第4話
※
「で、取り敢えずこのままの装備でいくのか……?」
何とも言えない表情で、泰一が告げた。どでかい金槌を軽々と肩の上で回しながら、女性陣二人の方を見つめている。
「いや、確かに海斗の言う通り、思ったよりは軽いぞ? でも、どうして俺が金槌って即決されたんだ? 確かにあのイカを倒す時に、咄嗟に金槌を手に取ったのは俺だけどよ」
「一番お似合いなのよ、泰一。あんたが一番、体格的にゴツいんだから」
「そういう理由なのかよ、美希……」
「ええ。でも理由はそれだけじゃないわ。女の子に、そんな大層な武器は似合わない。ねえ華凜、あなたもそう思うでしょ?」
「そうですわね、わたくしは武器は何でもよかったんですけれど。でもさっきの戦いを見れば、皆が今手にしている武器がちょうどいいと合点がいきますわ。やっぱり、今各々が手にしている武器がちょうどいいんじゃないかと」
『勝手なこと言ってくれるぜ……』と溜息混じりに呟く泰一。海斗はと言えば、三人の会話を聞き流しながらこの階層をうろついていた。
(ほれ、海斗。これを探しておるのじゃろう?)
「え?」
海斗が振り返ると、からん、と音がした。SQが鞘を放って寄越したのだ。
鞘に付属している細いベルトを腰に巻いて、海斗はようやく長剣を収めた。それを見届けて、SQは全員を見渡しながら想念を送ってきた。
(ふむ。やはりお主らは『選ばれし者』のようじゃな)
「何だよ、『選ばれし者』って?」
(それを今から説明するんじゃよ、泰一。この構造物、ダンジョンは、普通の人間には辿り着くことができない細工が施してある。さっきの水圧の壁がいい例じゃよ。しかし、お主らはその壁を突破した。それから我輩と会話できるという時点で、お主らは異常なくらい、このダンジョンに馴染んでおる)
「それって、やっぱり想念と関係があるのか? テレパシーとか?」
(皆無だとは言い切れなかろう)
その説明を聞いて、海斗は顎に手を遣った。
仮に自分なり、他の三人なりが、ダンジョンに適応できる人間だったとする。しかし、まさか四人全員がそんな体質である可能性など、どのくらいあるだろう?
まるでこのダンジョンの探索に送り込むべく、選別されたかのようではないか?
だとしたら、この臨海学校自体がダンジョンを攻略する、あるいは誰かに攻略させる狙いで開催されたのではなかろうか。
そこまで考えた時、ぴとん、と冷水が頭上から降ってきた。構造物自体は堅牢だが、多少の水漏れはあるらしい。じめじめしているし怪物は出るし狭苦しいし、どうせなら早く攻略してしまいたいところだ。
「だけどSQ、このダンジョン攻略と僕たちの脱出には、どんな関係があるんだ?」
(さっき我輩が言った通りじゃ。ダンジョン最奥部にはワープポイントがあって、そこから海上に出られると)
「最短ルートでそこまで行くとすれば、どんな道のりが考えられる?」
(そうさのう、取り敢えず道なりに、怪物を倒しながら進んでいくしかないかのう)
「そう、か」
それを聞いて、海斗は思った。腹を括らねばならない、と。
泰一、美希、華凜の三人は、罪なき一般人だ。しかも未成年。自分が守ってやらずに、誰が守る? 誰が彼らの安全を保証し、責任を取る?
「……それは、僕の仕事だよな」
(んん? どうしたんじゃ、海斗?)
「ああ、いや。皆を無事に導いて、生きて地上に帰さなけりゃなと思って」
(まあ、根掘り葉掘りお主の過去を探るつもりはないが……。くれぐれも気をつけよ)
「怪物に?」
(お主自身のことでもある)
「えっ?」
何の話をしているんだ? そう海斗は訝しんだが、結局『意味不明』という結論に落ち着いた。
とにかく今は、皆に気を配りつつ、戦っていかねばなるまい。
「皆、早く進もう。海上に脱出するんだ」
すると、急にわいわいやっていた三人が静まり返った。
「ど、どうしたんだ、皆?」
「いや、お前みたいな根暗な――ぐえっ!」
「あんたは黙ってなさい、泰一! えーっとね、海斗くん。気分を害したら申し訳ないんだけれど……」
泰一の脇腹に肘打ちを叩き込んだ美希が、言葉を紡ぐ。
「あなたが指揮を執ろうとするのが意外だったのよ。言っちゃなんだけど、あなたビビリじゃない?」
「……だろうね」
イカを相手にしていた時の自分のビビりっぷりが思い出され、いやいやとかぶりを振った。
「おい美希、個人の分析なんかどうでもよかねえか? 取り敢えず全員生きて脱出できりゃそれで――」
その時、海斗の胸がずきり、と痛んだ。
父さん、あなたが自らに課した任務はこんなものだったのだろうか?
不出来な息子だが、この責任感の強さはきっとあなた譲りだと思う。
どうか、皆を無事に脱出させるために力を貸してくれ。
ぎゅっと瞼を閉じてから、海斗はゆっくりと目を見開いた。
「僕の武器は長剣だ。リーチも破壊力もある。だから……だから僕が先陣を切る」
「ああ、それがいい――って何? 海斗、お前今何て言った?」
「リーダーが誰かはどうでもいいけど、ひとまず僕が先陣を切る。それに、金槌や弓矢では素早く動けないだろうし」
「だったらわたくしが先導しますわ。海斗くん、あなたもご覧になったでしょう? わたくし、剣技には自信がありますの。皆さんのように、軽く短剣を振るえるようでもありますし」
確かに、イカに最初に斬撃を加えた華凜の戦闘力には驚かされた。お嬢様だからこそ、護身術に長けているとも言っていた。
待てよ。護身術に長けている? それだけで初見のイカの化け物は倒せまい。恐らくその短剣が華凜の能力にマッチしていて、戦闘能力を引き出しているから、という理由もありそうだが。だとしたら猶更、頼まなければならないことがある。
「華凜、君には後衛を頼みたい。どこから何が襲ってくるか、分からないから」
「ま、まあそうですわね」
ことん、と首を傾げながら、納得した様子の華凜。だが、その隣で泰一は落ち着きなく肩を揺すっている。
「泰一、僕が先陣を切る、っていうのに納得いかない様子だね」
「べ、別に反対ってわけじゃねえけどよ……」
「僕が前衛に相応しくないと思ったら、すぐに後ろから殴ってもらって構わない」
「おいおい、誰もそんなことしねえよ」
脱力気味に応じる泰一。彼はそのまま振り返り、美希と華凜に前進するよう促した。
先ほどは無我夢中だったが、確かにこの長剣もまた、自分との相性が合っている気がする。それに、SQが選んでくれた武器でもあるのだ。自分が長剣を持つ。それが最善策なのだろう。
そうして、海斗、美希、泰一、華凜の順で、四人は一列になってゆっくりと進み始めた。
(どうやらやる気になったらしいのう、海斗?)
「からかわないでくれ。SQは臨機応変に援護を頼むよ。ラスボスの想念がどうたら、って話だったけど、僕たちの妨害をするのは君にとっても不本意だろう?」」
(はは。我輩に意見するとは……。海斗の言う通りじゃ。任せておくがいい)
すると、SQは低空飛行しながら列の真ん中あたりについた。
そこまで考えてから海斗は抜刀し、薄暗いダンジョンの階段を下りるべく足をかけた。
イカに遭遇した時の恐怖感は、すぐに拭い去ることのできるものではない。だが、今は戦わなければ。そして母親の下に帰らなければ。
――父さんなら、それを望むだろうな。自分にはできなかったことだから。
そんな思いが、海斗の背を押していた。
※
イージス艦『しなの』CICの手前の廊下にて。
ぐいぐい歩を進めながらも、相模は溜息をつきたい気持ちで一杯だった。理由は簡単である。
「救助艇を出せないなんて、どういうことですか⁉」
「落ち着いて、池波先生。これは彼らを見捨てるという意味ではない」
「だからって、放っておくことはないでしょう! あんな窮屈な潜水艇の中で、周囲を闇に囲まれていたら……。きっと私だって気が狂いそうになります!」
『自分だってそうなるかもしれない』とは、艦長としては流石に言えない。
だが、それでもあの四人の少年少女には戦ってもらわねばならなかった。
そう、相模はダンジョンについて、ある程度のことは知っていたのだ。だからこそ、こうして言い淀み、池波に反論の口実を与えてしまう。
小柄で愛嬌のある女性教諭。最初に出会った時の印象は、それ以上でもそれ以下でもなかったはずだ。だというのに、ここまでしつこく付きまとわれる羽目になるとは。
しかも、なまじ池波の方が『人命優先』という立場である以上、相模としては分が悪いとも言える。
まったく、こんな作戦に駆り出されるとは。しかもこの作戦、正式に下令されたのは一ヶ月前のことなのだ。急すぎる。
せっかくの演習機会を潰してしまって、乗員たちの練度が鈍ってしまっては困る。
そんなことを考えながらも、彼の胸中はより複雑だった。
他者に対してではなく、自分を責める気持ちもまた存在したのだ。
確かにこれは国家機密レベルの作戦であり、その要となるのがあの子供たちなのだ。それは分かる。
しかし、もし娘があの年頃になって同じような重責を背負わされたら? 親として、それを見過ごせるだろうか?
「ちょっと! 相模艦長、聞いてますか?」
「あ、ああ」
「だったら少しは考えてください! 子供たちのことを! ご自分が、彼らの生存に責任を持っているのだということを!」
ふと、相模は両目を見開いた。またこの言葉だ――『責任』。
だが、今の自分には二つの責任があり、胸中でせめぎ合っている。
一つ目は、遥か海底にいる子供たちを救出する責任。
もう一つは、国家戦略に従順であるべしという責任だ。
自分にこれを選べというのか……。
相模は眉間に手を遣りたくなったが、これもまた我慢した。
もしかしたら、今眼前にいる池波美香という女性に気圧されているのかもしれない。一旦体勢を立て直さなければ。
相模はぐいっと方向転換し、自室への歩みを再開した。
「ああ、ちょっと! 相模艦長!」
「自分も子供たちを放っておくつもりはない。もう少し待っていただきたい」
するり、と扉の向こうに消える相模。彼を追って廊下を駆け出そうとした池波は、しかしすぐに下士官二人に道を塞がれてしまった。二人共、池波より頭二つ分は背が高い。
先ほどの相模との遣り取りを聞いていたのだろう、片方の隊員は不快感を露わにし、もう片方の隊員は眉をハの字にして困惑している様子だった。
「こちらは機密区画です。ましてやあなたは外部の人間だ。一旦部屋にお戻りください」
これでは仕方がない。池波は素直に背を向けて、急遽宛がわれた自室に向かった。
――久々に暴れてみる価値がありそうね。
そう胸中で呟きながら。
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