第6話 ひまわり畑と麗人
どこかで鳥の声が聞こえた。
丘の
思えば、今まで幽霊やUFOなどの存在を信じていないというより、それらの存在について考えを巡らせたことなどなかった。
遊園地では絶叫系アトラクションばかりに夢中になり、お化け屋敷は付き合いで入る程度だったと思う。
——いや。お化け屋敷もまんざらでもなかったかも。——入る前から小鹿のように身体を震わせながら、コアラのようにオレの腕にしがみつく聡美ちゃんに、オレは腕から伝わる彼女の胸の柔らかさと、小さな頭から漂うシャンプーの香りに全神経を集中させていた。
たぶん、にやけ顔になってたと思う。
今思えば、幼馴染だった彼女を異性として意識し、恋心が芽生えたのはこの時からだったと思う。
「——あの・・・・・・。」言いかけて光喜は口をつぐんだ。
人は死んだらどうなるか。——老人に答えを求めたかったが、それを死者である自分が生者である老人に聞くことが、あまりにも
「うん?」
「オレは——これから、どうなるんでしょうか」
「そうさな。・・・・・・すべての人は、いつか神のおられる世界に帰る日が来る。——そこに例外はない。お前さんにもお前さんのためのバスが迎えにくるじゃろう。安心なさい。神の愛は無限で、いつも温かく受け入れてくださるとも」
老人は、胸で小さく十字を切った。
「えっと。——やっぱりよく分からないな。つまり、オレの身体・・・・・・じゃなくて、オレという存在はどうなるんですか?」
これから先に不安を感じているのに、宗教めいた答えではぐらかされたような気がして苛立ちを隠しきれない。
「儂にも分からんよ。それよりもまだ、やりたいことを残しているんではないかね? お前さんのリストの一番下の所は、まだ線が引かれておらんし」
「えっ? ああ・・・・・・。そこに書いてあるのは、ここでひまわり畑を見る事です。線は引いてないけど、オレがここにいる時点で、一応・・・・・・もう叶ってしまっているってゆうか・・・・・・」
質問の矛先をすり替えられたようで、歯切れの悪い回答となった。
「そうかね。——まるで自分に言い聞かせてるみたいじゃな」
老人は『やりたいことリスト』を一瞥した後に、四つ折りにして光喜に手渡した。
ゴロゴロと聞こえていた車輪の音が、すぐそばでピタリと止まった。自然と視線がそちらに向かう。
郵便配達人が台車を押している音と勝手に想像していたが、大きなキャリーケースを転がす音だった。
キャリーケースの脇に、息をのむような麗人が立っている。
無機質な石畳が麗人の存在感をひときわ際立たせる。そんな彼女を見て、光喜の心臓が大きく跳ねあがった。
「なっ⁈ 聡美ちゃん?」
ありえないような偶然に目を
大きな瞳に整った顔立ちは、聡美ちゃんにそっくりだ。
しかし、高級そうなノーカラージャケットを羽織り、しっかりとメイクを決め、凛としたオーラを発する麗人は、守ってあげたくなるような聡美ちゃんの印象と大きく異なる。
「こんにちは。——ここって素敵な景色ね。おじいさん。そこ空いてます?」
麗人はキャリーケースをベンチ脇に立て掛け、ビジネスライクな笑みでベンチを指さす。ちょうど光喜の座っている位置を指さしているだが、彼女には光喜の姿は見えてないようだ。
「もちろんだとも。こんな
老人は相好を崩しながら自分の真横に座るよう促す。結果、ベンチには老人、キャリア風な麗人、そして光喜の三人が並んで座っている構図になった。
「なあ、バスが来るまで時間はまだある。お話をしようではないか。――お嬢さんは観光・・・・・・ではなさそうじゃな?」
彼女のビジネス風な
季節折々の花々を愛でるために訪れる観光客が多いアムステルダム郊外において、この
そもそも、このあたりは田園地帯であり商談など行われることがないからだ。
「ええ。アンティークの仕事に携わっていてデン・ハーグで商談を。――でも、ここに足を延ばしたのは卒業旅行かなぁ。・・・・・・それにしても、思っていた以上に素敵な
彼女は、眼前に広がる景色に見惚れつつも、どこか遠くを見ているように目を細めた。
「ねえ、おじいさん。ひまわりって不思議よね。――まっすぐ背筋を伸ばして凛とした姿は、お姫様を守る騎士のようでもあり、太陽に向かって一斉に顔を向けるその姿は、まるで無邪気な子供みたい。強さと愛らしさが同居しているというか。――そんな男がいたら反則っていうか無敵だよね」
溌剌とした雰囲気の彼女らしからぬ無垢な少女っぽい発言だと光喜は思った。しかし、違和感は感じられない。
「そうさな。――その人への想いがお嬢さんの頭の中をいっぱいにしているのだね?」
「フフッ――分かります? やっぱりおじいさんに話しかけてよかった。――三十路前の女の恋バナなんて、みんな引いちゃうでしょ」
口元を押さえながらフフフと笑う。
「神の愛が尊いように、人が人を想う愛も同じく尊いものだよ。そして、愛に時間や場所は関係ないものさ」
老人は胸で小さく十字を切った。
「ねえ、聞いてくれる。私ね・・・・・・小さい時からずっと好きだった人がいてね――。その人のことが大好きで、いつも一緒にいたくて。――でも、もう会うことができない人で・・・・・・」
そう言って彼女は、高級ブランドのロゴが入ったハンドバッグから一枚の絵葉書を取り出した。
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