第4話 やりたいことリスト
雨は小雨に変わり、風はすでに止んで西の空が明るくなってきた。
「——ここが、最後の目的と言っておったよね」
「ええ。一応・・・・・・」
「では、お前さんはそのリストに書かれてあることを全てできたわけだ。つまり、願いが全て叶ったわけだ。——それはとても素晴らしいことじゃないか。どんなこと叶えることができたのか聞かせてくれんか?」
老人は、『やりたいことリスト』の二重線で塗りつぶされた部分を、円を描くように指さした。
無邪気な笑顔を添えて——。
「えっ! 全部っ⁈ マジで? それはムリっ!」
顔を真っ赤にして全力で要求を拒否した。
リストに書き連ねているのは、願望や希望だけではない。欲望もしっかり記されているのだ。
なかには、口にするもの
そんな光喜の狼狽とは対照的に、老人は笑顔のままだ。
「——おじいさんが指差している所、『腹いっぱい焼肉を食べたい。』って書かれています」
またしてもその笑顔に誘導されてしまった。——内心でぼやく。
◇ ◇ ◇
——
オレは母さんと共に慌ただしく荷物を片付ける。それにしても、関節は硬くなっているし、久しぶりに身体を動かすと腹が減る。
「
突然のオレの言葉に、母さんは目を丸くしたけど、少し間をおいてニッコリと頷いて、退院したその足でいつも家族で通ってた焼肉屋へ連れて行ってくれた。
肉が焼け脂の香ばしい香りを嗅いだ時、長かった入院生活から解放された喜びが不意に津波のように押し寄せて感極まってしまい、それを両親に悟られぬよう肉を頬張りながら、小さく小さく肩を震わせた。
しばらくすると、
オレは嬉しくて
◇ ◇ ◇
——ポン。と優しく肩を叩かれ現実に戻された。怪訝そうに老人がこちらを見ている。
老人の面持ちから察するに結構な時間、回想の世界に浸っていたようだ。
そして、老人は、待っていました。と言わんばかりに、次の行へ指をスライドさせた。
ほんとに全部、洗いざらい聞き出すつもりなのか——。苦笑しつつ軽くため息をついた後に、残りのリストに書かれてあることを一つづつ解説し始めた。
退院してからしばらくして、ヤス達はシダックスに付き合ってくれた。
大量のスナック菓子とジュースを持ち込み、明け方までみんなで頭の中が真っ白になるくらい(あるいは酸欠になるくらい)歌い切った。
夜明け前の薄明るいアーケードを四人で並んで歩く。少しばかりの耳鳴りと、心地よい疲労感が全身を漂う。
疲れ切った顔を見て誰かが、プッっと吹き出した。意味もなく発生した笑いはすぐに連鎖し、気が付けば四人で腹を抱えて笑い転げていた。(オレたちは今、繋がっている。)笑い転げながら、その一体感を感じられることが嬉しくてたまらなかった。
(——ええっと、おじいさん。あなたが今、無邪気に指さしているそこはダメだ・・・・・・。これを聞いたら、あなたの心が桃色に汚されてしまう。代わりに、キャバクラに行った事を話すからっ!)
オレたちは、先日彼女と別れたばかりで傷心のヤスを「大人のお姉さん」に慰めてもらおうと一計を案じ(もちろん口実である。)、値段の手頃なキャバクラをググって街に繰り出した。——無論、大学生を装って。
はぁー。これが大人の世界か・・・・・・。
薄暗い店内を優雅に歩くお姉さんたちは、自らが発光しているようにぼんやりと輝いて見え、まるで闇夜を舞う蝶を連想させた。
うちの女子達とはえらい違いだ。戸惑いを隠せない友人たちが、ため息交じりに意向同音を口にする。
実は、これ以降のことはあまり記憶にない。
というのも、オレはソフトドリンクで乾杯をした直後に、
心配そうな面持ちで、膝枕をしてくれたお姉さんの太ももが柔らかくて気持ちよかったことだけは鮮明に覚えている。
はいっ。——艶っぽい話はこれくらいでいいだろ。
——ああ。宮崎の話だね。宮崎のおばあちゃんなら、あちらから来てくれたよ。
おばあちゃん、足が悪いのに来てくれてありがとう。
宮崎の温暖な気候に相応しく、いつも太陽のように笑うおばあちゃん。そんなに泣かないでくれよ。
今日は悲しい顔をさせちゃったね。——本当にゴメンね・・・・・・。
でも、——元気そうで安心した。また、冷や汁作ってね!
——えっ。スカイダイビング?
結局、機会に恵まれなかったけど——。もういいよ。体験したから。
おじいさんは、マリンスポーツに縁がなさそうだね。スキューバダイビングってやったことある?
海中で水の浮力と重力のバランスを取ることを中性浮力といってね。その浮力と重力のバランスを上手くできる。重力も浮力もない完全な無重力を体感することができるんだ。
重力から解放され、色鮮やかに咲くテーブル珊瑚の上を滑るように海中を漂う時の感動をどうやったらうまく伝える事ができるのだろう。
実はキャバクラで
そこで、オレは意識が肉体から飛び出す夢を見てね——。目を閉じているのに、病室の見慣れた白い天井が見える。ベッドにいるはずなのに、布団の重みや毛布の温もりが感じられない。というより身体に重みが感じられない。
意識が肉体から切り離れて、自由に空を飛び回れるそんな夢だった。その時に感じた身体の軽さは、スキューバダイビングの中性浮力と同じだったんだ。
夢のなかでオレは、すぐさま好奇心に駆られ病室の天井をすり抜け、上空から自分の住んでいる街を見下ろした。
蒼白い月明りに照らされたオレの街は本当に美しくて、思わず息をのんだよ。
そして、——————
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