海を駆けてく季節たち

かさのゆゆ

1. shi ai k ai shi


 これは、巡り廻る、季節の物語。

















 弟思いの、“さめた”男、波岸海人なみぎしかいとと、妹思いの“さめない”男、長谷川晃はせがわこう

関係、いわば腐れ縁。

この季節の物語。

語るは、そう。二人から――。





 波岸海人なみぎしかいとと、長谷川晃はせがわこう

彼らがはじめて言葉を交わしたのは、中学二年生の夏。場所は中学校の図書室だった。

出会い自体は、遡ること小学五年生。海人のいる小学校に、晃が転校してきた。

同学年に増えた転校生。最初はただ、それだけ。

名前も知らない。何のつながりもない。でも共通の認識だけは持っている。そんな存在。


共通の印象ワードは、“ぼっち”。


そうだ。彼らはいつも一人だったのだ。ただ、同じぼっちでも、タイプは正反対で。

だから迂闊に近づきもせず、時が来るまでは、奴らは決して交わらなかった。


 一匹狼の優等生。文武両道であり、容姿端麗。それでいてクール。隠れモテしているが、「恐れ多くて近づきがたい」と、畏怖込みで、周囲から一目置かれている海人。

一方、転校初日から、持ち前のフランクさで周囲と打ち解け、慕われてもいるが、決して群れはしない。けど「そんなところもあいつらしい」と、フラットに距離を置いてもらっている晃。

同じ“ぼっち”でも、陰陽の差。

しかし、中二の五月頃から、晃の休憩場所が海人と同じ図書室となったことで、二人は、昼休みから放課後まで、居場所を共有することになる。

晃は晃で、だらだらマイペースに。海人は海人で、晃の存在が気に入らずとも、こいつのために自分が退きたくもないという理由から、意地でも図書室に通い続け。

こうして、彼らの腐れ縁的関係は始まったのだった。




 ・波岸海人なみぎしかいと

トゲトゲの黒髪頭の青年。夏生まれ。規則正しく、身なり、容姿の整った優等生。切れ長で鋭い目つき。目の色は、深い青。色白。背が高い。基本は寡黙。ただ、気に食わない者に対しては、口が悪く、短気。

弟思い。自分より弟。家庭のため、部活は、ほとんど活動しないパソコン部に所属している。小学校時代は空手をしていた。辛いものが好き。


 ・長谷川晃はせがわこう

地毛が茶色い(栗色)、髪質ストレートの青年。秋生まれ。上下まつ毛が長い。丸寄りの目。目の色素が薄め(アンバー)。

節約のために、基本前髪はセルフカット。下手なので不揃い。

マイペース。よく寝ている。ヘラヘラ、ダラダラしているところがある。制服は、手入れされてないヨレ具合。“くん”づけされる海人とは違い、周りからは基本呼び捨てで、雑な扱いを受けている。妹思い。自分より妹。

陸上部であり、中一までは真面目に活動していた。中二からはサボり気味。大会で入賞するだけの実力はあり。勉強は苦手。






 図書室では、各自だいたい決まった場所で、読書なり勉強なり(晃のみ時々ゲーム)をして過ごす。

ルールを守り、終始もの静かな海人。傍ら、毎日居眠りをしては、時折大きないびきを轟かせ、図書委員の女子生徒に追い出される晃。


 そして、夏休み明け直後の放課後。とうとう時は訪れた。


 夏休み中の不規則な生活がたたって、いつも以上に眠気に襲われていた晃は、その日の昼休みも、図書室で横になろうとしていた。

お手製ベッドの上。詳しく言えば、海人の定位置にある椅子を並べて作った、椅子ベッドの上。

無論、わざとだった。

“親しくはないが、まぁ、そこそこの期間、同じ空間を共にしてるぼっち仲間。これくらいは許してくれるだろう。” そう晃はたかをくくっていた。まさかそいつが、噂以上に“クール”なヤツだとは思わずに。


 いつも通りの時間に、いつも通り現れた、蒼白氷山顔。 

「……」

 いつも以上に尖った氷山が、タイタニック長谷川号に衝突するまでに数秒もなく。

「あぉあっ!」


 男は、くそ短気だった。


「しょうがねーな」と笑って許してくれるような、寛容さ、フレンドリー味は、欠片もない。

冷たい氷は、深い眠りに入りかけていた長谷川号を、撃沈させた上、かかとで蹴り上げた。


「…ッいってーな! 低機能ル○バめ。

 人を見分けr…ぬぁッッ!! 」

 次に飛んできた辞書も、足の小指にジャスト“ヒット”。声なき声をあげて、晃、悶絶。


「掃くぞ 」


 これが、彼らが初めて交わした視線。それから言葉だった。







 波岸海人と、長谷川晃。

腐れ縁。

中学二年生。

まだ、なんだかんだ幼かった。


 あの日以降、二人は、しょっちゅう言い合いをしては(百割、晃に海人が巻き込まれるという形で)、図書室を追い出される身となった。


「長谷川くん! いびき! ──ったく本当に……!」

 図書委員の女子生徒が体を揺すっても、眠り続ける晃。ここは自分がといわんばかりに、海人が彼女の肩に手を置く。

頬を赤らめ退いた女子生徒。海人は、晃の後ろ襟を片手で掴むと、彼を図書室のドアの向こうまでひきずって放り出した。して何事もなかったように席に戻る。怒った晃が、寝癖頭と、よれた制服のまま、つっかかってくる。この一連の流れも、日常になりつつあった。


「はい終わりっ!

ルールはルールなんで。長谷川ははよ出てけ。

波岸くんは…何の罪もないですけど、ぜんぶ長谷川こいつのせいです!

いつもごめんなさい !! 」


 ビシンッ(戸の閉まる音)


 今日もまた、図書室から追い出された晃と海人。並んだシルエットだけをみれば仲良さ気。が、片方は頭を一発叩かれて、もう片方は赤面で一礼されているという、扱いの差は雲泥。

「……」

「……」

 廊下でも一切口は聞かない。なのに校内でも、校門を出た先でも、二人の進む道は同じで……。何故かこれも、ここ最近からの日常。

“こいつのためなんぞに、ルートを変えたくない”

 ここでも両者、意地を張り合っていた。


「……あのさ、ついてこないでくれるかな。

まじ低機能ル○バ。ボク、ヒトリニナリタイ」

「ゴミは話さない」

「誰がゴミだ!」


“上手いこと返しやがって”と、ちょいとした敗北感まで食らい、ぐぬぬと唸る晃。だがしばらくして、聞こえるか聞こえないくらいの声量で、彼はぼそりと呟いた。

「……まぁ、ル◯バはともかく、低機能は悪かったよ」

 結構な勇気を振り絞っての。しかし、そんな彼の言葉目線も空しく、すぐさま行き場をなくす。

対象のル◯バは、既にヒトから離れ、近くの機械なかま、自動販売機の前に移動していたからだ。

“おんどれ……”

 恥ずかしさと苛立ちで、その場に固まる晃。緑茶とスポーツドリンクを持って、そこに戻ってくる海人。

 まさか。

「は? はぁ? ――え?」

 感情の処理が追いつかないまま硬直解除。からの瞼連動。

“飲み物のチョイスは微妙だけど、意外といいとこあんのか…?”

 海人の顔と頭脳以外の面も、少しは認めてやろうかと思った晃だったが、やはり氷は氷。

期待して、少し伸ばした手に、飲み物は渡されなかった。


「俺の弟がこの辺の公園で遊んでる。迎え。

家はこっち(方向)じゃない。てめぇの家そこだろ。じゃあな」

 弟の分であろうスポーツドリンクを保冷バッグに詰め、緑茶片手に颯爽と去ってく海人。憎さしか湧かないその後ろ姿に、晃は叫んだ。


「い、家そこじゃねぇし! 勘違い野郎がーーッ!! 」











 合わないやつ。だがそこが妙に合っているような、謎の間柄。

無言でも別に苦ではなくて、次第に晃は、図書室以外の場所でも、海人を探すようになった。

ただただ自然に横を陣取り、憎まれ口をたたく。まれにトモダチ的距離感を試みるわけでもなく、ただ並んで、解散して。それでもきっと、“ぼっち同士”だけだった仲では、なくなってきている。少なくとも晃は、そう信じた。




 食べて眠って、起こされて。読み書き眠って、起こされて。気がつけば受験生、からの卒業。そして舞台は、高校へ――。


 晃と海人は、同じ高校へ入学した。

海人は特進科で、スポーツ推薦の晃は普通科。

地元で一番とされる公立の進学校だ。二人がその学校を選んだのには、決して裕福とはいえない互いの家庭環境が、大きく関係していた。

 海人は、四歳下の弟と、アパートにて二人暮らし。元、父子家庭であり、父の死後は、父方の祖父に預けられた。亡き父は元教師で、祖父も元公務員。一見おカタいご家庭だが、祖父は未成年女性への淫行により逮捕歴あり。現在は警備員。立場上養育費の仕送りはしているが、海人ら孫の住むアパートには不在。

晃もまた、母子家庭であり、四歳下の妹、燐華とのアパート二人暮らし。母親は精神病院に入院している。父親が十代の女性と不倫し、晃が中一、妹が小三の頃に、両親は離婚。父親はその後、また別の若い女性と再婚した。

一応養育費等もらっているが、余裕とは程遠い暮らし。

だからこそ、彼らは弟妹を自身以上に大切に思っており、「家族を守りたい、また、金銭的苦労もさせまい」といった気持ちも強いわけで。だからこその、進学先だった。






「うわ〜、めっちゃ寿司のにおいする」

「お前もな」

 高校入学後の帰り道。海人はバイト帰りで、晃は部活帰り。鉢合えば、相変わらず始まる晃のダル絡み。以前は「失せろ」だの「黙れ」だのキレていた海人も、最近はわりかし落ち着いた対応になって、それが晃にとっては、若干さみしくもあり。

高校生になって、二人が校内で会う機会はほとんどなくなった。ただ、海人のバイト先が、長谷川家の近所のようで。帰りに被ることは多く、晃にとっては悪くない偶然だった。


「なんか丸くなったな〜」

 海人の肩に腕をまわし、晃はニヒヒと笑う。

「触るな」

「夕飯はどうするよ。うちで食ってってもいいけど?」

「誰が行くか」

 海人は知っている。長谷川晃の家事能力がいかに終わっているかを。

炊事と皿洗い、掃除に洗濯、家事は弟と交代制をとっている波岸家とは違い、長谷川家は丸々全て、長谷川晃の担当。だのに、だ。

料理もワンパターン、その他も諸々テキトウ。妹から毎日小言を言われているようだが、何もやらず口だけ出す妹も妹。


「弟くんも毎日他所で食ってんだろ?お前だってそうすりゃいいだよ」

「だとしても、てめぇの家には行かん」

「ハッハ〜、そんなこと言いきっちゃって、いいのかな? 最近の我が家はメシマズではないのだが? 妹の友達の子がさ、遊びにきたついでに作っていってくれんの。まぁ〜美味いわけよ! 俺もたまに教わったりしてんだけど全っ然で! そんで妹共々頼りきりってわけなんだけど」

「兄妹そろってクズだな」

 辛辣に毒づいて去っていく海人。相変わらずといえば相変わらずの対応。やれやれと肩をすくめた後、晃も我が家に歩を進める。今晩も夕食を楽しみに。足取りは軽い。


「ただいま〜」

「おかえりなさい晃さん。今日もお世話になってますっ」

「いやいや〜こちらこそ!」

 ドアを開ければ、ここ最近毎日お出迎えしてくれる妹の友達。小学六年生。

ほんとしっかりしてるな〜と、毎度感心する高校一年生。

「燐華にこんな素晴らしいお友達がいたなんてなぁ。だいじにしろよ〜燐華」

 妹からのガン無視も、晃にとっては日常。

そんなだから、妹に、六歳の頃からこんな友人がいたことも、知らなかったわけで。

何がともあれ、この料理上手なご友人様は、“兄以外とは口を聞けないと言われている程、人見知りで気難しい妹――”と仲良くしてくれる、非常にありがたき存在なのである。


「いただきまーす!」

 今日のメニューはアツアツの麻婆豆腐。妹が中華好きということもあって、毎日だいたい中華。“辛いもの好きのあいつにはうってつけだろうに”と思いながら、晃は今日も絶品を堪能するのであった。











 高校生になった海人は、寿司チェーン店と定食屋の厨房バイトを掛け持ちしている。

家にほとんど金を入れないどこぞの祖父を、端からあてにはしていない。働けるようになったからには、少しでも多く、自力で家計を支えたかった。

定食屋バイトには同じ科の先輩女性がおり、彼女からは告白もされた。現在、なんとなく交際中ということになっている。そしてこれを知る者は、彼女側の友人のみである。

 一方、スポーツ推薦で、内申以上の高校に入った晃に、バイト先での青春は皆無だった。そもそもバイトすらしていない。

スポーツ推薦ゆえ、以前のように部活をサボるわけにもいかず。また、進学校ゆえ、勉学にも、今まで以上に苦戦を強いられることとなった。


(流石にまずいかもしれんな。いや、毎回だけれども。)


 昼休み。今回ばかりはテスト用紙をガム捨てにするのもやめて、久々に晃は向かっていた。海人のいるであろう、図書室へと。


 勉強を教えてほしい。ふてぶてしく、そう頼むつもりだった。

 だが、図書室内で海人を見つけるや否や、扉を開けもせず、晃は立ち去った。

 彼の向かい側には大人びた女性が座っていて、二人から醸し出される雰囲気は、ガキに立ち寄る隙はないという暗黙、疎外感のような何かを、晃に抱かせたのだった。




 部活帰りとバイト帰り。晃はその日もまたいつものように、海人に絡みに行った。あの女性のことは気にしてなんかない。

いつものように別れて、自宅のドアを開ければ、いつものように迎えてくれる妹の友達。癒やし。


「そういやさ、先生」

 本日の絶品、回鍋肉を、がつがつ頬張りながら、話しはじめる晃。

「だから先生はやめてくださいって」

「いやいや料理の先生じゃないっスか」

「水人です」

「んまぁ、水人くん。中学からは燐華と同じ学校になるわけでしょ?」

「そうですね」

「だいじょぶなの? 学校でまでアイツと…って。きついって」

「晃さん! すごくうれしいんですよ僕はっ! 」

 小さなちゃぶ台越し、半身乗り上げてまで飛ばされる、真っ直ぐな瞳と声。

「あ、圧が……! 燐華の友達とは思えんほどの陽……っ」

「これからもよろしくお願いします! 」

「はい…これからも、ごちそうに……」

 こんな時でも妹は自室にこもっているわ、どこまでもマイペースな長谷川家。(ちなみに兄に部屋はない。)



「ところで水人くんってさ、苗字なんなの? 」

「え言ってませんでしたか」

「まぁ燐華なんでね。俺もごめん、気にしてなくて」

「いえすみません。僕の方こそ!

 僕『波岸』です! 」

「ん? 」

「波岸です! 」

「へ? 」


(いや待て、波岸って別に珍しい苗字…でもないもんな。俺と同じ高校にきょうだいがいるとは聞いてたけど、波岸って他にいたっけ。てかきょうだいって男!? いくつ上なんだ! )


「…あのさ水人くん、きみの“お兄さん?”って、もしかして波岸海人さん? 」


「はい! 」


 この時、長谷川晃は生まれてはじめて、濃い口中華の味覚を忘れた。











 ピロン


 午後二十二時少し手前、海人の携帯が鳴った。

弟の水人からだろう。

友人宅で過ごしてるとはいえ、夜遅くまでの外出。正直海人は反対している。弟のために、バイト先も、弟のよく遊ぶ公園付近にした。にも関わらず、近年はその公園まで迎えにすら行けていない。

「ごめんね…!兄さん」

 それは、“弟の友人が、人が来ると怖がってしまう”という理由からだった。(以降弟とは、公園から少し離れた別の場所で、看板を目印に合流という形をとっている。)

とりあえずこの時間帯の連絡は弟しかいないため、メールを確認次第、海人は足早にいつもの場所へ向かうわけだが。

『早く来いや』

 その夜、弟のメールアドレスで送られてきたメッセージは、やけに喧嘩腰で。

“水人……!” 

 弟の身に何か起きたのかもしれない。

そう危惧した兄は、自転車を引っ張り出して、爆速で現場に向かう。


「あっ!兄さん! ただいま」


 待ち合わせ場所には、何事もない様子で手を振る弟の姿があった。











 それからしばらくして。

昼休みの図書室。この日も彼女と勉強していた、海人の携帯が光った。

本来ならば着信などない時間帯。

 「弟さん?」

「いや。知らない番号」

 電話を無視して、海人は勉強を続けた。


 翌日の昼休み、今度は電話ではなく、差出人不明のメールが届く。


『もうすぐ期末テストなので、勉強教えてください。』






 一方その頃。騒がしい普通科の教室内。

 弟の水人から連絡先を教えてもらい、ようやくメッセージを送れた晃は、柄になく緊張していた。


(返信来んな……)



 そしてその日の放課後。部活帰りとバイト帰り、いつものダル絡み。例の件にはあえて触れず、

と思われたが。 


「おい」

 いつもなら曲がる道で曲がらずに、晃の横を歩く海人。

「あんだよ。飯食ってく気にでもなったわけ? 」

「お前か」

「なにが? あ〜そうだけど」


 ドレに対してのソレかも、よく分からない。が、どちみちそうだろうと、うなずく晃。


 返事はない。だがそのまま、彼はついてくる。


「いいんだ」

 何気ない様子でそいつの方に振り向いて、晃は言った。


相変わらずキツい目つき。


“似てねぇなぁ…”






「ただいま〜」

 アパートに到着し、普段通りに戸を開ける。


「おかえりなさい!あ!兄さんも!」


「……」


 言葉を失う海人。そのわけは、

なによりも……。

あの連絡のこと、じゃない。

弟からよく聞いていた、“お世話になってる友達の兄さん”の正体――じゃない。

なによりもまず。


まず。


「なんだこのゴミ屋敷は……!」





 その日以来、弟の衛生面のために、海人は定期的に、長谷川家(の共用部分)の掃除に行くようになった。それから、完全にそのついでとしてだが、晃の勉強にも付き合い……。また、実際水人の友人に会ったことで、“こんなんに気を遣うのも馬鹿らしい”となり、公園にも長谷川宅にも、堂々と迎えに行くようになった。

 そんなこんなで、波岸海人と長谷川晃が過ごす時間は急激に、増えた――というより、増やされていったのであった。



 こうして、二人は無事(晃にいたってはなんとかだが)高二、高三となっていって。

 その間海人は、誰に言うわけでもなく、一人目の彼女と(一半ほどの交際の末)別れ、その半年後にはまた、今度は同科の同級生である女性に告白され、交際中の身となった。



「ムカつくわ〜」

 スーパーマーケットの店内にて、唐突に晃がぼやいた。

海人から恋愛絡みの報告や、相談を受けることも、一切ない。それでも必ず、分かってしまうのだ。晃はそんな自分自身にも、形容し難いモヤつきを抱いていた。けど「そんなん突き詰めるのも面倒くさい」とし、いたって普段通りに、接し続けているわけだが。


「つーかお前なんでいんだよ 」

 ここ最近、毎日かってくらいに、学校以外でも顔を合わせるそいつ。

彼の目の前で、晃はわざと大袈裟に溜め息をついてやった。


「やることたくさんあんだろ」

(バイトとか、彼女とか、デートとかデートとか)


「水人をお前なんかに任せられるか。

ったく。水人もなぜこいつらのためなんかに」


(こんなんが、俺にとっての、“いつものこいつ”。

彼女の前では、どんな“いつも”なんだか)


「水人は人が良すぎる。全部やらせやがって。カゴひとつでも持ったらどうだ」

「もってます〜」

「水人、重いだろ。カートは俺が持つ」

「いいっていいって! あ、あれだ! 燐華が食べたいって言ってたお菓子。行きましょう晃さん! 」

「おう! 」



(こうしていられっなら――

 まぁ、いいや! )










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