10問目
さあ、ここで問題です。
肉に脂に炭水化物の罪悪感から野菜マシにしたとはいえ背脂こってりの背徳的ラーメンに身も心も委ねてお腹いっぱいニンニク臭を撒き散らしながら夜の住宅街を歩いています。
空を見上げてみれば、そこには輝くまんまるのお月様がありました。
それを見て言うべき言葉は何でしょう?
思いついたことを直ちに答えなさい。
……。
「あ、見てみて。悠ちゃん、お月様が!」
「……ん、ああ。それってアレだろ? つ、つ月が綺麗で……ッ」
「バニラアイスみたいですね? カップのやつ食べたくなる……ってどうしました? もしや悠ちゃん食べ過ぎましたか?」
夜目にも分かる見慣れたとはいえその嫌味なまでに秀麗な顔を赤くし、もじっとしたその様子……。分かりましたよ、悠ちゃん。アレですね? そうですよね? だてに幼い頃から一緒にいたわけじゃありません。ここまで二人でいることが当たり前に自然だったせいで恥ずかしくて今まで口に出来なかったことを、わたしに代わりに言わせて下さい。
「ウンチしたくなった? もうすぐオウチに着くから我慢して下さいね」
「……!!!?」
え? え? 違う? 違った?
悠ちゃん食べ過ぎたんじゃないんですか? お腹弱いですよね。ええー? そんなに怒らなくても良いじゃないですか「バカなの? 変態なの?」とかそんなこと言われたらなんなら喜んじゃいますよ? ……じゃ、なかった。ゴメンね? だってなんか今日いつもの悠ちゃんじゃないみたいで、嫌なんだもん。それってもしかして……。
「まだ怒ってる? 昨日酔い潰れた悠ちゃんを見捨てて帰っちゃったの……困ってたら近くに座ってたちょっとガタイの良い低い声の女の人が悠ちゃんの面倒見てくれるって親切に言ってくれたから、お言葉に甘えてそれならいっかなぁって……良くないです。良くなかったですよね。ひょっとして、わたしの期待どおりに未知の世界を覗いちゃいました? ……う、すみません」
無言で怒る悠ちゃんの隣をとぼとぼ歩いているとなんだか二人で迷子になった小さな頃を思い出して少し心細くなります。そういえば迷子のきっかけは大きな迷い犬に追いかけられたことでしたっけ。あ、また何か嫌な顔しましたね?
「……
「なんでいきなりそんな話になるんです? 解放感に満ちたこの一人暮らしをやめて兄夫婦が同居する為に立て直した二世帯住宅の真新しいノスタルジックの欠片すらない実家に帰れと? ないないない。小姑マシマシってそれ歓迎される要素一切ナイですから」
いやまあ解放されすぎちゃって拾ってはイケナイものを拾ってしまったかもしれませんが拾い喰いは三秒ルールがあるのでって、どんな話の流れから唐突に手を繋いでいるんです? 悠ちゃん? 怖がりなのは知っていますが、こんな住宅街にオバケなんていやしませんよ。いるのは変態さんのホラ見てご覧とご開帳してくるなんなら哀愁漂うお腹周りくらいですよ。
え? しっかり見過ぎ?
「……だったら、さ。一緒に暮らす?」
「イヤですよ。なんで悠ちゃんと一緒に暮らさなくちゃならないんですか」
昨日悠ちゃんを預けたお姉さんはオネエさんでやっぱり実のところ未知の扉を開いたとかそんな話ですか? 悠ちゃんが幸せならどんな幸せでも良いんですけど一人悩むのだけはやめて下さいね。面白いとこ見逃しちゃうから……じゃなかった心配だから、ね?
「俺だって心配ぐらいするよ。つか、気づけよモロモロいい加減。それにまさか…まさかとは思ってたけど見ず知らずの男拾うってあり得ないから、それ。良く無事だったと思うよ。頼むからさ、紬衣も普通に女だって自覚しろよ」
「えー? 悠ちゃんいつも言ってるじゃないですか。わたしなんか女として誰からも見られてないって。それにそれこそお色気ムンムンの魅力は皆無です」
「バッカそんなの魅力のあるなしじゃなくて男は入れるあなあ……ぁーあーあっ見ろ! コンビニ! 寄ってくか」
悠ちゃん、聞こえましたよ穴ってソレ言っちゃってますから色々アウトですから。あ、言ってるのわたしか。じゃあギリセーフで。
とはいえ夜のコンビニって好きです。
気分の良い時はピカーっと明るい店内にふらふらと誘われて鼻歌交じりのお祭り気分で新商品とか冷やかしながら、なんならこの棚買い占めちゃうゾと
逆に落ち込んでる時は眩しすぎる店内に目をショボショボさせながら棚の前でじーっと立ち尽くし背後にいるリア充にささやかな嫌がらせしてちっさ、わたしちっさ、と器の小ささを改めてしみじみ思ったりする空間。
「このアイス好き。悠ちゃんは何にする? あ、お腹弱いんだった。脂ものの後じゃ大変なことになりますね。じゃ、わたしだけ食べまーす」
この時間帯にちょくちょく
あれ? なんでしょう? 今、何か引っかかるものがあったような?
「ホラさっさと行くぞ。っとにムダに誰にでも愛嬌を振り撒くなよ」
「……悠ちゃん。わたし、どうして友達がいないんですかね?」
「え? とうとう気づいた?」
「それって……」
悠ちゃんのいつになく真剣な眼差しが、わたしに何かを告げています。その眼差しは中学生の頃から度々わたしの下駄箱に不幸の手紙が入れられるようになったのを心配していた時に似ていました。自分が不幸にならないために十人の友達に不幸をばら撒かなくてはならないアレです。ぶっちゃけ友情の確認なんだか単なる不幸への道連れなんだか良く分からないアレです。その頃から友達がいないわたしを不憫に思った悠ちゃんは読んだら不幸の始まりだと読む前に全ての手紙を代わりに引き受けてくれましたね。おそらく、それです。不幸が無ければ幸福もないんですってこの理由良く分からないけど。
「名ばかりの友情と引き換えに不幸を押し付け合う手紙を貰わなかったからですね? だから悠ちゃんには友達がいて、わたしにはいないんだ」
「え? まだそれ信じてるの? 馬鹿だなぁ。そんなのアレはら…らら、、らー、ららッらー、らーららー」
「悠ちゃん? 壊れた? 何いきなり歌当てクイズ? そこにもしや答えがある?
えっ……あ、スラムダンク? 校長先生の名言、あきらめたらそこで……って言いたいんだね? 悠ちゃんありがとう。随分遠回りに慰めてくれて」でもそれ、違うよ。歌ってる人は一緒だけど、らららってスラムダンクじゃないから。歌わせておいてアレですが可哀想なんでそれは教えないでおきますね。
でもまあそうです何ごとも諦めたら終わりでした。しかし心から友達が欲しいかどうか聞かれたら今更感満載でどーでも良いかな。あ、恋人は欲しいです。思春期を過ぎた頃からわたしに一度もサンタクロースが来ないのは部屋に煙突が無いからじゃなくて恋人がいないからだってサンタコスの真の意味はナニかを教えてくれた同僚が言ってました。
とか何とか喋っているうちにわたしの部屋のあるマンション前に到着です。じゃ、またと軽く手を上げたわたしにハイタッチすると見せかけてぐいっとその手を引っ張るのヤメテ転びそうになるから。
「なぁ、紬衣。今日……泊まっていい?」
「ヤダ」
「瞬殺かよ。なんで? 今までだって泊まったりしてたじゃん」
いやそれ言ったらそうですけど、今までそんなこと聞いたりしたこと一度もありませんでしたよね? 呼んでもないのに勝手に来ては泊まるのも帰るのもまるで気儘な猫のように寛いでいたじゃないですか。それなのに、わざわざこうして普段と違って宣言するにあたりそこに何かの罠が潜んでいるに違いない、と第六感が不穏を告げている気がするのは何故でしょう。
「ですからなんで?」
「んー。なんでかってそりゃあ紬衣を待ってた今までの自分が悪いんだけど全く自覚しなそうだし、そろそろ本気にならないとマズいなって思ったからかな」
そう言いながら笑いかける月明かりの下で見る悠ちゃんの顔が、わたしの目にいつもとは違って映りました。わたしが変なのはいつものことですが、なんならご飯を食べに部屋を出た辺りから悠ちゃんは変だった気さえしてきます。それに月で思い出しましたが何か言いかけていたような。
「とりあえず、今日は上書きだけでいいや」
上書き? ん? それって……。
肉食動物が獲物を見つけたその間合いをとる様子に似たゆっくりとした動作で悠ちゃんの顔が近づいて来ました。
逃げられない目を逸らしたら食べられてしまいそうです。
ああ、それにしても悠ちゃんって睫毛長いんだよね見慣れた顔だと思ってたけどこんなに間近で改まって見ると女装とかしたら綺麗に仕上がりそうって……え?
……。
ばちん!
いッた、痛いよ。
何なんですかデコピンされましたよ?!
手の甲でおでこを摩りながらあまりの痛さに涙で滲む目のわたしが見た悠ちゃんの方こそ、なんだか今にも泣きそうな顔をしているのはどうしてでしょう。
そのあとすぐ無理矢理に笑顔を作ったような悠ちゃんが言ったのは「と、思ったケドあの男に乗せられたみたいでムカつくから、やめとくわ。じゃあ、オヤスミ」でした。
これまでの話の流れから、上書きとはどのような行為を指すのでしょうか?
十五文字以内で簡潔に述べなさい。
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