第11話
「SQ! 返事してくれ、SQ! ああいや、SQってあだ名だからあんまり意味ないのか。えーっと、なんて呼べば……」
(そう慌てるでない、海斗。我輩はただ身体を休めておるだけじゃ。それより、そろそろお主も出番のようじゃぞ)
目を閉じたまま、穏やかな口調で意志を伝えるSQ。
はっとして海斗が振り返ると、皆が懸命に得物を振るっていた。タカアシガニは前足が吹っ飛ばされ、大きくのけ反っている。
それに向かって、華凜が短刀を投擲。タカアシガニの触覚を二本とも斬り払った。キィィン、と甲高い悲鳴が上がる。
それに合わせて、泰一が懐に滑り込む。思いっきり金槌を振るい、胴体に直接打撃を加える。グエッ、という声と共に、紫色の液体が怪物の口腔部から溢れ出した。
しかし、それだけで倒れはしないのが怪物だ。中脚と後脚を巧みに使い、腹部の下から泰一を追い出した。もし泰一のバックステップが少しでも遅れていたら、彼は四方から串刺しにされていただろう。
頭部を見れば、触覚が切断部からにょきにょきと伸びてくるところだった。
「もう治癒が始まってるのか……!」
これは早々に倒しきらなければなるまい。泰一には休んでいろと言われたが、その泰一だって軽く肩を負傷している。自分もまた、前線に出なければ。
そう判断した海斗は、長剣を握り直して勢いよくタカアシガニの懐に突っ込んだ。泰一のそばを通り抜け、スライディングの要領で滑り込みつつ、長剣を真上に掲げる。
「ふっ!」
すると狙い通り、柔らかい腹部に突き刺さった長剣は、海斗が滑るのに合わせてタカアシガニを縦に真っ二つに斬り裂いた。
海斗は長剣を鞘に収め、一度両腕で身体を跳ね上げてから片膝立ちで着地する。
すぐ後ろで紫色の体液が溢れ出し、甲高い悲鳴が上がる。
それが、タカアシガニの断末魔の叫びだった。
ずるずると後退し、自分が出現時に床に開けた大穴に半身を埋めるようにして、その巨体を倒れ込ませるタカアシガニ。
前衛で息を切らす海斗と泰一、後衛で得物をそっと下ろす華凜。美希はようやく弓矢を構えたところだったが、すぐに状況を察して背中に仕舞い込んだ。
「誰か怪我人は?」
海斗が大声を響かせると、女子二人が勢いよく腕を振る。彼女たちは無事だ。
それを見て、ほうっ、と息をつく海斗の肩に、泰一がそっとそのゴツい手を載せた。
「お前、変わったな」
「え?」
「ああいや、随分行動的になったっていうか、最初に会った時とは違ってきたっていうか……」
「そう、かな」
決してとぼけたわけではない。だが、海斗の曖昧な態度は、泰一の心に奇妙な揺さぶりをかけた。
「ま、まあ、今のお前の方が、最初に会った時より戦える、戦力になるってことだ! 俺はさっさと脱出して、生き延びたいだけだからな!」
「僕も同じだ、泰一」
「ん」
海斗が気づいた時には、泰一はすっと右手を上げていた。ちょうど、海斗の腕と同じ高さに。
その意図は誰がどう見ても明らか。こればかりは、流石の海斗も無下にはできなかった。
「……」
ゆっくりと自分も右手を上げ、不器用に泰一の手を握り返す。
笑みこそ見せなかったものの、泰一は一つ、大きく頷いた。すぐに手を解き、しかし何を話すべきか判然とせず、二人は沈黙した。その時、
(思い出したぁ!)
「どぅわっ⁉」
この場にいる四人の脳内に、SQの思考が勢いよく流れ込んできた。
(まあまあ落ち着け、皆の衆。我輩が何のためにここにいるのか、補足説明ができそうじゃ。まあ、集まって座るがいい)
海斗と泰一は何事かと顔を見合わせてから、SQの下へと歩み寄った。
※
(さて、お主らはよう戦ってきた。ダンジョン攻略にはまだ道半ば、といったところじゃがな)
「おいマジかよ!」
のけ反って不平を口にしたのは泰一だ。
「こんだけ怪物をぶっ殺してきたのに、まだ道半ば? 半分、ってことか? 冗談キツイぜ……」
(そう僻むでない、泰一。我輩も徐々に記憶を取り戻しつつあるでな、魔法を行使できそうなのじゃ)
「魔法?」
(うむ、美希よ。先ほど我輩が放った球体の攻撃魔法などがその類じゃな)
「でしたら、SQさんがいろいろ思い出す度に、わたくしたちは楽に進めるってことですの?」
(そうとも言えるな、華凜。じゃが、我輩に『さん』付けするのは禁止じゃ)
「あら、どうしてですの? 可愛いのに……」
「か、可愛い?」
思わず疑念を露わにしてしまった海斗。彼に向かい、華凜はがばっと振り返って頬を膨らませてみせた。
「まったく、これだから変態さんは!」
「へ、変態⁉」
「だってそうでしょう? わたくしのおっぱい、勝手に触ったんですもの」
「あ、あれは不可抗力だよ! 決して僕が意図してやったことじゃ……」
「はいはい、言い訳はここを脱出してから聞くわ。で、SQ、まだ本題には入ってないんでしょう?」
(ほほ、鋭いのう、美希)
童顔に貫録のある笑みを浮かべ、SQは語り出した。
(このダンジョンの最後の怪物――お主らが言うところのラスボスじゃな。まず倒すことはできん。諦めよ)
「はぁ⁉」
(おっと、突然叫ぶでない、泰一よ)
「だ、だってよお、怪物を倒さなきゃワープポイントに辿り着けないんだろ? 脱出できねえじゃん!」
(話は最後まで聞くもんじゃよ。我輩が使えるのは、なにも攻撃魔法だけではない。治癒や錯乱なども魔法に含まれる。もちろん、睡眠もな)
「つまり、そのラスボスは眠らせておいて、倒さずに切り抜けるってことか」
顎に手を遣って呟く海斗に向かい、SQは満足げに頷いた。
(じゃがなお主ら、当然ながら慎重な行動を求められるぞ。これは我輩の個人的な事情もあるが……)
皆の視線が集まるのを待って、SQはゆっくりと過去の体験を語り出した。
※
約一二〇〇〇年前、大西洋某海域。
いや、海域という言い方は正確ではない。今現在は海になっているというだけで、そこには現在は存在しない、一つの大陸があった。
それを現代人は『アトランティス』と呼んでいる。
それは空想、オカルトだという有識者は多い。しかし、SQは確かにそこにいた。SQの言葉を信じるのであれば。
そして何をしていたかといえば、魔法を使って怪物の暴走を止めるという、人智を超えた行為だった。
(あの時代、怪物の出現は日常茶飯事じゃった。今でこそ、ここのお主らの祖国――日本、といったかのう? そこでは熊が出た、猪が出たと大騒ぎをしとるようじゃが、当時のアトランティスに現れる怪物に比べれば可愛いものじゃ。さらに言えば、今までこのダンジョンに現れた連中など、アトランティスで暴れていた連中に比べれば下の下じゃな)
ごくり、と四人は同時に唾を飲んだ。
では、どうして怪物は現れたのか? 理由は簡単で、当時のアトランティスに住む人々が、争いの道具として『創造した』からだ。
これもまた議論の余地はあるが、アトランティスの文明は現在より遥かに進んでいた。遺伝子操作など難なくこなせたのだ。研究者のみならず、軍人たちでさえも。
彼らは豊富な海洋資源に目をつけた。とりわけ、深海に住まう謎多き生物たちに。謎が多ければ、敵に弱点を悟られる前に侵略できる可能性が高まる。
(しかしさっきも言った通り、怪物を制御できなくなることもままあってな。そこで軍人連中は、次の創造段階に入った)
それが、SQのような『魔力』を有する存在だった。
幸いだったのは、『魔力』の制御を実装するにはかなり高度な技術、及び莫大なエネルギーが必要であり、量産化ができなかったということだ。
だからSQたちは、自分たちの国内で発生した怪物の暴走を食い止めるので精一杯だった。
(まったく、我輩らが前線に投入されていたらと思うとぞっとするわい。どれほどのエネルギー消費、国土の荒廃、何より人命の損失が発生したことか……)
そうして、アトランティス大陸を二分、三分した戦乱が続く中、一体の巨大な怪物が創造される。否、創造されてしまう。
その名が知れ渡ることはなかった。名づけられたかどうかさえ定かではなかった。
その怪物が暴走した際、SQはその場に居合わせなかった。だが、『アトランティスは一夜にして沈んだ大陸であり、それは神罰によるものである』ということを裏づける証拠は多々発見された。
(まさか怪物が『神』にまで祭り上げられることになろうとは、我輩らも思わなんだ)
「で、でも!」
(何じゃ、海斗?)
「ここは日本海溝だ。アトランティスがあったのは大西洋なんじゃ……」
(うむ。それについて説明しよう)
生き残った『魔力』を有する者たちは、なんとかしてアトランティスの有していたエネルギーを封印しようと考えた。そして世界中に分散させ、弱体化させることに注力した。
そのために巨大なワープポイントを作り、様々な技術や創造物を地球のあらゆる場所に散りばめたのだ。それには、『神』と崇められた怪物も含まれる。
(それがまさにこの海域だったんじゃよ)
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