衝突と唖然
「けいの意見には納得できない」
「こっちだって一緒だね」
幸孝と食事に定期的に行くようになって、翼とわたしはそれぞれ内定先が決まり、残りの大学生活をそれぞれ過ごしていた。この頃、わたしと翼は会えば話すのだが、結局何かどうでもいいことで言い合いになり、プチけんかをする謎の仲になっていた。わたしがゼミの女の子にいじめられたと言えば、
「それってけいも何か悪いことしたから、そういうことされんじゃん?」
と聖職者のようなものの言いぐさをする。わたしはそれにキレる。翼は博愛主義者なのに人の気持ちに寄り添えない。は、なんだそれ、じゃあ被害者が悪いから犯罪は起こるのか、みたいな感じでいつも壮大な話にまで発展する。
別の時には、難民問題でも言い合いをし、
「けいって薄情だよね」
「ふん、理想主義者め」
この時本当は翼に怒りたかったのかもしれない。それができなかったからつっかかったものの言いぐさだったかもしれないが、なぜ翼もわたしにつっかかるようなものの言いぐさだったのだろう。売り言葉に買い言葉?
この日はバイト終わりに曾根田と翼と3人で晩御飯を食べに行くことにしていた。本当は翼となんてごめんだったが、曾根田が前々から楽しみだったこともあり、断るに断れなかった。しかも店を決める際も、
「赤からにするって言ったじゃん」
「なんで夏に赤からなんだよ? おれ焼肉がいい」
「夏の鍋は最高にうまいよ」
「まあまあお二人とも」
と何を食べるかでひと悶着。ちなみに赤からというのはみそベースの辛鍋で、愛知ではメジャーな居酒屋だった。結局、翼の案は翼が具体的な店の名前を提示しなかったから、そのまま赤からになった。
「じゃ、かんぱーい」
今日はただのウーロン茶を飲む。翼と曾根田はビールだ。
「えー? じゃあその人とけいさん付き合うんですか?」
「うーん、解らん」
幸孝とはどうなるか解らない。好きと言うより居心地がいいという感じなのだ。でも告白されたらどうするんだろうな、とおこがましいことをふと思った。曾根田はわたしの隣に座り、向かいには翼がいたが、特に表情も変えずにその話を聞いている…と思ったら、眼が何かを追いかけている。視線の先には19歳ぐらいの女の子の店員さんがいた。眼が大きいのが印象的だった。
「おれにこるん好きなんだよね」
「藤田ニコル?」
「あの子ちょっと似てない?」
「うーん?どうかな?」
「ちょっとナンパしてくるわ」
と席を立って、ナンパしに行った。わたしの前でそういうことを平然とやるところ、何が好きだったんだこいつのこと、ナンパてすごいなバイタリティ、などといろんな感想が瞬時にあふれた。
「…結局翼さんとは付き合わないんですね」
「は? 何それ」
「おれはけいさんでもいいと思ってたんですけどね」
「え、翼とわたし?」
「じゃなくておれと」
曾根田の顔を口を開けて見る。曾根田は肘をついて、上目遣いをする。え?
「なんてね。でもけいさんおばさんだしなー」
おばさん…?この時、わたしは22だ。確かに曾根田は19なので、だいぶ大人には見えるかもしれないが、おばさんということはない。
「でもおれはいいですよ、けいさんがおばさんで中古車でも」
「…中古車?」
「だって今まで付き合った人はいたんでしょ? じゃあもう中古車ですね」
「…」
こいつは今何を話しているんだろう。中古車の意味するところはわかる。しかしそれを面と向かって言うのか…?しかも“中古車”ってあまりにも下品すぎて言葉を失う。
曾根田は気が利くが、一方で異様に子供っぽいところがあった。すぐに怒ったり、自信過剰だったり、こういう言葉を相手にぶつけたり。なんとなく薄々感じていたが、今のではっきりわかった。こいつはやばい。
この時、早く翼帰ってきてと思っていた。…ああ、あいつは今ナンパ中だ。こういう時に限って…。わたしは無意識に口を固く閉じていた。すると平然とした様子で、翼が帰ってきた。
「ナンパだめだったわ~」
「あ、翼さん、翼さんは経験人数何人スか?」
「経験人数?」
「ヤッた数です」
「う~ん、おれ童貞だからわかんないや」
満面の笑みでこう答える。
この時、わたしと曾根田は思った。いや、お前みたいな童貞いるかよ、と。
結局このいびつな会は形だけはなんとか保ちつつ、終了した。家に帰り、着替えもせずにベッドに突っ伏す。なんかどっと疲れた。この頃からか、若い男の子がだんだん怖くなった。けして何かされたことは一度もない。けど、話しにくい。
不思議と伸びた手がケータイを握りラインで幸孝の名前を探す。幸孝、君もそうなのか?
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