2問目


さあ、ここで問題です。


 クピドとはローマ神話のウェヌスの息子で、愛欲を象徴し、しばしば翼を持つ子供の姿で描かれますが、アプレイウス(古代ローマの文学者)の『黄金のロバ』では美しい青年の姿で登場します。

 その青年と波瀾に満ちた恋に落ちる美女の名前を答えなさい。



……。




「あ、悠ちゃん、壱太くん。文化祭楽しんでますか? 校舎の端まで、わざわざありがとうございます。生物部の展示を見に来てくれたんですね?」


 水槽の中に、ぐずぐずになった海鼠ナマコを戻しながら二人を見れば……ナニですか、その複雑そうな視線を辿れば透明な糸を引く、わたしの両手を見てるってことは海鼠ナマコに同情しているんですか大丈夫ですコレは時間が経つとムクムクっと復活して、また元のカタチに元気になるんですよって説明しても聞いてませんね? 確かに、かなりの時間が必要ですし今や無残な有り様ですけど。

 

 そんなこんなを説明しながら手を洗い終え、捲り上げた白衣の袖を直していると同じように手を洗い終えた奏士そうしくんが隣りで微笑みながら「先生のご家族ですか?」って、質問に悠ちゃん何でニヤけてるんですか相変わらず笑いのツボが良く分かりません。


「ある意味腐れ縁で幼馴染の悠ちゃんと、ご近所さんで至らないわたしを色々ご指導くださる壱太くん、です……そして生徒の」

「ハジメまして。秋海棠しゅうかいどう 奏士そうしです。紬衣ゆえちゃん先生には、いつもお世話になってます」


 にっこり笑う奏士くんに、何故にそんな二人とも怖い目を向け……はッ、まさか。


紬衣ゆえ、違う」

「紬衣チャン、違うから」

「……まだナニも言ってませんよ」


 最早お約束と化しているあの台詞を言わせてくれても良いじゃないですか表現の自由があるのならあらゆる全ての妄想はモザイク処理ナシで許されるハズってところまで言いかけて何故に忘れていたんでしょうR指定とを区切る薄暗い一角カーテンの向こうに今や遅しと足を踏み入れそうになっている自分を。

 ふぅ、久しぶりの長台詞に肺も空っぽです。


 ところで、ネット上で見かける十八歳以上ですかって質問を目にすると肉体的年齢を尋ねられているのか精神的年齢を尋ねられているのか正しく答える良心の有る無しを試されているのか気になるのは、わたしだけでしょうか? あの質問を前にした時どれくらいの人が誠実さでもって相対しているのか気になるのはわたしだけじゃないハズ。

 ってアレコレ余計なことまでを思い出して真っ赤になって俯いてしまったわたしの脳天を突然カチ割るような奏士くんの「てっきり先生のお兄さん達かと思いましたが、そうですか違うんですね」ってイキナリの冷たい声に顔を上げれてみればオカシイな部屋内の空調壊れました?


「……奏士、くん?」

「先生は、少し気をつけた方が良いですよ」

「え? ナニをですか?」


 隣りに並んでいた奏士くんに顔を向ければ、少し俯き加減で、ぶかぶかのカーディガンのポケットから良い香りのハンドクリームを取って手に塗り込む姿ってコレもしやの女子力とやらで、わたしに不足しているものを、さりげなく良い香りを漂わせながら指摘アピールするとは……来ましたね早速のライバル宣言。

 歳上に憧れる年齢であることを足したり引いたり掛けたりしても、奏士くんの方が悠ちゃんと壱太くん狙いだったとは気づきませんでした一目惚れってヤツを失念しておりましたゴメンね奏士くん。


「奏士くんが、その可愛らしい仔猫ちゃんみたいな見かけに反して実は鬼畜なタチであるなら悠ちゃんを推薦したい、なぜって歳下の高校生にかされる悠ちゃんをコッソリ見たいからなんて口が裂けても……あ、口に出してまし……た? い、いひゃいでふ」


 数歩の距離をあっという間に寄せて来た悠ちゃんに、むにゅっと口元を掴まれましたよって痛いからヤメてください。普段はノンビリさんなのに、こんな時ばかりは素早いって反則です。


「紬衣をソッチの世界の沼に放り込んだ俺が悪いのかもしれないが、今は真っ昼間だから良い加減に目を覚まそうか?」

「よ、夜なら?」

「…………えっ」


 口元の手を払い退けて悔し紛れに憎まれ口を叩いてみればってナニでそんなに赤くなるんですか、さては悠ちゃん奏士くんとのアレコレを想像しましたね?


「……い、いひゃいでふ」

「紬衣の考えてることぐらい分かるし、言わなくても違うから。俺がアレコレ想像し……って壱太くん後ろからシャツ引っ張らないでくんない? 苦しいし衿が伸びるからヤメて」

「悠サン、ここ真っ昼間の学校だから。生徒さんもいるし、気をつけてください」


 そうでした忘れるところだったですよって奏士くんを見れば両腕を前に組んで笑顔ですね何で?


「僕の心配し過ぎでした。紬衣ちゃん先生は、そのままで良いですからね」

「……ハイ……って奏士くん? わたしには良く分かりませんが」

「大丈夫です。僕は、お二人のを見てその関係性が、どの様なものであるか良く分かりました。そういう訳なので、紬衣ちゃん先生は気になさらないでください」


 はい? 奏士くん? そのクピドの天使みたいに普段は可愛らしいその顔が、悪戯っ子みたいに笑っただけなのに何故に矢鱈と恐ろしく見えたのは、わたしの気のせいでしょうか。


 気のせい、デスよね?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る