第12話

【タイトル】

第12話


【公開状態】

公開済


【作成日時】

2021-09-13 00:47:42(+09:00)


【公開日時】

2021-09-13 00:47:42(+09:00)


【更新日時】

2021-09-26 17:15:13(+09:00)


【文字数】

3,649文字


【本文(152行)】

 その場がしん、と静まり返った。SQもまた、皆に考える時間を与えている様子。

 真っ先に沈黙を破ったのは泰一だった。静かな怒りを以て立ち上がる。


「ふっざけんじゃねえぞ……!」

「ちょっと泰一!」

「放せ、美希! 『まさにこの海域だった』だと? ここは俺たちの国のそばなんだぞ! 大陸を一夜で沈めるような怪物を、よりにもよってこんなところにワープさせやがったのか!」


 するとSQはしおらしく俯いた。


(詫びる言葉もない。我輩たちの力不足じゃ。怪物をワープさせることはできても、ワープ先の場所まで指定することはできなかったんじゃ)


 そう伝えてくるSQの姿があまりに不憫だったのか、泰一は振り上げていた拳を下ろした。鼻息も荒く、あぐらをかく。


(このダンジョンは、その神の如き怪物を留めおくための檻、牢屋じゃな。幸い、一二〇〇〇年前にワープさせて以降、怪物が目覚めた気配はない。じゃが、怪物は生命の危機を察すると覚醒する恐れがある。自らが檻に入れられていると分かれば怒りもしよう。だから、ダンジョン入口から続いてきた通路は、一種の空気穴のようなものじゃ)


 その話を聞きながら、海斗は顎に手を遣って考えた。どうやらこの姿勢が癖になってしまったらしい。


 それはさておき。

 超古代文明があって、それが滅亡し、その残滓が世界中に拡散された。ということは、世界中で同じような構造物やオーバーテクノロジーの発見が相次いでもおかしくはない。

 北アフリカと南米とで見られる、形状の類似したピラミッドなどが好例だ。


「……」


 音のない溜息をつきながら、海斗は思考を続ける。

 そういった古代遺跡やら古代文明やらというのは、しかし、SFやファンタジーの世界だけで十分だ。まさか自分たちがそれに巻き込まれる羽目になるなんて……。


 いや待てよ。さっき自分は何を考えていた? 自分たちは意図してここに送り込まれた可能性がある、そんな仮説を立てていたのではなかったか? 誰が、何の目的で?


「ちょ、ちょっと華凜!」

「海斗くーん、生きてらっしゃいますかー?」

「からかっちゃ駄目よ! 海斗だって、考え事をする時間が必要だわ」


 海斗の顔の前で掌をひらひらさせる華凜を、美希が引き留める。

 だが、海斗は自分の考えに没入して全く反応を示さない。伊達にぼっちを続けてきたわけではないのだ。まあ、わざとぼっちでいたわけではないのだけれど。


「それはそうと、SQ、あなたの話はここまで?」

(うむ)

「そうね、じゃあ、海斗の意識が戻ってきたら、また出発しましょう」

「異議なし」

「かしこまりましたわ」


 美希の提案に乗っかる泰一と華凜。

 こうして、四人は、次の階層へと向かう準備を始めた。ふと、海斗が振り返る。


「あれ? SQ、来ないのかい?」

(うむ。海上の様子が気になってな。我輩は少しばかり、海上に出張する。お主らは先に行って、怪物の相手でもしておれ)

「あ、ちょっと!」


 すると出現時と同様、SQの姿はふっと消え去ってしまった。


「海上で何かあったのか……?」


         ※


 洋上、イージス艦『しなの』艦内。


「あっ、そこは立ち入り禁止です!」

「え? あぁあ、すみません」

「池波先生、もしかしたら興味がおありなのかもしれませんが、あんまり迂闊に動かないでください。この最新鋭国産イージス艦は、最先端テクノロジーの塊なんですから」

「はい、気をつけまぁす」


 注意と自慢が混ざったような口調で下士官に指摘され、池波はすごすごと退散した。


(ここまで艦長室の位置が分からないとなると、全く厄介ね……)


 舌打ちしたいのをぐっと堪える。

 このイージス艦『しなの』が、観艦式を終えた帰りにちょうどいいからといって、単艦で自分たちの臨海学校の護衛を務めるなどあり得ない。下士官の言うように、機密の多い防衛装備ならば猶更だ。


「こうなったら仕方ない、か」


 池波はズボンのポケットから、きらりと輝く何かを取り出した。それを右手の指に挟み、来た道を戻る。


「あっ、池波先生! ここは立ち入り禁止だと――」


 しかし、下士官の言葉は続かなかった。池波が密かに握っていた非殺傷性の麻酔針で、意識を失ったからだ。

 専門の医師が見れば、彼の首筋にごくごく細い針が刺さった形跡があるのに気づくだろう。だがこの海のど真ん中で、それがバレる恐れは極めて低い。

 池波は下士官の上半身を支え、壁に寄りかからせるようにして制帽を深く被らせた。これなら、ぱっと見で気絶しているとは思われまい。


「ごめんなさいね」


 軽く呟き、池波は素早く角を曲がり、機密区画に潜入した。

 初めにやることは、服装の同化だ。更衣室と思しき部屋の扉を、音もなく開いて中を窺う。

 女子更衣室は施錠されていたが、男子更衣室は開いていた。そこには男性下士官がいて、鏡の前で詰襟のホックを止めるのに苦心している。


 音もなく背後から迫った池波は、二本目の麻酔針を使用。大の男を易々と、しかし静かに横たわらせ、鏡の周辺を見渡す。


「あったあった」


 池波が手に取ったのは、ヘアピン状の細い金属片。

 それを手に男子更衣室を出て、女子更衣室の扉に向かう。扉のノブに金属片を差し込み、ピッキングする。がちゃがちゃといじること約十秒。


「おっ、開いた。どれどれ……」


 慎重に足を踏み入れ、誰もいないことを確認。最寄りのロッカーに向かって再びピッキングを行う。

 傍からみたら、実物に憧れるコスプレイヤーかただの制服フェチの変態かと思われるところだろう。だが、池波は気にしない。

 こうした自分の技量を活かせる機会がまた訪れるとは。だが、それ以上に彼女をこの『任務』に熱中させていたのは、今現在の立場あってのことだ。


「待っててね、海斗くん、泰一くん、美希さん、華凜さん。今このイージス艦の裏を暴いて、早く救出に向かうからね――」


 そう口にしながら開錠に成功した池波は、素早く制服を着こんでいく。


「ちょっと胸がキツいけど……贅沢は言えないわね」


 ぱしん、と自らの頬を叩き、気合いを入れる。池波は何の躊躇いもなく、さも当然という態度で更衣室を出た。

 しばらく立ち入り禁止区画を歩いたが、誰かとすれ違う度にきちんと敬礼していたら、特に目立つことはなかった。この艦は最新鋭のイージス艦だそうだが、それが幸いしたらしい。まだ乗員たちが、互いの顔を完全に把握しきれていないのだ。


 過度な緊張感に囚われることもなく、池波は足早に通路を進んでいく。そして、目的の扉を見つけた。


「ここかあ」


 小さく呟く。扉の前には警備に当たる隊員がいて、ぴくりとも動かない。池波は敬礼をしながら、その前を通り過ぎた――と見せかけて。

 振り返りざま、最小限の動きで腕を振るった。三本目の麻酔針。これを危険物と判断したのか、隊員はすぐに首筋に腕をかざした。


「くっ!」


 力押しでは敵わない。池波は左足を軸に、右足で隊員の膝や肘の関節部に蹴りを入れた。僅かに脱力する隊員。

 そこを狙って、再度麻酔針の狙いを定めた。そして、ぷすり、と間抜けな感覚と共に、麻酔針は効果を発揮した。


「あんたの顔、借りるわよ」


 池波は易々と隊員の首に腕を回し、艦長室の扉の横にある小型カメラ――網膜認証システムにアクセスした。扉ががちゃり、といって開錠される。


「よし……」


 池波はするりと忍び込む。無論、中には誰もいない。

 学校の教室と同程度の広さ。扉から向かって右側に木製のデスクがあり、『艦長 相模修司』と彫られている。ダミーではなさそうだ。


 内側から施錠し直した池波は、素早く回り込んでデスク上のパソコンにアクセスした。が、やはりパスワードが設定されている。

 予期していた事態とはいえ、舌打ちを我慢しきれなかった。


 まさにその時だ。背後に謎の気配が現れたのは。


         ※


 ダンジョン内、タカアシガニの次階層にて。

 確かにSQの言っていた通り、ラスボス以外は、どの階層でどの怪物が現れるかはランダムであるようだ。


 先ほど遭遇したドラゴンフィッシュ。あの階層と同じ構造で、水槽もどきが四人の前後を挟んでいた。

 しかし、跳んでくる怪物は違う。ドラゴンフィッシュより性質が悪い。


「なんなんだよ、このぶよぶよした野郎は!」

「ウミウシだよ、泰一! 本当は浅瀬にいる生き物だけど……」


 水槽もどきの間で戦っているのは海斗と泰一。だが、押されつつあるのは明らかだ。

 ウミウシのような軟体動物は、一見倒しやすい相手に見えるだろう。だが、問題はその後だった。

 ウミウシの体液は、強力な酸なのだ。一体いつの映画の宇宙生物なのか。そんなことを思いつつ、海斗は剣先で巧みにウミウシをさばいていく。


 海斗も泰一も、今のところは酸の被害にあっていない。ウミウシの酸は、剣先や金槌の先端で倒すぶんには、自分たちにまで飛散してくる恐れはないのだ。

 だがそのためには、ウミウシの跳躍軌道を読んで駆逐しなければならない。これは、泰一にとってはなかなか困難だった。


 金槌は大振りして敵に打撃を与えるものだ。ウミウシを殴打し、倒したとしても、酸の飛び散る範囲から逃れるためにバックステップする時間がない。


「うおっ! あぶね!」

「泰一、大丈夫か?」

「そうでもねえな」


 正直に答える泰一を一瞥し、海斗は叫んだ。


「美希、弓矢で泰一を援護してくれ!」


 敢えて華凜に援護要請を出さなかったのは、華凜もまた近接戦闘向きだったからだ。

 海斗の長剣も泰一の金槌も、ウミウシの酸で溶かされるほど柔ではない。だが、その酸が一定範囲に飛び散るのは止められない。

 華凜が短刀で戦おうとすれば、酸をまともに浴びてしまう可能性がある。それを、海斗は危惧していたのだ。


「あ、あたし、まだあんたたちほど戦い慣れしてないんだけど……」

「だったら今のうちに慣れてくれ! SQも言ってただろう、道半ばだって!」


 かく言うSQはと言えば、海上で待機中のイージス艦と連携を取るとか言って、今この場にはいない。今は自分たちだけで乗り切らなければ。

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