5問目



それでは、問題です。



 敵とは即ち自分の利益の達成を阻害している相手を指し示す言葉でありますが、恋敵こいがたきとはまさにその真髄に触れるモノであり、またこの場合の利益とは神仏の利益りやくに近く、恋煩う相手からの幸福や恩恵を得られるコトを意味します。

 


 闘うには何事に於いても戦術が必要とされるのは自明の理でありますが、さてそこで兵法三十六計の第十三計『打草驚蛇だそうきょうだ』とはどの様な戦術でしょうか。不用意・不必要な行いは逆に思わぬ対抗措置を招くことがあるという戒めであることを踏まえ、それにあたる日本の諺を用いて答えなさい。



……。



「あ、寝てる」


 見れば紬衣ゆえは、どうやって呼吸しているのかと思うくらいにテーブルの上に突っ伏した格好で寝落ちしてるのを……って、ええ? 壱太いちたくんとやら、なんだよそのイヤらしいくらいに優しげな眼差しはソレもう紬衣のこと好きになりそうとか好きかもしれないじゃなくて完全に好きでショ?! いやまてまて、好意には色々な種類があるからしてこの場合はソレが恋であると一概にそうとは言えナイんじゃねぇのって……どうなの?


「あのさ、なんで……壱太くんは紬衣を構うんだよ? 自分を拾った変態なんてフツーじゃないヤバい奴じゃん。勘違いされるよ? こうやって相手したりしないで少し距離を置くべきじゃないの?」

「なんでって、そりゃフツーとは違うけど……イロイロ可愛いじゃないですか。それに少しは勘違いして貰わないと」

「……ッ?! か、かわッ可愛い?! それ本気で言ってる? 妄想癖があって挙動不審で友達も居なくて知らない男拾っちゃうんだよ?」

「え? だって、友達いないのって悠サンの所為せいでしょ?」


 こ、コイツ。紬衣のこと可愛いとかそんなどストライクに紬衣好みの顔面の偏差値高いヤツがもしかしなくてもマジメにナニ言っちゃってんのコレ本人には絶対に知られる訳にはイかないってやつだし。

 ソレより紬衣に友達がいないって? 


 そうだよ紬衣には俺しかいない。


 いつだって紬衣が一人で孤立してたのは俺しかいないように仕向けたからなんだけどそのことに疑問を抱かせないようにする為に幼稚園で出会った頃からずっと、その努力をどんな時も惜しまなかったのは紬衣が可愛いといちばん最初に気づいたのが俺だからだ。


 紬衣の良さは俺だけが知っていれば良いんだ。花は咲くから香るんだろ? だったらこんな綺麗な花は咲かなければ良い。誰も気づかなければ良い。そうすれば花の存在は俺だけの秘密に出来る。ずっとずっとそうやって大切にしてきたのにそれでも中には、紬衣に興味を持ったりするヤツが居るから厄介なんだ。それでなくとも、この男は……紬衣が自分から手を伸ばして拾って……って、あーもうコレ間違いなくまさに人生最大の危機ピンチでもしや最悪で最高の好機チャンス? なの? いや、そうなんだよ。分かってる、分かってはいるんだ。まずは紬衣に俺を見て貰わないとイケないって、でもココからどうやって紬衣にハメ……間違えた、選ばれんのよってソレより壱太くん紬衣に勘違いして貰うとかナニ言ってくれちゃってんのマジですか。


「え? ナニそれ。壱太くんは紬衣が好きなの?」

「あー……それって悠サン関係あります?」


 ……ナイな。

 お前の気持ちは気持ち悪いだけで俺には全く関係ないケド紬衣だよソコに紬衣が関係するから芋蔓式に関係しちゃうんでショ。

 ってぎゃっ、おッお前ナニしてんのそれ。

 そこで紬衣の髪触ることナイよね? 寝てんだよ寝かせとけよ、つか触るなよ。何その優しげで繊細な手つき美容師だから? それともナニか? 後でしっかり消毒しないとって今はそれどころじゃない。


「壱太くんは紬衣のナニを知ってんの? 俺は紬衣のことなら何だって知ってる。ぽっと現れただけの人間が、可愛いとかで紬衣を気にするのってどうなの?」


 そう、知らないコトなんて無い。

 紬衣の好きなものも嫌いなものも身長も体重もスリーサイズどころか身体の部位は採寸表に隈なく記載することも出来るし全部の指のサイズだって、なんなら紬衣の胸が膨らみ始めた時も初潮の来た日どころか初めて上下が揃ったレースの下着を着けた日も、最初に紬衣にラブレター書いたやつも最近では紬衣にちょっかい出してる同僚の住所氏名も、知らないのはこの前聞いたばかりの大学のサークルの飲み会で王様ゲームの時に紬衣にキスした奴くらいだってこれ改めて言葉にするとヤバいよね盗撮とストーキングしてたら完全にアウトだなってことはギリセーフ?


「……や、完全に華麗な1.2.3のダブルプレー決まっちゃってますよ。その綺麗な顔して真面目にそんなこと言われたらホラーでしょ」

「と、言うわけで早々にお引き取り願いたいんだよね我堂壱太くん」

「ははッ。うわー。こうしてみると、悠サンのが結構ガチでヤバいって感じですか」

「ね? だから悪いコトは言わないから回れ右する良い機会だろ?」

「いや、それ大丈夫ですか? それ聞かされたら却って心配するでしょ。悠サンの為にも良い機会だから、そろそろ紬衣チャン離れして大人になりましょうか。紬衣チャンから手を離して、悠サンは自分が持ってるその諸々のハイスペックが無駄になってるのをまず、どうにかしたら?」


 え? なんなのコレ?

 今までにないこの新しい切り返しフツーはこの辺りから身の程を知ると同時に俺を知って引いていくんだけどって……。

 いやしかし、ここで俺が引いてどうする。


「この間酔い潰れて紬衣に置いていかれてからもう確実に色んな意味で大人だから俺のことは気にしないでくれて大丈夫。それに紬衣にヤキモチ妬かせたくて他で充分に遊んだけと成果が上がらなかったのは、ちょっと拗らせ過ぎただけだからってことでその心配も御無用。何故ならこれらあくまでも俺が喜んで責任取る布石だから」


「や、どう見ても拗らせてんのは紬衣チャンじゃなくてアンタだけでしょ? ってことは……へぇ?」


 アレ?

 こんなコト言う人ハジメテ……って壱太くん俺の呼び方変わってナイか? つまりソレって藪を突いたってヤツですか? え?

 ってコトは、もうこうなったらナニを構ってばかり……じゃなくて形振なりふりり構っていられないっていうことだよなってソレそこでまた紬衣の髪触るなよクッソむかつくなおい。

 

 

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