7問目


さて、どうやら問題がある。



 あの後、部屋を出て驚きました。自分の部屋が同じフロアのなんなら今、出て来た扉のたった三つ先だという事実を知ってしまったからです。


 これからこの先、今までのようにあの変態女と顔を合わせることなく生活を続けられるかどうか?



 ……?

 って顔を合わせないことのソレは、本心から望んでいるかどうなのかとなにゆえ自問しているオレがいるんだろう。


 まさか、これからも偶然ならちょっと会っても良いかななんて思ってる? どんな偶然があるのかは知らないが珍獣を手懐けてみたいとかそんなタイプの人間だったかオレって違うよね。


 ナイナイナイ。ないから。


 それなのに自分の部屋に帰りシャワーを浴びて服を着替える間も、なんならサロンに出勤して朝礼が行われている最中にもあの変態女を思い出している自分に、恐ろしくなる。


 正直言って知らない男を自宅に拾い上げるあんな女は気味が悪いと思う。オレがあの女に何もされていなかったのが奇跡みたいだったって言うのはオレの方が何かするんじゃなくて、それはあり得ないから。それ犯罪。ダメ、ぜったい。とはいえ最後にやらかしちゃってるのは……あーうん。まあ、あまりの疲れに部屋に行き着かずに寝落ちしたオレがこれ言って良いことじゃないかもしれないけど、いやないだろ普通。……拾うか?


我堂がどうさーん? あ、凄〜い。本日予約のお客様も、すんごいぎっちぎちでぇ〜なんなら休憩とかも無理っぽくないですか?」


「だから何?」


 つらつらと考え事をしながら本日の予約客のリストを眺めていたとき、フロントの予約管理を任されているアシスタントの松永がオレの身体に全然さりげなくないその手つきでサワサワと撫でまわすように触りながら少しだけ形だけ小声になって言うのは、くだらない戯言だった。


「昨日だって遅くまでアシスタントの指導してくれたじゃないですかぁ〜。あたしマッサージはすっごく上手ってお客様にも褒められるんです。だから今夜は仕事終わったら我堂さんにあたしのマッサージの練習兼ねて色々してあげたいなぁって思うんですけどー。どうかなぁって」


 松永は自分がいちばん可愛く見える角度でオレを見上げながらそっと、身体を擦り寄せて仕事を始める前から仕事終わりに何をするんだかナニをして欲しいんだか匂わせるのは、勘弁して。それに店の皆さんこのやりとり聞いてるから、確実に。


「あー。いや疲れてるから今日は仕事終わったら真っ直ぐ帰るわ」


 って何でそこで松永が不貞腐れんだよ? 付き合ってないし、そもそもオレお前に対して何の感情もないんだけど。

 先輩スタイリストの西脇がオレを睨みつけているその視線を後頭部に感じながら、松永の身体をそっと追いやっているとこれ見よがしな声が聞こえてきた。


「顔が良い奴は、それだけで客取れんだもん得だよなぁ? 誰とは言わないけどスタイリストは技術の良さを認められて一人前なんだって分かってるよな」


 クッソくだんねぇこと大きな声で言ってる西脇が松永狙いなのは知ってるけど、そんなこと言うからたいしたことない顔面偏差値の癖に格好ばかりつけて余計自分を下げてるだけのモブで終わるんだよって言えたらどれだけスッキリするか試してみたくなる。

 いやマジで。

 それ言ったら終わりだって分かってるから言わないだけですから。


 今朝あの部屋で飲んだコーヒーが美味しいと感じたのは、あの紬衣ゆえって変態女がオレの周りにいる人間とは違いすぎる人種だったからかもしれないと思った。

 無防備で真っ白でいや、なんなら身体も色白でピンポイントに桃色だったけどそれはちょっと置いといて、なんだよ最後に笑って見せたあの顔は反則だった思わず唇をってアレ気持ち良かったなとかモロモロ含めてポロっと反芻してるオレどうした?!


 それは最悪に疲れているせいだと言い訳がましく自分に言い聞かせていることに早くもどこかで気づいてしまっているのが、今のオレの問題だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る