第3話

 それからあたしは、彼女と二人で生きてきた。閉鎖された空間で会話の噛み合わない狂った吸血鬼の女と二人暮らし。夜になると欲望に身を任せて互いに身体を貪り合う。そんな毎日が、永遠と続く。終わりなんてない。最初こそ親への憎しみで満たされていて、彼女を何度も殺そうとした。刺殺、絞殺、毒殺、撲殺——何を試したってダメだった。首をかっきろうが、すぐに再生してしまうし、心臓はそもそも存在しないらしい。その証拠に、彼女の胸からは心臓の鼓動は一切聞こえなかったし、胸を切り裂いた時に一瞬見えた中身は空っぽだった。

 毒は色々と試したが何一つ効かなかった。

 首を締めて意識を失った時はやったかと思ったが、やっぱりダメだった。むしろ「気持ち良かったからもう一回して」とねだられるようになってしまった。意識を失う感覚が癖になったらしい。

 魔法も試してみた。無属性魔法で作り出した道具による物理攻撃は効くが、炎や水などを使う属性魔法は一切効かないらしい。弾かれてしまうのだ。例えば、炎で彼女を燃やそうとした時は彼女の着ていた服だけが焼失した。彼女の身体は火傷ひとつなかった。

 物理攻撃が効くと言っても、やはり再生されてしまうため殺すまでは出来ない。つけた傷は一瞬で治る。


 彼女と暮らし始めて約百年が経ったある日のこと。あたし達が暮らす人里離れた屋敷に一人の人間が訪ねてきた。彼は吸血鬼の噂を聞き、血を求めてやってきたのだそうだ。アリアは彼に血を分け与えようとしたが、あたしはそれを阻止し、彼を魔法で焼き殺した。


「無闇に吸血鬼を増やそうとするな。馬鹿」


「えー。何でよー」


「……分かるだろ。人間は人間であるうちに死ねる方が幸せなんだ」


「でもさ、死ぬって怖くない?終わっちゃうんだよ?何もかも」


「あたしは死ねる方法があるなら今すぐにでも死にたいよ。こんな地獄——いっ!」


 その瞬間、何故か急に彼女に首を噛まれた。血を啜られ、力が抜ける。彼女は魔法であたしをベッドにワープさせて、上に乗っかった。明らかに様子がおかしかった。


「お、おいアリア……」


「嫌よ。死なせない。貴女は私と一緒に生きるの。ずっと。二人だけの世界で。死にたいなんて言わないでよ。ねぇ。私を残して逝かないでよ


 彼女は狂った顔で涙を流しながら、あたしを激しく抱いた。リリス。リリスと、あたしではない人の名前を呼びながら。


「アリア……やめろ……あたしはお前の恋人じゃ——んぅ!」


「気持ちいいでしょう?リリス」


「っ……クソっ……リリスって……呼ぶな……」


「お願い。死ぬなんて二度と言わないで。貴女が望むならなんでもしてあげる。愛してるわ。リリス……んっ……」


「っ……!ぐっ……」


「はぁ……貴女は私と一緒に生きるの。永遠に。ずっと。二人きりの世界で。何でもしてあげる。欲しいものはなんでもあげるわ。だからお願い。私を一人にしないで」


 あたしはその時悟った。吸血鬼を殺す方法があるのなら、先に彼女を殺してやるべきだと。そうしないときっと、彼女はまたリリスの代わりを作ってしまう。彼女は一生、リリスの幻影に囚われたままだ。そこから解放してやれるとしたらきっと、あたししかいないだろう。

 共に過ごした百年が、彼女があたしに向ける歪んだ偽りの愛情があたしの心を強く締め付けた。それは彼女に対する愛情が芽生え始めているからだなんて、あたしは意地でも認めなかった。

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