第25話【第六章】

【第六章】


「と、遠山監督……」


 艦橋の中央で相模は声を漏らした。今、自分は池波の拳銃を喉元に突きつけられ、他の隊員たちもまた、気を失うか美希の弓矢で動きを封じられるかしている。

 加えて現れたのが遠山だった。酷い外傷は見られない。が、泰一に背負われてぐったりしている様子からは、いつもの余裕のある空気は全く感じられない。


「相模三佐。ドラゴンの様子はどうだ?」

「は、はッ。現在、こちらを注視しつつも、沈黙を保っております」

「よろしい」


 泰一は思いの外、ゆっくりと遠山をそばの座席に座らせた。

 それに続いて現れたのは、しょんぼりとした様子の華凜、やや興奮気味のSQ、そして思案顔の海斗。

 だが、海斗は艦橋に足を踏み入れるや否や、ぱっと顔を上げて口を開いた。


「僕に、この状況を打開する策があります。それには、この艦の大人も、自分たち高校生も、皆が団結して臨む必要があります。よろしいですね、相模艦長?」

「うむ」


 気づいた時には、相模は頷いていた。その様子に覇気がなかったからだろう、池波はすっと拳銃を下ろし、鋭い目を海斗に向けた。


「どうしたらいいの、海斗くん?」

「池波先生、ホバーバイクは扱えますか?」

「ええ、そりゃあもちろん。でも、何をする気?」

「今説明します」


 海斗は相模の手を借りながら手近のコンソールを操作し、バッジシステムを起動した。


         ※


「まずあのドラゴンに、自分たちが敵ではないことを伝えます。でも問題があるんだよね、SQ?」

(うむ。この距離で、それだけの想念を遠隔操作で届けるのは無理じゃ)

「そこで、池波先生の操縦の下、ホバーバイクで接近を試みます。搭乗するのは先生と僕と泰一。SQには霊体化した上で、僕たちについて来てもらいます」

「つまり海上から接近して、我々に攻撃の意志がないことを伝えると?」

(そういうことじゃ、艦長)


 だが、ここで大きな問題が生じる。


「もし接近中にドラゴンの攻撃を受けたら? 即死するのは間違いないぞ」

「そこは美希の腕次第です」

「えっ? あ、あたし?」

「美希、君にはドラゴンの気を逸らしてもらう必要があるんだよ。その弓矢で」

「で、でもあたしは……」


 海斗が説明を試みると、その前に広い背中が割り込んだ。泰一だ。


「お前が自信を持てずにいるのは分かるよ、美希。だけど、俺たちの作戦を理解できて、それから協力してくれるムシのいい奴は他にいねえだろう? ……どわっ⁉ いきなり小突くな!」

「そんな理由であたしを陽動係に仕立てたの⁉」

「ま、待てよ美希、作戦立案は海斗で……」

「問答無用!」

(夫婦喧嘩は面白いがな、今は残念ながらそれどころではない。ドラゴンはまだ眠りから覚めたばかりで、高エネルギー体の捕捉に時間がかかる。だから美希の持っている退魔の弓矢は、ちょうどいいエネルギーを有しているんじゃよ)


『夫婦喧嘩』と評されて、泰一と美希は始めこそ赤くなったものの、それこそそれどころではない。すぐに美希は自分の両頬を叩き、気合いを入れ直した。


「あたしは当てずっぽうに射ればいいのね?」

(そうじゃ。くれぐれも、ドラゴン本体には当てぬようにな)


 そこで声を上げたのは池波だった。


「ちょっと待って。SQ、あなたは遠隔ではドラゴンに想念を届けられないのよね?」

(うむ、情けない)

「いや、それはいいんだけど……。だったら私たちの力を借りずに、霊体化してドラゴンに近づいて想念を届けたら? 誰も接近を試みる必要はなくなると思うけど」

「それが難しいんです、先生」

「どういうこと?」

(我輩が説明する。想念というのは、記憶とは違うのじゃ。伝えたい相手に近づけば明瞭になるし、離れれば曖昧になる。我輩が中継地点となって、この艦とドラゴンの間で想念を届けられればそれでよい。距離的にも余裕はある)

「だったら……!」

(じゃが、このあたりの想念場は乱れに乱れておる。我輩の想念伝達可能範囲内であったとしても、ドラゴンに誤った想念を伝えてしまうかもしれぬ)

「つまり、『ドラゴンに対して無害だ』ってことを念じながら、海斗くんたちが接近を試みる、ってこと?」

「そうです。だから接近する必要があるんです。池波先生、あなたの手腕で」

「……」

「先生?」

「分かったよ、海斗くん」


 ふっと息をつく海斗。彼に、池波の不安が悟られることはなかった。

 ――まさか、また海上任務に出るなんてね。


         ※


「起きろ、目を覚ませ諸君!」


 相模と泰一が中心となって、一度気絶させられた隊員たちを叩き起こしていく。

 中にはあからさまに恐怖の色を見せる者もいたが、無理もないことだ。

 かといって、ここでビビッて参戦しないでいられても困る。母艦がなければ、ホバーバイクは出撃できないのだ。


「僕たちはホバーバイクの格納庫に行こう」

「了解した。案内役を一人つける」


 相模は一人の下士官を呼びつけ、海斗と泰一と池波、それにSQを連れていくよう命令した。


「諸君らの健闘を願い、無事帰還することを祈る」


 夕日を背景に、ピシリと張り詰めた空気を放って、相模は三人(と精霊一体)に敬礼した。

 返礼する池波と、不器用に頭を下げる海斗たち。


(さあ、参ろうかの)


 海斗と泰一は大股で、池波はそれを追いかけるような形で下士官について行った。


『しなの』の艦内を下っていくこと約五分。下士官の操作で後部ハッチが開放された。目の前には夕日に染まった水面と入道雲が映り、その手前には、大きめのタグボートにエンジンを取り付けたような機械がある。

 ホバーバイクの役割を担うのはその先端部で、後部のタグボート部分には人間二人がしゃがんで乗り込めるだけのスペースがあった。

 恐らく火器を載せるためだろう、タグボートのさらに後方には幌がかけられていた。


 敬礼して去っていった下士官を見送って、池波が最初にしたこと。それは、自分の額に手を当てて冷静になることだ。


         ※


 海上保安官だった時、沖に出すぎて溺れた小学生たちを助けようとして、池波は無茶をやらかした。

 生身で泳いで往復できる距離でもないし、子供たちをいっぺんに助け出すことはできない。だったら、ホバーバイクとホバークラフト――すなわち今目の前にあるような装備――で、子供たちの下へ急行すればいいのではないか、と。


 使命感に燃えていた池波は、上官の許可も取らずに一人でホバーバイクを操縦。子供たちへの接近を試みた。

 しかし、悪夢はそこでやって来た。沖合からの瞬間的な大波で、子供たちがホバーバイクの正面へと流されてきてしまったのだ。

 そして、これは大惨事となった。乗用車が、身動きのできない歩行者をはねるようなものだったからだ。


 幸い、死者は出なかった。しかし、子供たちは事故に巻き込まれ、一生車椅子での生活を強いられたり、片腕が動かなくなってしまったりした。

 毎月欠かさず彼らの見舞いに行っている。そしていつも『あなたは命の恩人だ』と感謝の言葉を告げられる。


 これ以上に残酷な責め苦は、池波は経験したことがない。

 無茶で勝手な行動によって、自分は子供たちの『未来』を奪ったのではあるまいか。いや、そうに違いない。

 事故の一ヶ月後、池波は全ての『責任』を自ら引き受け、海上保安官の職を辞した。


         ※


「先生? 池波先生?」

「……あ、ええ、ごめんね。ドラゴンの現在位置は?」

「こっちのディスプレイを」


 海斗がホバーバイクの前部に取りつけられた画面を回し、角度を調節。そこには既に、『しなの』とリンクした広域レーダーの情報が示されている。


「早速出発しましょう。SQ、念のためナビゲートを頼む」

(言われなくともやるわい!)

「よし、俺は威嚇射撃を始めるように、美希に要請する!」


 この二人と霊体一体を見て、池波は自分で自分を引っ叩きたくなった。

 彼らの作戦に自分の力が必要とされている。そして自分はそれに賛同した。つまり、この若者たちの片棒を担ぎ、『責任』を取ることを決意したはずなのだ。


 過去に囚われていては、何もできない。


「あれ? 池波先生?」


 心配げな海斗の言葉をよそに、池波はハッチ横の壁面に両手をつき、思いっきり額を打ちつけた。


「ちょっと先生⁉」

「はあ、スッキリした」

「何してるんすか!」

「ちょっと煩悩がね。大丈夫、叩き出したから」


 海斗と泰一に顔を向けながら、真っ赤な額を隠そうともせず池波は言い切った。


「さあ、行くわよ。二人共、早く乗って頂戴」


 軽い身のこなしでホバーバイクに乗り込む池波に、二人は顔を見合わせた。


(ほれ、何をしとるか若いもんが! 我輩がナビゲートするんじゃ、さっさと行動せんか!)

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