。
すると、そこには青山からLINEで
『まだ起きてる?』
と言うメッセージが送られてきていた。僕はそれだけの事に少しばかりではあるけど救われて、
『起きてる』
と言葉を返した。
すると今度は彼女の方から
『今、電話しても良い?』
と送られてきたので、僕はそれにも
『良いよ』
と了承の意を示す。
それから数分も経たずに、僕のスマホに青山からの呼び出しが表示された。僕はそれを受け取って、彼女からの言葉を待った。
『……もしもし、聞こえてる?』
「……聞こえてる」
青山が確認をしてきたので、僕もそれに合わせて大丈夫だと返す。
それから、わずかの沈黙が流れる。僕はそのままで何だか不安になってしまって、柄にもなく僕の方から話を振る。
「どうしたの」
『ん?』
「いや、いきなり電話なんて」
『……別に、起きてるかなぁって思ってさ』
「それじゃあLINEでもよかったんじゃ……」
なんだか歯切れの悪い彼女の言葉に、疑問を覚えてそう返す。
すると彼女は僅かな沈黙の後に、恥ずかしそうにポツリと言葉をこぼした。
『……少し、声聞きたかっただけ』
「そっ、か」
青山の赤裸々な告白に、僕は思わず吃ってしまう。本当ならそれに同調するなどした方がいいのだろうけど、青山からそんなことを言われると、どうも参ってしまう。
『……あーもう! 恥ずい……』
「……ご、ごめん」
『ふっ、なんで笹川が謝るの』
思わず謝ってしまう僕を、青山がまるで気にしていないと言ったふうに、本当に救われるような笑みを零す。僕もそれに思わず笑ってしまう。
「いや、なんとなく……」
『なにそれー』
それから僕らはしばらく笑い合って、話し合って、黙り合った。僕はまるでさっきの不安なんて忘れたように、彼女との会話を、沈黙までもを味わった。
話していて、思う。自分は本当に、この魅力的な女の子のことが大好きなのだと。だから余計に不安になってしまうんだろう。
ふと、気を緩めた瞬間にそんな恥ずかしいことを思ってしまうくらいには、好きだった。
『笹川はなんか悩み事とかないの?』
青山がそんなことを僕に訊いてきた。青山の友達が交友関係に悩んでいるとか、そんな様な話の続きだった様な気がする。
その質問が投げかけられた瞬間に過ったものもあったけど、ひとまずは隠して僕は言葉を返す。
「いきなりどうしたの?」
『いや、なんかないのかなぁ、って思って。ほら、青山ってあんまりそういうのなさそうだし?』
青山からはにししと可愛らしい笑い声が聞こえてくる。
「いや、僕にだって悩みの一つ二つはあるって」
その言葉が引き金となったのか、彼女の声は少し真剣になって追求してくる。
『え、本当に? どんな悩み? 恋愛?』
「うーん、まあそうといえばそうなのかな」
僕のこの回答は、茶化した様な声で問われたその質問に対する答えとしてはきっと意外なもので、電話の奥で青山が「えっ」と言葉を失っている。
『え……? マジで? 別れたいとかそう言うヤツ……?』
いきなり、青山の語気が弱くなる、彼女の不安が僕まで伝わってきて、僕は思わず言葉を紡ぐ。
「い、いや、そういうのではない」
そういうのではないが、ただあまり軽々しく口にはしたくなかったので、僕はそこまでで黙った。でも、青山がそんなことで僕を逃してくれるはずもないのだ。
僕だけでなく彼女も、その瞬間は不安に襲われていたのだろうし。
『そういうんじゃないなら、何?』
「いや、その、えっと……」
『言って、』
僕は思わず迷ってしまう、これを本人に言っても良いものかと、果たして随分と情けない質問なのではないかと。でも、何故だか彼女にこの言葉を告げなければいけないような気がした。
「……すごい情けないかもしれないけど、」
『うん』
「その、青山がなんで僕を好きになってくれたのか分からなくて……ずっとモヤモヤしてた」
『……』
青山が少し黙る。僕はその沈黙さえ不安になってしまうから、できるだけ早めの彼女からの言葉を待った。
『……なんとなくだよ、』
「え?」
素っ頓狂な声が出る。
『好きになった理由なんて、そんなはっきりとしたものはないけど、知り合って、話してたらその内いつの間にか好きになってたし』
青山は少し恥ずかしそうにしながら続ける。
『そんな劇的なもんはないよ、いっちゃえば好きな理由なんて、その、笹川自体っていうかさ……』
「……あは」
僕は彼女からの思いもよらない好意を受け止めきれずに、独り枕に顔を埋めて幸せな笑みを漏らした。彼女からの好意が、これほどまでに大きいものだとは思っておらず、あまりのも嬉しくなってしまったのだ。
『あ、今笑った!? 私は真面目に答えたのに!』
「いや、ごめんごめん。笑ってない笑ってない」
『嘘だあー。大体なんかいつもわたしだけ恥ずかしい思いをしてさ!』
電話の奥から彼女の文句が飛んでくる。ただ幸せだと、そう思った。
僕らは、それから小一時間ほど話して、そしてお互いに好意を伝えあって、それから電話を切って眠ることにした。
再び一人になった僕ではあったが、もう悩むことは無くなっていて、その日はよく眠れた。僕はただ、彼女のことを想っていれば良いのだと分かったのだから。
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