2. shi ai k ai shi (2)


 高校卒業後、海人は特待生として、地元の四年制大学へ進学、晃は、地元にて大手製造メーカーの営業職へ就職した。

学校から地元ではない有名大学への進学を強く薦められていた海人だったが、弟の側にいたいといった思いから、地元に残る選択をとった。

 波岸海人と長谷川晃。共有する時間が増えたとて、大学生と社会人になったとて、所詮二人は、二人。たまたま連絡先を得たとして、特に連絡を取り合う仲でもない。それでも、弟と妹つながりで、彼らの、友人でもただの知人でもない、奇妙な関係は続いた。



 大学在学中に、海人は二人目彼女との、遠距離からの別れ、更に三人目彼女との交際、別れを経験した。


「私のよくなかったところとか、教えてほしいな……! だからって別れないで…とかは言わないから」


 大学四年生。三人目彼女との、別れ際の出来事。


「なにも。ただ自分の問題。ごめん」

「自分の問題って何? 期待に応えられないとかそういう? わたし別に、一緒にいてくれてるだけで全然よかったよ? こたえてくれてたよ」

「いなかったろ」

「ちが――…ううん、わたしはちがう。

 海人くんってさ!――恋、したことある? この人、って、思ったことはあるの? 」


「それ、前にも言われたよ」


“この人――と、思ったことはあるのか。”

 こう聞かれた時、海人には、どうしてか脳裏に蘇ってしまう記憶があった。

長谷川晃。その男とまだ口を聞く前の、中学校図書室での出来事。


 部屋に入ると西日がまぶしくて、カーテンを閉めようとした。近くには、だらしなく、ふんぞり返って寝ている長谷川晃がいて。仕方なく、近づいた。

日に当たって茶色の増した髪と、無駄にバサついたまつ毛までが、不本意にも視界に入って。

腹いせに、勢いよくカーテンを閉めてやった。

自分もまだまだガキで、故意に布を叩き、埃もたたせて。

それでも彼は起きずに、図太く眠っていた。


そして、涙を流していた。





「兄さん?」


 自宅の茶の間、テーブルの上。声変わりした弟の声で、海人は目を覚ます。


「あぁおかえり水人。また背がのびたな。今日はいいのか。寄らなくて」

「あはは、兄さんほら、今二十二時過ぎだよ! ただいまっ」

「な――」

 携帯を確認するが、水人からの着信は入っていない。

「してないよ。これからは迎えも気にしないで! 」

「水人……。

またなんだその顔は」


 友人に好き勝手化粧された顔で、弟は今日も嬉しそうに笑っていた。






 この頃、長谷川晃はというと。

 長期的ものさしを欠いた進路選択ミス、海人よりも一足先に、社会人になってしまった晃。

彼は今、勉学だけでない、また多くの苦戦を強いられていた。

何もかもが学校とは違う環境。彼のマイペースさや親しみやすさが、今までのようには活かされない事の方が多くなった。

職場だけでなく、渋々参加する酒の席でも、散々イジられて、見下されて。妹のため、そして入院中の母のために、ひたすら歯を食いしばる、ヴェリアスキリキリデイズ。



 〝休憩〟なんかじゃない休憩時間。気がつけば、ウォーターサーバーの水が水筒から溢れだす。

「やべ」

 これで何度目か、一日最低二回はしてる。

全然足りぬ容量。今年の妹への誕生日プレゼントだったが、いらないと返された花柄のミニ水筒。


「…早く麻婆食いてぇな」

 深呼吸をして、晃はまた顔をあげる。水人の作る夕飯を、唯一の楽しみとして。




 それからまた一年の月日が流れて。

 晃と海人が十九歳の春。満を持してといったところか、二人に――ではなく、二人の家族に、ある変化、シーズンが到来した。

高校一年生となった晃の妹燐華と、海人の弟水人が交際をはじめたのだ。

お兄さん方はもれなく祝福……には、なるはずなくて。

晃はともかく、前々から燐華をよく思っていなかった海人は、内心猛反対だった。

“弟の気持ちを尊重し、なるべく口に出さないようにはしてきたが、まさか交際までとは。全くもって、ないだろう”――と。



「いや〜めでたいめでたい! 末永くごちそうになりますよ、先生! 」

「だから先生はやめてくださいって。あ! 燐華、もっとよそう?」

「いらない。あとなんでまた来てんのよ、あなたの身内」

「おい燐華! おまえが掃除しないからだろーが! 」

「“お前らが”、だろが。

 水人、いい加減こいつらの世話を焼くのはやめたらどうだ」

「ははは。えっと、大好きだから、居たいな」


(“大好き”って……)


「水人〜!(涙) おかわり! 」

「はい晃さんっ」


 全く別の理由でため息をついた海人と燐華をよそに、花畑オーラ全開で、義兄弟(仮)はのほほんトークを繰り広げていた。




 やがて海人は四年制大学を卒業。世界的にも名の知れた大手IT企業のエンジニア職に就職した。

勤務先は本人たっての希望で、都心ではなく、自宅から電車で一時間半程度の距離にある支社となった。

 海人の弟、水人は、兄と入れ代わるようにして、兄と同じ大学の学生となり、晃の妹、燐華は、隣接する市内の短大生となった。

二人の交際は続いていて、これにより、双方の兄同士もやむなく、道端で会えば足を止め、弟妹関連連絡に限り応答、互いの家を行き来する関係を続けた。片や一辺倒に、“まぁ、いいや”の精神で。



 しかし、そんな彼らの関係も、ある出来事によって、破滅的なものへと変貌を遂げることになる。



 海人の大学卒業から約三年後、海人の弟、水人が自殺したのだ。


 二十歳。あまりに早すぎる死。

 片親の父を病で亡くして以降、たった一人の家族として支え合ってきた水人の死と、その要因は、海人から、今までの冷静さを完全に失わせることになる。

 弟は確かに自殺であったが、そこに追い込んだのは、紛れもない。弟の彼女で晃の妹、長谷川燐華であった。













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