10問目
さあ、ここで問題です。
ご存知の通り記憶には『エピソード記憶』というものがあります。
感情が加わることで強く固定される『エピソード記憶』でありますが、夜寝る前に何年も前の失敗を不意に思い出し身悶えする人は、少なからずいるのではないでしょうか。
というのも、時にそれは『エピソード記憶』として固定するのみならず『不快であった』という感情が脳の防衛本能に働きかけ、忘れずに記憶しようと繰り返し思い出したりする『反復記憶』の所為であるとされています。
ではそこで、貴女が思い出すと眠れない出来事とは何ですか。
三百字以内に簡潔に纏めなさい。
……。
ゆ、ゆ、悠ちゃんが……悠ちゃんが。
わた、わ、わ、わたしに……。
ふわぁああああああーーー!!!?!?!?
ぐわばっと夜中に布団から起き上がり、ぎゅっと抱きしめた枕に顔を埋めて叫び声を押し込めてもお金が貯まるとかいうお金を払って買った壺に頭を入れてもソレでも足りないくらいですから……ああああああああ。
「紬衣、分かってくれた?」
ってナニですか?!
あの甘い囁きは何なんですかって……。
分かりませんよ全然分かりませんってか自分がコレまで分からなかったことが分かりませんよって……まさか悠ちゃんがそんなイヤラシイ目でわたしを見ていたなんてそう
そのうえ今まで見たことのない柔らかな笑みを浮かべた悠ちゃんの破壊力抜群な顔を思い出すとナニやら腰が砕けそうでわたしの骨盤の非破壊検査が必要なんじゃないかってくらいの……わああああああってないないないない!! アレはないですよ反則ですからあの悠ちゃんの顔は何なんですか? また同時にあ、あ、あ、アレも思い出して……ってまた枕に顔を埋めて叫びたくなるんですよナゼですかって子ども科学電話相談に年齢詐称して電話して聞いても良いですか? え? ダメですか? でしたら情動を伴う生理的反応について教えを乞うのはどうでしょうソレ子供がそんな質問しますかねってしないかなググったらありましたよ夜になると湧き上がる心配事……あ、ちょっと違うケド似たようなソレは良く知るわたしの通常運転です。ふう。
でもコレは、消したい記憶なのかな。
違う、と思います。
これまでの悠ちゃんと違うことに戸惑い困ってはいるけれど、消したいモノでも消して良いモノでもナイということは、ちゃんと分かっているんです。
そして恥ずかしいのは悠ちゃんの気持ちに気づかなかったからじゃないんです。全くナニとも思っていなかった悠ちゃんにキスされて意識しちゃっている自分が恥ずかしいんですってこんな時にソレすらもとことん自分勝手な気持ちしかない情けなさ過ぎるこんなわたしをずっと好きだとか悠ちゃんゴメンなさいと叫びたくなるんですよ。
あのとき悠ちゃんは見つめるその視線から逸らすことは許さないとばかりに、わたしの頬を微かに震える両手で優しく挟み、そのまま顔を持ち上げると意を決した眼差しを少し伏せ、ゆっくりと唇を合わせたんです。
最初は啄ついばむように軽く。
続けて唇を柔らかく喰まれたのは驚くほど気持ち良かったとかそんな反芻までしながらも思い出すのは再びわたしの目を覗き込むと柔らかく笑う「分かってくれた?」って悠ちゃんの言葉と顔でソレから……ってエンドレスリピートですよもうコレ何回も最初のところに戻るんですかって!!!
はわわわぁぁ。
うわーうわーうわーうわーうわーッ?!?!
しかも、それからマンションの前までどうやって帰ったのかまるで覚えがないんですからもうコレどうした事でしょう。
おそらく突然現れた黒いスーツの二人組が
ぜひお会いしたいと思っていたその二人組を忘れてしまったのはイタイですけれど、それよりナニより衝撃的だったのは別れ際に悠ちゃんが甘い表情で「紬衣。じゃあまた、な」って言いながら目元で優しくふッと笑ったと思ったら……屈み込み顔を傾けるようにしてほっぺにチュとかソレ誰えええぇッ?!
こんなところ悠ちゃんが手を付けたり手を出したり思わせぶりにしてた誰かに見られたらヤバいから刺されますからって思わず辺りを見渡しているわたしを見ながら悪戯な笑みを浮かべて言った悠ちゃんの言葉にまた絶句ですよ。
「俺は別に気にしないし、見られてるのも却って凄くイイから大丈夫」
って……!!
ふ、ふわぁああああああーーー!!!?!?
誰ですか? アレはホントに悠ちゃんなんでしょうかってソレばかり考えてしまうんです。
さらにソレを思い出す度に、不正脈が……って、不覚にも悠ちゃんにドキドキしている自分がいたりしてって、ちょッろ!!
ちょろスギませんか、わたし。
ナニですかあらゆる妄想のお手本としてまた恋愛のテキストとして用いていた筈の数々の漫画を読んで、ははーんこんなんキスひとつで簡単に人のこと好きになったり意識したりしないですよって軽くディスりつつ脇腹掻きながらお煎餅バリッバリ頬張っていた過去のわたしを笑うどころか張り倒したいソノ漫画の主人公よりも遥かにちょろい自分にドン引きですよ。
それに加えて今朝起きてみれば発熱ってナニですか……病院で検査をして鼻の穴の奥深くナニなら脳まで刺さってやしませんかソレって細い棒にイケナイところまで蹂躙された挙句に血液検査までして目ぼしいウィルスに毒されていないと分かったコトから導き出された結論。
……そうです。
おそらく昨日、普段と全然違った悠ちゃんに憑いてた禍々しいモノが今わたしにツイてるんですよヒェッ。
それとも悠ちゃんがこれまで浮名を流してきた数多の
アレクサ加持祈祷をお願い。
……?
随分と軽快で爽やかなキャッチーでポップな加持祈祷ですねってカジヒデキだから思わずググっちゃってますしコレ聴いたらマントラに通ずるモノがあるってナイからアレクサ違うよ間違いですから最初の二音しか合っていないなんてそんな雑な仕事ぶりにもビックリですよ。
雑と思えばそのくせ時々勝手にテレビを点けたり曲を流したり意味深な笑い声を上げるってソレやめてほしいです。
ああ、どうやらまた熱が上がってきてしまったようです。
認めたくはありませんがコレって……もしや知恵熱ってヤツですか?
坐薬はまた吐き気があって水が飲めない時までお楽しみにとって置いて下さいって薬剤師さんが言ったような気がしますが、熱で朦朧としていたので定かではありません大人しく解熱剤飲んで寝ます。
せっかくだからと冷却シートをオデコに貼るとぐっと病人感が増すのは何故でしょうやはり人は見かけが八割ってヤツですかね。
……!
部屋から前のインターホンって……アレ? 映し出されるモニターには見目麗しの
モニター越しでは見えないと分かっていても取り敢えず胸元がポロリしていないのを確認してから対応です。
「……ハイ?」
「あ、紬衣チャン居たんだってことは仕事休んだんでしょ? 大丈夫? 悠サンから良く分からないメッセージが届いたから、とうとうナニかあったんじゃないかって……オレ今日、仕事休みだったから気になっちゃって」
わたしのメッセージが分かりづらいと普段説教する悠ちゃんも壱太くんにあってはこの言われよう。一体どんなメッセージを送っているのか気になりますねってコトで立ち話もナニですからどうぞと部屋に入って貰うことにしました。
玄関を開けるとナンテことでしょうどストライク見目麗しの御仁である壱太くんから射す眩しい後光が……って昼間でしたね。
「……紬衣チャン。大丈夫? あー、こんなこと聞くのもアレなんだケドいや、まさかとは思うんだ……でも思い切って聞かせて。悠サンから無理ヤリとかないよね?」
ん?
第三章 美容師の覚醒へ……続く。
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