12問目





「……触りたい」

「え?」


 たいそう驚いた顔で壱太くんが、わたしを見ていることに気づきました。ややっしまった参りましたどうやら声に出ていたようです。

 触りたい。

 突如として湧き上がったこの気持ちを、どうしたら良いのか分かりません。少し話をしただけなのに壱太くんのことを知りたいもっと表情が変わるそれを見ていたいもっともっと側まで行って近づいてその身体を触りたい。正直に言ってなんなら顔を埋めて匂いを嗅ぎたい服を剥いで舐めて吸って噛んで齧って味わってみたいという本能が叫んでいるようなこの気持ちは、何でしょう。

 そんなこんなでなんならどうです思わず顔が赤くなってしまったのを自分でも感じて不自然だと分かっていますが見られていることがまたどうにも居たたまれず、この場から逃げるように立ち去ろうとしたその時。


「ねぇ、ちょっと待って」


 壱太くんに、ぐっと腕を掴まれ引き留められた途端わたしの胸は鈍器で殴られたような衝撃を感じました。ここに来て、ま、まさかの魔導師? でなければ何ですか?


 もしかして美容師は世を忍ぶ仮の姿で本来の姿は魔導師として不思議な術を用いて闇の暗殺稼業を請け負う必殺仕事人みたいに、悪事を働いたわたしを殺すつもりなんじゃないですかね? 

 ひえッ?! ……あ、悪事なんて、そんなまさか貴殿が眠っていらっしゃる間にわたし自身が酔っているのを言い訳に好奇心に負け、おパンツの中を覗いたことは墓場まで持って行くささやかな冥土の土産のつもりだったのに、よもやバレていました? フィット感抜群のボクサーパンツの中でくたりと優しさに包まれるように眠っていらしたそのモノの第二形態とは一体どのようなモノであるのか変化、いえ変態するサマその過程を是非とも目にしたいという生物学的探求心はあるのですが耳元で『Change Yes We Can!』と力強く囁く悪魔がいても、そこまではさすがに出来ませんよと稀少な恥じらいを総動員し逸脱しがちな道徳を軌道修正しながら涙を飲み滴るヨダレをひっそりと流したわたしを殺すんですか? 


 なぜなら、こうして腕を掴まれただけだというのに何かの毒が体内に入ったような気がしますのよってまぁ凄いソレってお肌に浸透するナノより小さい最新型ピコなんちゃらって言うらしいですわ奥さまアラまぁホント服の上からでも凄い効果を発揮するんですのねえホラご覧なさいなその証拠に段々と胸が苦しく息が出来なくなってきていますわって違うか、違いますね。


 ……ふぅ、苦しいです。

 色んな意味で。


 毒や秘術でなければなぜ、こんなに息をするのがつらいのでしょう。

 いくらわたしにとって間近で拝める稀少価値どストライク見目麗しの御仁とはいえ、隙アラバこれ幸いと遠慮とは無縁にベロベロ舐め回すように見ていたそのご尊顔でさえ今は直視することが出来ません。


「アンタ、さ」

紬衣ゆえ、です」

「……紬衣チャンは、さ。いま触りたいって言ったよね? オレに触りたいの? これ言うのすっごく恥ずかしいんだけど……もしかしてオレのことが好きだとか? そうじゃなければ何ソレ勘違いしちゃうよ?」

「えっ? 好き? 好きっていうのは恋とかそういうことですか?」


 好き? 恋?


 ファスナーの閉め忘れにご注意したことで隠匿した悪事は気づかれていないことに安心しましたが、それを言われて初めて気づきました。わたし、これまでなんならソッチの知識ばかり増えその知識を駆使する妄想ばかりに明け暮れ、現実の世界で実際に触れ合うことの出来る誰かに特別な好意を持つ、それらすなわち、すわ心筋梗塞か大動脈剥離かと勘違いするほどに胸を痛める恋というものをしたことなどあったでしょうか? 

 てか、恋人とやらの存在に憧れはしたけど周りにいる人に対して具体的ナニを妄想する興味を持って全然見ていなかったんじゃ? んん? なんだかとても語弊のある言い方になってしまいました。これじゃまさしく正真正銘の痴女認定されても仕方ありませんが、とにかく周りに目を向けていなかったことは確かです。


「そう、それ。オレのこと会ったばかりでお互いのこと何も知らないのに? 触りたいとか簡単に言ったらダメだよ」

「……えっと。すみません。正直に口にして言ってはイケナイことでしたね。それと……恋のことですけれど、わたし……」


 分かりません。

 いい歳してこんなこと言うのはおかしいのですが、分からないんです。

 恋とは、それは誰かに対する特別な感情であるということを知識として知っているだけで実際にはどのようなものなのか、わたし自身よく分かっていないことに、たった今気づいたくらいですから。

 でも壱太くんに対しては身体をくっつけてずっと匂いを嗅いでいたいとか、見つめられるとゾクゾクして触られたいとか触れてみたいとか思う不思議な気持ちはありますけど、それを恋と呼べるのか、どんな理由があってどこからくるものなのか、それはただ動物としての本能からくる生理現象的反応であるのか全く分からないんです。

 

 その時、わたしを引き留める為に腕を掴んでいた壱太くんの手がすうっと撫で下ろすように動いて離れていきました。


「紬衣チャンって面白いね」

「そこは変態だねっと言って頂かないと」


 わたしを見て、目だけで笑う壱太くんは凄く……なんて言ったら良いんでしょう? 色っぽい? そう思ったらなんだか腰の辺りがゾクゾクと粟立ち、そわそわして落ち着かないので「質問があります」と殊更に姿勢を正しなんなら自衛官の皆さまにも引けを取らないそのきびきびとした動きで挙手をしました。

 壱太くんが頷くのを見たわたしは……ええ、そうですこの後少し調子に乗りました。けれど少しくらいは良いでしょ? なぜなら聞いてみないことには人の気持ちなんて何も分からない初心者なんですから、わたし。


「えっと……ソレってもしかして壱太くんは、わたしを好きとか? そうじゃなくても、わたしとのナニかを妄想して興奮しちゃうとか?!」


 わたしの言葉に、ふはって可愛く笑った壱太くんがその直後に見せた甘い顔に思わず腰が砕けそうになっていると、その顔のままゆっくりと近づいて来て身体を屈めると耳元でそっと囁くように言った言葉は幻聴でしょうか。


「いや、それはまだ全然……でも、この先はそうだね……もしかしたら紬衣チャンで興奮することもあるかも」


え、マジか。


 わたしに触れそうで触れないもどかしくも近くにある良い匂いのする彼の身体と見目麗しい横顔に浮かんだその悪戯そうな笑みを見て喉のあたりが、ぎゅっとしたのは何故でしょうね。

 もしかしてコレって……。



 どなたか宜しければ、教えて下さいな。





 紬衣が落ちていたどストライク見目麗しきイケメン男性を拾った土曜日午前三時から始まったこの物語は、長い一日を終えようやく日付けを跨ぎ日曜日を迎えようとしています。


貴女はこの続きが気になりますか?

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