第232話 学園祭④

 ビックリたこ焼きを食べた俺たちは1階へと戻り、1-1クラスへと向かう。


 「美味しかった! それにしても後で焼く所を見せてもらったけど、イイダコが一匹丸ごとだから、最初は半分以上が生地からはみ出ていたのに、最終的には見えなくなったのには驚いたね!」


 葉月さんが先ほど食べたたこ焼きの感想を言う。

 作り始めた時なんて、絶対に綺麗に丸くならないだろうと思わせる状態であったのに、焼いているうちに普通のたこ焼きにしか見えなくなるパフォーマンスは圧巻だった。


 「途中で生地を足したりしながら熱でタコが縮んで、たこ焼き用のピックでひっくり返して作るのは見応えが凄かった。一匹丸ごと入っていることで驚かせようとして、作る所は見えにくくしていたけど、絶対に焼く所を見せた方がビックリすると思う」


 「うんうん!」


 これ作るのは絶対に失敗するだろと思わせてからの~大成功だからね。

 一応、作る所を見せた方が良いとは理由と共に言ったのだが、選択するのは先輩次第だ。

 たこ焼きの話をひとしきりした後で、俺たちは次の目的地の話に移る。


 「それにしても1-1もメイド喫茶だったようだし、俺たちは『ヒーローショー』にして被らなくて良かった」


 やはり学園祭と言えばメイド喫茶くらいの知名度があるので、手を挙げるクラスは多いのだろう。


 「被らなくて良かったと言うか、同じ出し物になった場合は1組から選択権があって、5組はどこかと被ったら変えないとダメだったらしいよ! 私たちのクラスがメイド喫茶を選択してたら、由愛と二人でこっちはメイド(男子)、執事(女子)だから同じではないって生徒会に交渉をしに行ってたと思う!」


 「そんなところにもクラス間の差が!?」


 ちなみに東校は、探索者育成&中・高・大一貫という特殊性も相まって普通の高校とは違い、三年生が引退せずそのまま部長をしていることも多いようだ。

 生徒会だけは、生徒会長が立候補で就任する場合と前任者が指名する場合の二つにわかれるようなのだが、どうやら立候補をする人がいなかったらしく、役員の殆どがそのままらしかった。




 「お! アニキと葉月さん。来てくれたのか」


 俺は鏡君の声に手を挙げて答える。


 「鏡君の執事服、似合ってるね!」


 「おお!? 麗華小烏丸麗華のやつにはそう言ってもらえたんだが、葉月さんも言ってくれるなら自信になるな!」


 俺もメイド喫茶なら褒められ……いや、ウチの場合は女装することになるから、似合ってると言われない方が良いのか。


 「あら、おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」


 俺たちの話している声が聞こえたのか、東三条さんが教室からメイド姿でやってくる。


 「――ッ!」


 俺は東三条さんのメイド姿の圧倒的な破壊力に息をのむ。


 「東三条さん可愛い!」


 「ありがとう存じます、お嬢様」


 そして更に葉月さんの言葉で東三条さんは笑みを浮かべてほほ笑む。

 その後に、こちらをチラチラと見上げるような目線を俺に向けるが、俺は微笑みからの見上げコンボにやられてしまって声をかけることができない。


 「そ、そんなに見つめられると恥ずかしいですわ」


 「あ、ああ……ごめん」


 ここで似合ってると言うべきであるのに、俺も恥ずかしくなって言葉に出せない。

 そうしていると、周りに人が集まり始めて東三条さんを撮影する人が出始めた。


 「おい、お前ら! 天音の撮影は禁止だ! 撮影可のメイドも何人かいるから、中で料理を注文した後にチェキ券を買って撮影してくれ!」


 1-1クラスは地下アイドルの撮影会でもしてるのかな!?

 攻略道のメンバーには優しくなった鏡君だが、勝手に東三条さんを撮影していた人たちにオラついて向かって行くと、画像の消去をさせていた。


 「おー、おったおった。ここにおったんか。やっと見つけたで! 蒼月に葉月さん。椿が台本を改稿して、覚えてもらうために呼んどるから――なんや、蒼月は取り込み中か。ほなら、葉月さんだけでも来てや」


 1-1クラスのメイド喫茶に入りたかったのだが、どうやら椿が台本を改稿したようで、榎本君が俺たちを呼びにやって来る。

 そして、俺と東三条さんを見ると、なぜか俺に対して親指を向けて任せておけサムズアップのポーズをとると、葉月さんだけを連れて行く。

 空気を読んでやったで! みたいな顔をしてたけど、俺はほんとに行かなくて良いの?

 しかもサラッと葉月さんに、後で二人で回ろうと誘って断られ、意気消沈しながら連れだって戻って行った。


 鏡君は東三条さんのメイド姿を撮影させないように、周りのギャラリーを散らせるのに忙しそうにしている。

 東三条さんはレアメイドかなにかかな?

 俺は葉月さんもいなくなり、一人になっちゃったよと東三条さんに目線を向ける。


 「それではご主人様、さっそくご案内いたします」


 「なんだか東三条さんがそういう言葉遣いだと新鮮だね」


 「なりきることが大切なのです。学園祭の恥はかき捨てですわ」


 東三条さんはそう言うと、俺をテーブルへと案内した。

 メニュー表を見ていると、そこかしこから「おいしくな~れ」や「萌え萌えキュン!」という言葉が聞こえる。


 「ひ、東三条さんもやってくれるの?」


 「私様は……同じようにしようとしたのですが、なぜか皆さまに止められてしまい……、接客もせずに立っているだけで集客ができるとのことでしたので、ずっと壁の花です。ですが、一通りは覚えていますので、蒼月君が望むならメイドとしてやり遂げてみせますわ!」


 東三条さんは両手の拳を握りしめ、顎の下へと持ってくると、フンス! と言った表情で気合を入れた。

 自分を壁の花と自虐しているけど、接客をしなくてもそこにいるだけで客がやってくる看板娘ってことだよね。


 それに東三条さんにメイドをさせるのは、少し恐れ多い気がするので、クラスで気を使われていると言うこともあるのかもしれない。

 だけど俺は攻略道の仲間だからね! 気なんて使わない! 決して、東三条さんが恥ずかしがる姿を見たい訳ではない。

 1-1が一丸となれるように協力するだけだ。

 俺はそう思い、オムライスとミックスジュースを注文した。

 

 料理ができるまで他の客と同じように待つのかと思っていると、東三条さんは戻って来て俺の会話の相手をしてくれる。

 って言うか、俺たちを気にしないようにしているフリをしているだけで、ほぼ全員の視線が俺たちに向いていて気まずいのだが、東三条さんは一切気にしていないようだった。


 東三条さんは佐々木君(1組所属の総合ランカー)に料理ができたと伝えられると席を立つ。

 そして、なぜかシェイカーを手に持ち……、


 「そ、それではご主人様、私様わたくしさま……わたしの後に続いて復唱をお願いします。せーの」


 『シャカシャカ♪』


 「シャカシャカ」


 『シェーイク♪』


 「シェーイク」


 「ありがとうございまーす。バッチリでーす!」


 「ありがとうございまーす。バッチリでーす」


 「あ、そこはしなくて大丈夫ですわ」


 「……」


 東三条さんはそう言うと、グラスにシェイクしたミックスジュースを注いだ。


 『ではご一緒に、美味しくなるおまじない! 萌え萌えきゅーん!』


 「萌え萌えきゅーん」


 俺は東三条さんの真似をして手をハート型にすると、グラスに注がれたミックスジュースに美味しくなるおまじないをかける。

 そしてそれを見た東三条さんは、最後にオムライスにケチャップでペカチュウの絵を書くと俺の前へと置いた。


 これさ、1-1クラスのみんなに聞かれてるって知ってた?

 俺のヒットポイント生命力はもうゼロだよ。

 ちょっと東三条さんの恥ずかしがる姿を見ようとしただけなのに、俺の恥ずかしい姿を仲良くもない人達に見られる地獄を経験してオムライスの味なんてわからない。




 「ではせっかくですから、記念撮影もしておきましょう」


 俺は精神ダメージで良く分からないまま返事をすると、メイド姿の東三条さんと二人並んでにゃーんと猫のチェキポーズをとると記念撮影をする。


 「あとで、送りますから期待しておいてくださいまし!」


 「って、東三条さんは撮影だめだったんじゃ?」


 少しだけ正気に戻った俺は、鏡君が東三条さんはチェキ撮影不可だったということを思い出す。


 「私様が撮りたいと思った相手なら問題ないのです」


 「そうなんだ。じゃあそろそろ……、会計を……」


 基本的に俺たち以外のお客も、料理を食べるか撮影をした後で帰っているので、支払いをしようとする。


 「それならば、学校への寄付の関係で学園祭で使えるチケットを大量に購入していますから、こちらで全て会計を済ませていますわ」


 「そ、そう。ありがとう。ペカチュウの絵も可愛かったし、東三条さんの可愛いメイド姿も見られて楽しかったよ」


 東三条さんは何となく照れたような表情をした気がするのだが、ここでも俺は奢られた上に、ヒットポイントを無くしてしまっていた。

 せぬ……。

 俺は、東三条さんの顔をしっかりと見ることができないまま、ヨロヨロと改稿された台本を覚えに皆の元へと戻るのだった。


 


 


 

 


 

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