第3話 ひまわり畑と立ち込める暗雲
っても、オレの入院生活なんて話してもつまんねぇよな・・・・・・。
チラリと老人の様子を伺うが、その表情は読み取れない。
ベンチにもたれかかり思案していると、ゆらりと前髪が揺れた。
——風が強くなってきたな。
光喜は、髪をかきあげ、風の吹く西の空を見ると、重たげな黒い雲がこちらに迫ってきている。眼下に広がるひまわり達も呼応するように、ザワザワとさざめき始めた。
「——これは一雨くるな。」
老人は目を閉じたまま鼻を空に向け、ひくひくと動かした。
「そんなこと、あの雨雲を見れば誰だって分かりますよ!」
光喜が、差し迫ってくる黒い雲を指さしたその直後、その方角からバチバチと激しい音を立て、大粒の雨が石畳を濡らしてこちらに迫ってきた。
いや。もう眼前だ。
と思った瞬間、大雨はゴウッ!と激しい轟音とともに、バスストップの屋根に打ちつけた。
「とりあえず、ここなら濡れそうにないの」
ベンチを小屋の中央に少しばかり動かして腰掛けた。
二人して、強風に揺さぶられ、大雨に打たれて首を垂れるひまわり達を、ぼんやりと眺める。
「では、話の続き。——ここまでの道程を聞かせてくれるかな」
老人は、ぼつりと呟いた。
そして、柔らかな笑みを光喜を向ける。
だが、その瞳からは、どんな苦境においても、為すべきを成し遂げてきた人間特有の意志の強さ。
苦節を経験し乗り越えたからこそ、他人の苦しみが自分の事のように感じ取ることができる人間特有の慈しむような優しさ。
これらが、雄弁に伝わってくる。
と同時に、瞳の奥のどこかに
老人の瞳の中に宿る、微かな憐憫の情を感じ取った瞬間、理由もなく光喜の心臓がドクッと大きく跳ねた。
それは、とてもセンシティブな感情で、光喜自身も自分の心に説明できる材料は持ち合わせていないだろう。
ただ、直感的に光喜の心の底に
「この紙が、——オレの足をここまで運ばせたんだと思います」
光喜は、内ポケットから一枚の紙を取り出し老人に差し出した。
「手紙ではないな・・・・・・。まるで女房から渡される夕飯の食材リストのようじゃ」
老人は目を細めて紙を一瞥し、詳しく知りたい。と視線を光喜に向ける。
「オレ、半年間ほど血液の病気で入院していたんです——。その時に書いたのがコレ」
あまりにも説明不足だ。——というより説明になっていない。
自分の言葉足らずに呆れつつ、頭を巡らせて言葉を紡ぎ出す。
「病室から外を眺めていると、色んなことを考えてしまいますよね」
光喜は、呟くように老人に語り始めた。
◇ ◇ ◇
点滴が腕にずっと刺されたままの日々が続くと、身体に絡みついたチューブをすべて外して思いっきり走ってみたい。
などと、普段はろくに身体も動かさないくせに思ったこと。
小学生の時からずっと日記を書き続けていたが、入院から3ヶ月経っても、一向に病状が良くならず、「痛い」とか「吐き気」など身体の不調を訴えるキーワードが多くなってきたことに気づいてしまい、嫌気がさして日記を書くことを止めたこと。
パサついた味の薄い精進料理のような食事が配膳される度に、「こんなもん食えるか」と言いながら、トンカツや焼肉を腹いっぱい食べる日が来ることを夢見て我慢しつづけたこと。
だけど、あまりに我慢できずに、母さんにコンビニのチキンを内緒で差し入れしてもらったこと。
病院の談話室でヤス達とエッチな話で盛り上がりすぎたこと。
そして、話の勢いから、毎朝、血圧を測ってくれる看護婦さんのおっぱいが大きくて、彼女から血圧計を巻かれる度に良からぬ妄想を抱いてしまうことを、ついしゃべってしまったこと。
さらに、運悪く、その一部始終をその看護婦さんに聞かれて、マジでドン引されてしまい、その日以降、血圧を測ってもらう度に気まずい空気が流れるようになったこと。
幼馴染でありクラスメートの聡美ちゃんが、光喜が退院した後に学校の授業についてゆけるよう、授業の内容をこまめに教えに来てくれたこと。
そして、それが次第にクラスの女子に対する不満を、光喜の耳に入れる割合が高くなってきたこと。
そこで判明したことは、どうやら女子の間でトラブルが発生しているというより、大学受験を控えクラス全体にピリピリとした不穏な空気が漂っているようであり、聡美ちゃんも神戸にある外語大学を熱望しているが、合格ラインを確保できておらず、他の生徒と同様にストレスを抱えたクラスメートの一人であること。
そして、聡美ちゃんやヤス達が受験を控えた身でありながら、貴重な時間を自分のために費やしてくれた。
このことに、しっかり感謝の気持ちを伝える事ができたのか。その記憶が曖昧であること。
光喜自身、要領よく整然と話せたとの自信はない。混濁した記憶と思いを咀嚼も選別もせずに、ただ吐露しただけである。
が、入院生活を続けるなかで、
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