僕の彼女は割とモテる

けいそうど

第一幕

序編

第1話 僕の彼女は割とモテる

 僕の彼女、青山あおやまは割とモテる。というかかなりモテる。

 それが何故かと言われれば、一番の理由として挙げるのはやはり、その整った容姿だろうか。背中ほどまで伸びた流麗な黒髪、女子高生としての雰囲気を保ちつつ、その整った目鼻立ちに薄手の化粧を施した青山は、街中で見掛ければ10人に8人は目で追うくらいには美人だった。

 もちろん、そんな見た目には囚われないほどの彼女自身の魅力にもよるのだろうけれど。


 そんな青山が、また男子に告白されたらしい。僕は完全に噂でしか聞いていないけれど、まあ本当のことなんだろうなと思う。

 告白してきた相手はサッカー部の同学年の男子らしく、顔もそれなりに整っていて女子人気は高いと聞く。校内では確か、彼女とは別のクラスであり関わっている人間関係も別ではあるが、間違いなくクラスの中心人物なのだろう。

 でも、青山はそんな男からの告白を断った。


 僕たちの学年が高校に入ってからもう一年以上が経とうとしているのに、青山には未だ浮いた話が一つもない。実は裏で恋愛禁止のアイドル事務所にでも入ってるのではないか、なんて与太話がもち上がるぐらいには。

 校内では彼女が恋人を作らないのを不思議がる連中も多い。まあ、そりゃそうだろう。

 でも、僕は知っている。青山が恋人を作らない理由を僕だけが知っている。

 青山が恋人を作らないのは、校内では付き合っていることを隠している、恋人がいるから。

 それでもって、その恋人というのが、僕であることも。

 学校ではいつだって下を向いて歩いているような目立たない生徒、到底青山には似合わないような僕が、彼女の恋人なのだ。

 ほんの、1ヶ月前程から。


 *


「そう言えば、告白、ちゃんと断ったよ」


 青山は思い出したようにそのことを口にした。0.3mmのシャーペンをノートに軽く打ちつけながら、僕の方をチラリと見て。

 今が六月中旬だから、青山とは付き合い始めて一ヶ月となる。学校では住む世界が違いすぎるが故に、僕たちは放課後にこうして時折僕の部屋での逢瀬を楽しんでいる。

 そんな日常を、今でも夢幻ゆめまぼろしのようだと思う。出来すぎた妄想ではないかと、時々怖くなる。


「そうなんだ」


 部屋の隅にある水槽に視線を泳がせながら、僕は答える。

 僕は、その青山の言葉に大したリアクションも取れない。いや、単に今は話すような気力がない。決して、妬いているだとか、そういうことではないのだ、決して。


「そ、だから笹川ささがわは気にしなくて良いんだよ」


「別に、気にしてない」


 僕はまるで心の内を盗み見られた気分になって、ついつい言い返してしまう。

 本当は妬いていたって、そんなところは彼女には見せたくないのだ。彼女が全てお見通しだとしても、知らないフリをしてほしい。

 でも、彼女にはそんな僕の抵抗は通じない。


「……そゆのやめた方がいいよ? いつも自分の気持ち隠してさ」


 知らないフリをしてほしいと言うのに、青山は随分と簡単に僕の心へと踏み入ってくる。

 肩に手を触れられて、びくりとしながらそちらに顔を向けると、青山の整った顔がそこにはあった。優しく、それでいて意志が強そうな綺麗な瞳、すっと通った鼻筋や絶妙な塩梅にぷっくりと厚ぼったい唇が恐ろしいほどに魅力的で、でも僕はなんだか情けなくなってきてしまって名残惜しくも目を背ける。


「もっとさ、ちゃんと気持ち伝えてよ」


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、青山は僕を逃さない。


「……そういうの、苦手なんだよ」


「わかってる、でも私は、ちゃんと言って欲しい」


 青山は優しい笑みを僕に向けて、僕だけに向けてそう呟く。笑い掛けたはずみで、彼女の形のいい耳にかかっていた艶がかった髪の毛がはらりと流れて、鼻先が触れる程に近い距離で、僕らは見つめ合っていた。


 青山の唇が弧を描く。


 彼女は随分と容易く僕の心へと踏み入るけれど、その足は決して土足ではないのだ。優しい歩みで、僕の心を開こうとしてくれてるだけで。

 僕は、それが本当にありがたいと思う。気付かないフリをしてくれるのがベストではあるけれど、彼女の優しさの混じった強引さというのは、なんだか随分と僕の心に優しく染みるのだ。

 痛くないわけではないけど、でもそれは心地いいもので。

 青山は、僕をじっと見つめている、優しく。


「……別に、妬いてるわけじゃない」


 少しだけ、嘘をついた。でもこれくらいなら許されるだろう、彼女の強引さに対する、少しばかりの意趣返しだ。


「ただ、わからないんだ」


「わからない?」


 青山がその言葉こそよく分からないといった風に、僕に聞き返す。


「どうして、青山が僕のことなんか好きになってくれたのか、分からないから、だから不安だし、惨めになる」


 何が不安で、何に対して惨めになるかなんて、彼女にはきっとわかっているのだろうなと思う。でも、僕はそれを口に出してみようと思う。

 僕の身に優しく染みた、彼女の言葉を少しだけ信じて。


「いつの間にか青山が知らない奴を好きになっちゃうんじゃないんじゃないかって不安になって、そんな風に想像してしまうくらい魅力のない自分が、惨めになる」


 そう、僕は怖いんだ。この関係の内で、僕だけが一方的に好きなんじゃないかと、怖がっている。そこまでは流石に口に出せないけど。


「……笹川は、本当に私のことが好きだねぇ」


 不意に、僕の肩に温かい感触がした。青山が、僕の肩に顎を預けてきたのだ。

 そして彼女は僕に体重を預けて、僕らはまるで抱き合うかのような形になる。

 青山の小さな顎が、少し愛しく、そして彼女の先程の言葉を呑み込み、恥ずかしくなる。


「……別に、まあ」


 僕は彼女から投げかけられた言葉を否定することもできずに、結局曖昧な言葉を返してしまう。肩に寄りかかる彼女の笑みが一層深くなる。きっと、全てお見通しなんだろうな。

 しばらく、沈黙が落ちる。


「でもさ、」


 沈黙が破られる。青山の言葉によって。


「好きだって思ってるのは、笹川だけじゃないから」


 彼女は急に恥ずかしそうに声を小さくして、僕が肩を持って起こすような形で、彼女の顔を覗いてみれば、いつもは白い頬を赤く染めた彼女の顔が、そこにはあった。


「私もちゃんと、好きだから」


 その言葉一つだけで、僕は何処までも生きて行けるような気分に包まれてしまって、でもたまらなく恥ずかしくなってしまって、そしてそれは隣の彼女も同じなようで、僕らは小さく笑い合って、それから再び抱き合い、黙り合った。

 窓から差し込む落日が、僕らと僕の部屋の水槽を照らして、跳ね返った光が更に僕らを照らす。幸せな沈黙と太陽が落ちるこの部屋の中で、僕らだけが止まっていた。

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