9問目


さて、どうやら問題がある。



 予約の客を全部終えたら申し訳ないけど体調が悪いと、その他の仕事もアシスタントの指導も放り出して今日は帰らせて下さいと店を後に帰宅することにしました。普段なら自宅に戻るのは大抵二十三時頃ですが、今日はまだ二十時です。



 まだこんな時間だし、もしかしたらあの紬衣ゆえとかいう女とばったり近所で出会でくわさない可能性はどのくらいだろうか?



 ……。


 自宅前に辿り着くより早く答えが出た。


 今朝、オレが出て来たのは確かこの扉だったんだよなって前通り過ぎるときに開いたらその偶然に運命的なもの感じるくらい驚くね、なんて思っていたその時。


 ガチャ。


 扉の向こうからオレを認めてあの約束を思い出したらしく、はっとした顔で開けた扉を閉めようとしている紬衣ゆえを見た途端、思わず咄嗟に手が伸びてその扉を掴んでいるってなんだよコレ? 冗談にも運命的とかのたまってたせいなんだろうか?

 びっくりしてる顔もなんだか可愛いなとか今、考えたりしちゃっては断じていないと自分に言い聞かせようとしていると部屋の奥から男の声がしたと思ったらすぐにその人影が紬衣の背後に現れた。


 誰……?


 誰って誰だよ。

 オレのことを睨みつけるその顔と、紬衣の固まっているその感じからコイツはもしかして紬衣の彼氏か? いや、あの部屋に男の気配は皆無だったしその上あんな格好でふらふらオレの前を歩き回るわ男拾っておいて何も考えてなさそうな、何なら唇を合わせた感じも慣れていなそうだったからコレ違うな。


 ってことはこの男、兄とか弟とか? いやそれも違うな全然似てないし、もしかして紬衣のことを好きだとか? ふうん? 


 なんか男のオレから見てもコイツはあの腐った西脇みたいなモブなんかじゃなくて、圧倒的なモテ部類のメインキャラだよなぁ。

 それがなんでこんなって言ったらなんだけど、こんな紬衣の背後でそんな顔してオレのこと見てんだ、へえ?

 ちらと紬衣を見下ろせば、どうやら今朝のあの無料開放日に見放題すぎてどこ見たら良いか分からない、いやホントのこと言えばなんならたいして見るとこないし見るとすれば決まってるよねヤラシイやつ一択ってくらいサービス過剰かどうか微妙な格好から着替えてるみたいだけどもしかして、あの姿コイツも見てんの? それってどうなの。

 危機感持てよって説教したしコイツがいつ来たのか知らないけどなんかそれ思うとムカつくのは何でだ。

 まあとりあえず紬衣はコイツのこと何とも思ってなさそうだしってなんなんだこれ、オレこの変態女なんてどーでも良い筈だよな。それなのに紬衣の背後にいるコイツがオレを睨んでくるのが面白いような面白くないような……。なんて考えていたのがマズかった。よく分からない感情のまま思ってもいないようなあながちそうでもないような台詞が気づいた時には口から飛び出しているのは、この変態女と関わり合いになってしまった何かの因縁だろうか。

 

「金輪際近寄るな話しかけるな、とは言ったけどオレからは近寄らないとも話しかけないとも言ってないから」


 ふッと誰に向けてか鼻で笑って扉から手を離した。

 扉がパタンと音を立てて閉まる。


 ええーっ?

 とはいえ何言っちゃってんだオレ?


 そして閉まった扉の向こうが気にならないこともないが、閉まっちゃったものは仕方ないしってオレ今、さっき、何を言っちゃったんですかねしかし。ここは優しく笑いながら、おくちチャックね、とかって言うんですかね? 先生なら。

 それより違うところのチャックを確認した方が良いかもしれない。っていやいや。まあ、社会の窓は社会に貢献するために開けるものだから……ってオレ大丈夫か? 


 疲れ過ぎは、良くない。

 今はっきりと分かった。


 よろよろと歩いて部屋の前まで来ると鍵を開け玄関すぐでへたり込むようにしゃがみ込む。がしがしと頭を掻き回した。

 いーやとりあえず風呂入って、寝よう。

 靴を脱ぎ部屋に入って窓を開けて空気の入れ替えをしようとしたところで、外からあの変態女の声が聞こえてきた。


 アイツら出掛けるところだったみたいだな、そーいやと思いながらまた変態女こと紬衣ってやつのことを考えてしまいそうになっているのはオレに何か問題があるんだろうか。

 

 それともあのコーヒーに何か入ってたんじゃないだろうな?


 

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