2問目


さあ、ここで問題です。



 桃源郷とは俗界を離れた別世界であるとした理想郷のことでもあるとされていますが、その一方で、理想社会の実現を諦めた理念を示しているとも謂われております。


 どストライク見目麗しの御仁に耳元で愛を囁かれたのは、果たして恋愛に伴う妄想の実現を諦めた先にある夢物語であったか否か。


 目を覚ました後三十秒以内に答えなさい。



…………?


 あれ……?


 静かな部屋に微かな食器の触れ合う音や、なんだか優しいお出汁の香りが鼻をくすぐるここはもしかしたらもしかしなくても桃源郷ならぬ両親兄嫁が群雄割拠する実家でしたかしら……ってな訳ないです分かっていますよ何故ならわたしの掌や指先や唇が初めて触れたゆうちゃんの変態したアレやソレやコレで熱を出した後にって繋げて言うとちょっとコレ卑猥さが二割り増しになるのは曖昧な日本語の不思議さデスよねって感心をしながら思い起こすこと少し前、かのどストライク見目麗しの御仁の来訪にヲトロキのたまひてって……え?

 亡霊や幽霊や悪霊でなければ人影が視界を横切ることに、がばりと起きあがってみれば寝ていたのはソファの上でブランケットもちゃんと掛けられているというのはつまり「やっぱりアレも、夢だったとか?!」なんて夢落ちのお約束を叫んだら夢じゃなかったです。


「あ、紬衣ゆえチャン起きた? 勝手にゴメン。何か食べた方が良いと思って、うどん作ったんだけど食べれる?」

「桃源郷とは桃の花の香りではなく、お出汁の香りがするんですね」

「え、まだ熱あるのかな」


 壱太くんがその長い御御足でもってわたしに近づくと、おでことおでこをコツンって何ですかそのさりげない感じで目の中を覗き込むようにして笑うその顔もしやわたしにトドメを刺しに来たんですか?! と警戒しつつも甘いその声色かハタマタ漂うお出汁の香りか思わず涎が出そうになるし肌が触れ合う感触にぞくっとすれば冷えてピタりと貼ってあった筈のあのシートも消えてるしってアレ病人ぽくてお気に入りでしたがこんな風にコツンが待っているならもう二度と使わないとこの瞬間に秒で心に決めました。

 っは、ゼイゼイッふぉっゴホぉお。

 ……久しぶりで息切れします。


「もう、大丈夫そうだね」


 悪戯っぽく笑いながら顔を離した後わたしの髪を耳に掛けるその慣れた手つきにクラっとなるのはお腹がぐうっと返事をしたからにに違いありません。


「ありがとうございます」


 えへへと照れ笑いも出るってもんです。

 そんなわたしがソファから立ち上がろうとブランケットを退けて片方の足を下に降ろせば、それを見ていた壱太くんは「あ……やっぱり汗かいてる」っていきなり足元にしゃがみ込むとまた顔を寄せ手を伸ばして首から鎖骨に指をすっと走らせるって、え? い、壱太くん? どうしました?


「はい、紬衣チャン。バンザーイ」

 

 にっこり笑う壱太くんに誘われて思わず、わたしもニッコリしながらも頭の中はフル回転です。ソレは一体何ですかつまり世の中の皆さんが解熱を感謝する儀式がバンザイだったとか今まで知らなかったのはわたしだけだったら内緒にしておこうと思いつつ大人しくバンザイしてしまうのは日本人に組み込まれた遺伝子のなせる技か単なる幼少期の躾かって……えーーーッぬ、ぬ、ぬ、脱がされていますよ?!

 な、な、何?


 何が起きているのか分かりませんいや、嘘です。両手を上げたまま、もごもごとスウェットの暗闇から一転ずっぽと脱がされてみれば見目麗しい壱太くんの熱い視線がその目の前にあるキャミソール一枚のわたしの慎ましやかな胸の辺りをすっと撫でるように過ぎたのは気のせいでしょうか気のせいでしょうね。


「凄く汗かいてるから、シャワーでも浴びてきた方が良いよ」


 ふむ。了解しました。

 さては酷く汗臭いに違いありません。

 それと同時にキャミソールの細い肩紐がこんなにも頼りなく感じたのは初めてでしたって頼りないのもその筈いくらなんでもどうして今日に限って安いサンダル……じゃなかった何年も使用して程よく古くなって千切れそうな肩紐のついたキャミ着てる時になのなんてわたしにも恥じらいは残っていたんですねと悲しいDestinyです。

 

 俯くわたしの、そんな心の声が漏れていたかのように壱太くんの長く節のある指が突然剥き出しの肩にそっと触れ、ゆっくりつうっと撫で下ろすその感覚にゾクっと驚いて顔を上げれば「ヤバい。脱がすんじゃなかった」って!!?? どうしたんですかその上目遣いのちょっと怖い壱太くんの恐ろしい色香にあてられて鼻血が出そうですから。

 よもやまさかひぃぃそんなにこのボロボロの肩紐がお気に触りましたかスミマセンお目汚し失礼致しましたと慌てて立ち上がれば転びそうになるわたしの腕を掴んで助けてくれましたがソレ反則です。

 なぜって触られたところからぎゅうっとよく分からない苦しい物質の放流にバクバクと心臓が鼻から飛び出してしまいそうになるからですっていやホントお願いヤメテください。思わず赤くなってしまった顔を背けるわたしを下から見上げる壱太くんの掴む手に力が入っているのが分かります。


「あ、あの? 壱太くん? えっと……う、腕を掴まれると、どうしてか心臓が痛いのでヤメテください」


 あ、間違えた。

 正しくは鼻から痛い心臓が飛び出して来そうだからだったと言うべきでしたね。

 それを訂正することなくその後パッと手を離した壱太くんとは顔も合わすことなく思わず逃げるように浴室へ向かってしまったのはどうしてでしょう。


 どなたか教えてくださいませんか?





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