第4話

 何をしたって彼女は殺せない。だけどあたしは諦めなかった。必ず吸血鬼を殺す方法があるはずだと信じて、それを調べるために人間のフリをして街に出かけるようになった。

 彼女には外の世界の現状を知っておきたいと適当に嘘をついた。馬鹿正直に吸血鬼を殺す方法を探しに行くなんて話したら手足の自由を奪われて監禁されかねない。かといって黙って出て行っても、見つかれば監禁エンドになりかねない。


「気をつけてね。リリム」


「ん。行ってきます」


「朝日が登るまでには帰ってくるのよ」


「はいはい」


 意外にも、彼女はあっさりと外出を認めてくれた。『本当は寂しいから嫌だけど、あんまり束縛すると嫌われちゃうから』とのことらしい。恋人に似てるという理由で攫って血を飲ませて恋人の代わりにしているくせに今更何を言ってんだと思ったが、好都合だった。


「リリム。帰ったらいっぱいしてね」


「……ん。分かってる」


 外出を認められた代わりに、吸血の頻度は増え、一回の時間は長くなった。だけど、監禁されて死ぬことも出来ずに一生彼女の餌にされるよりは断然マシだ。あたしは出来る限り彼女を刺激しないように時には彼女の望む理想の恋人を演じた。「愛してる」と嘘を吐くことに、最初こそ抵抗はあったが、この地獄から解放されるためと思えば耐えられた。


 全国を飛び回って調べているうちに、吸血鬼にとって毒となる血を持つ一族——神子みこの存在を知った。あたしは神子の一族を探してまわったが、その頃、神子の存在は既におとぎ話になっていた。吸血鬼の存在も同様におとぎ話になっていた。あたしがアリアと一緒に引きこもっているうちに、吸血鬼は絶滅したことになっていた。そのほとんどが、吸血鬼の女に殺されたらしい。とある街では、共に戦っていた神子と共に英雄として祀られていた。恐らくその吸血鬼も、あたしと同じように無理矢理吸血鬼にされた人なのだろう。


 神子はもう存在しないのかと絶望しかけたある日、すれ違う人間の中に、他の人間と違う気配を感じた。その気配が神子の一族であることは本能が教えてくれた。気配を辿ると、ルークという一人の青年にたどり着いた。

 あたしは彼に吸血鬼を倒すために神子を探しているという話をした。しかし、彼は自分が神子である自覚はないらしく、苦笑いされてしまった。


「そもそも、吸血鬼も神子もおとぎ話でしょう。居ると言うなら証拠を見せてください」


「……あたしがその吸血鬼だ」


「はぁ?貴女みたいな小さい女の子が?」


「あぁ」


「……あのね。冗談でもそういうこと言わない方が良いですよ。世の中には不老不死の血を欲しがる狂った人間も居ますから」


「……知ってる。そういう人間が今まで何度もあたし達の元を訪ねて来たから」


「……で?吸血鬼が神子に何の用ですか?神子って、吸血鬼の天敵なんでしょう?」


「……あんたは唯一の希望なんだ」


「希望?」


「……あたしはもう数百年の間、地獄のような日々を過ごして来た。狂った吸血鬼女に拐われて無理矢理吸血鬼にされたあの日から。……頼む。あいつとあたしを殺してくれ」


「はぁ!?殺すって……」


「頼む。神子であるあんたにしか出来ないんだ」


「そんなこと言われたって、だいたい俺が神子だなんて話も信じられな——「っ!危ない!」


 突然、彼の背後にアリアが現れ、あたしは慌てて彼を庇った。彼の代わりにアリアに腹部を刺されたが傷は一瞬で癒える。その一部始終を見ていた街の人達はあたしを見て化け物だと騒ぎ立てた。彼も混乱に乗じて逃げ出してしまう。


「待ってくれ——っ!」


 彼を追いかけようとするがアリアに捕まってしまい、一瞬にして屋敷に連れ戻された。

 壁に押し付けられ、鬼のような形相で問い詰められる。


「リリム。あの男何。なんか凄く嫌な気配がしたけど」


「……」


「ねぇリリム。どうしてだんまりなの」


「……」


「……良いよ。何も言わないならこっちにも考えがある」


「うっ……!」


 答えずに居ると彼女はあたしの首筋に牙を突き立てて身体を弄った。


「っ……やめろ……」


「リリム……好きよ。愛しているわ。貴女もそうでしょう?ねぇ……私を愛しているでしょう?」


「っ……んっ……くっ……」


「ねぇ。リリム。愛してるって言って。いつもみたいに私を求めて」


「っ……」


「隠しごとなんて悲しいわ。リリム……話して。街に出かけていた本当の理由は何?」


「っ……!んっ!」


「話しなさい。話してくれるまで続けるからね」


 快楽に耐えながら考える。どうしたら彼女を殺せるかを。


「ねぇリリム。何考えてるの?私を見て。私だけを見てよ。ねぇ……」


 あたしは一か八かの賭けに出ることに決めた。魔法を使って彼女ごとベッドにワープすると、彼女を押し倒して上に乗る。


「はぁ……はぁ……アリア……交代して……あたしがしてあげる……」


「ふふ……リリムからしてくれるなんて珍しいね。けど嬉しい。良いよ。いっぱいして。リリム」


 彼女を攻めながら彼女にバレないように彼の気配を探る。


「リリムぅ……なんか今日他のこと考えてなぁい?」


「考えてないよ。……愛してるよ。アリア」


「もー……誤魔化そうとしてるでしょ。あんっ……今日……激しいね……んふ……」


「……アリア」


「あっ——」


 彼女の首に手をかける。締め落としたって殺せはしない。だけど、一瞬だが意識を失うことはもう知っている。


「首締められるの好きだったよな?」


「ん……ぐ……ふふ……リリムぅ……もっと強く締めてぇ……」


「っ……良いよ。気絶するまで締めてあげる」


 彼女の首を絞める感覚は正直好きではなかった。だけど、致し方なかった。

 やがて彼女が意識を失った一瞬の隙を着いて彼の元へワープした。


「うわっ!?えっ!?なに!?」


「すまん!許せ!」


 そして彼を連れて屋敷に戻り、魔法でナイフを作り出して彼の背中を刺した。


「リリムさん……なにを……」


「血を借りるだけだ。急所は避けた。事が済んだら治して——」


 その瞬間、どこからともなく降ってきた剣が彼の心臓を貫いた。振り返ると、意識を取り戻したアリアが笑った。


「クソっ……目覚めんのはぇよ化け物。もっと寝てろよ」


「どうしてそんな怖い顔するの?そいつ、殺すんでしょう?そのために連れてきたんでしょう?」


 連れてきたら殺されることは分かり切っていた。それでも連れてきたのはこれ以上大事おおごとにしないためだった。人目のある場所で彼を刺せば事件になるから。吸血鬼の仕業だと騒がれると面倒だから。彼は即死ではなかったものの、ほぼ致命傷だった。治癒魔法をかけても間に合わないほどに。あたしは彼に一言謝り、刺したナイフを抜き、魔法で彼女の胸へ向かってへ飛ばした。彼女は避けずにそのまま胸で受け止めた。避けないことは分かっていた。彼女はあたしに殺されることを毎回毎回楽しんでいたから。痛みは彼女にとって快楽そのものだったから。つまり彼女はマゾヒストなのだ。そして、彼女は彼が危険な存在であるということはわかるものの、彼の血に吸血鬼の再生能力を無効化する力があることは知らないはずだ。


「んっ……ふふ……無駄よ……私は死なないわ……吸血鬼だか……ら……?」


 神子の血が付着したナイフが刺さった箇所からは止めどなく血が溢れる。流石の彼女もこれには戸惑い、ナイフを抜く。しかし、いつものように傷口は再生しない。


「何?なんで?なんでよぉ!お前!私に何をした!!」


 パニックになる彼女を見て、あたしはようやく救われると思った。魔法で作り出したナイフに彼の血を塗り、自分の腹を刺そうとする。しかし、アリアが魔法で物を飛ばしてそれを阻止した。


「アリア。邪魔をしないでくれ」


「駄目よ!死んでしまう!」


「あたしはむしろ死にたいんだよ」


「駄目!絶対に死なせない!」


「……本当に勝手だな。お前」


 アリアに向かって手をかざすと、空から降り注いだ剣が彼女を背中から貫いた。彼女は悲鳴を上げながら床に倒れる。


「リリム……なんで……?」


「……ははっ。なんだよその怯えた顔。痛いの好きだって言ってたじゃん。今までだってあたしに殺されかけて、喜んでたじゃん」


 今までの怒りをぶつけるように、もう一発。


「あぁっ!」


 助けを求めるように伸ばされた手に向かってもう一発。


「あぁっ!痛い!やめてぇ!」


 剣は手を貫き刺さり床に固定される。左手、右足、左足も床に固定してやる。これで彼女はもう身動きが取れなくなった。傷口はどんどん広がっていく。塞がることなく、止めどなく血が溢れる。


「嫌!いやぁ!助けて!助けて!」


「……ぎゃーぎゃーうるせぇよ化け物」


「あっ——!」


 もがき苦しみながら助けを求める彼女の喉を潰して静かにしてから、止めを刺す。


「……」


 彼女の無惨な姿を見ても、これでようやくあたしも地獄から解放されるんだとしか思わなかった。あたしは、神子である彼の血を剣に塗たくって、自分の腹を突き刺した。しかし——


「……なんで……」


 傷口はすぐに再生した。ならばと、彼の遺体に直接噛み付いて血を啜る。


「おえっ……」


 普通の血が飲みたい。アリアの血が飲みたい。そんな本能に逆らって、激しい吐き気に襲われ吐血しながら彼の死肉を食らった。神子一人分の死体を完食しても結局死ねなかった。

 後に調べてみたら、吸血鬼を殺せるのは神子の生き血だけだった。肉体が死んだら血に含まれる毒性は弱まるらしい。そんなことも知らずに、死ねなかったことに絶望しているうちにアリアは死んだ。屋敷にはただ一人、あたしだけが残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る