第227話 イーッ!

 午後の授業が終わると、『ヒーローショー』で出演予定のメンバーキャストは体育館へと移動する。

 それ以外の衣装や大道具・小道具・音響照明を担当するメンバーは教室に一旦残り、堂島君と一ノ瀬さんと共に今後の話合いをするようだ。


 堂島君は敵役のボス、一ノ瀬さんはピンクヒーローとどちらも出演メンバーに含まれるのだが、初めは裏方の指示や打ち合わせに参加をするようだった。

 もし、俺たちが提案した『執事(女)・メイド(男)喫茶』に決まっていたら、この率先した指示や話し合いは攻略道のみんなで分担することになっていたことは間違いないだろう。


 これはもしかして負けた方が勝ち組だったのでは?

 なぜなら、仕事量がえぐ過ぎる。

 できるだけ手伝うつもりではいるが、休み時間なんかは集団ごとにわかれているので、俺や七海さんが指示役に回れるほどの情報共有をしていないのが問題だ。

 

 「仕事量を考えると、俺たちも率先して協力をするつもりだけど、休憩時間に九条君たちのところへ混ざれないから指示役は難しいか……」


 「蒼月は十六夜さんがいるからまだ会話ができる方じゃないか?」


 「それはそうなんだけど席が近い分、聞こえてくる会話で榎本君がね」


 「ああ……」


 水戸君と体育館へ向かいながら、俺たちはいつもの休憩時間の風景を思い浮かべた。

 九条君たちとは成績が近いので、どこの席に集まって会話をするかにもよるが、集団としての距離もかなり近い。


 そのため、お互いの会話が聞こえることはよくあるのだが、榎本君は女性についての話や下ネタを結構言うために、俺や水戸君は反応に困るのだ。

 まあ、大体が九条君や堂島君、そして椿に注意をされるまでがお約束のようではあるのだが、仲の良い空気感なら問題のない出来事であっても、知り合い程度の関係性の俺たちでは注意したりスルーをすることさえ気を使ってしまってどちらも難しく感じてしまう。



 「あ、矜一、水戸君。みんなが集まったら、説明をするから舞台袖ぶたいそでにいてね」


 ステージ上から椿が俺たちを見つけると、全員が集まってから説明をすると言う。

 舞台袖……ステージの両横にある客席から見えない所のことだっけ。


 「舞台袖……。上手かみて下手しもてのどっちに行けばいいんだろう」


 椿の言葉に反応をした水戸君が呟く。


 「上手と下手って?」


 「ああ、たしか、舞台を客席からみて右側が上手で左側が下手って呼ばれていたような?」


 「へぇ……。ステージ舞台って、入学式だとか学校行事で先生が話す所ってイメージしかなかったけど、専門的な言葉もあるのか。舞台裏も専門用語だったり?」


 「そうそう。舞台裏はたしか、劇場内……ここだとメインアリーナ総合体育館の施設の一つだけど、観客側から見えない全ての場所……舞台袖だとか照明設備の部屋だとかのことだと思うよ。舞台袖と似てるけど少し違う感じ。まあ、関係者しか知らない話とかも舞台裏っていうから使われ方はこっちの方が多いかな?」


 「なるほど。それだと今回は最終的にステージに集まるだろうから上手でも下手でもどっちいいんじゃないかな」


 俺たちはそんな話をしながら、近かった上手袖側(右側)へあがる。

 上手袖には九条君と青木君、張本君たちが待機していたので手だけをあげて挨拶した。

 七海さん葉月さんは下手袖にいるのかな? ってか青木君もここにいるってことは何か役があるのだろうか?

 ヒーローの見せ場を作るとしたら、もしかしたらヒーローの人数分で敵の幹部役がいるのかもしれない。


 「榎本! ここに来るメンバーでお前が最後だぞ!」


 「すまん、すまん! 話し込んどったら遅くなってしもたわ」


 ここからでは見えないが、どうやら椿が榎本君をかせているようだ。

 って榎本君は九条君のパーティで一人だけ名前で呼ばれていないけど、何か理由でもあるのだろうか。

 ドアを開ける音が聞こえ、逆側で榎本君の声が聞こえる。

 どうやら下手袖側へとあがったようだ。


 「よし、これで全員だな。全員、センターまで集まってくれ」


 椿はそう言うと、俺たちをステージ中央へと集めた。

 下手袖には七海さんと葉月さん、榎本君と他に数名のクラスメイトもいたようだ。


 「ここに台本があるから、みんな一部ずつとってほしい。台本の中には魔法やスキルを使う場面が書かれているけど、今回はステージに結界を張ってもらう申請をしたばかりで、まだ結界が張られていないから、それまでは軽くセリフと動きを合わせる感じでいこうかと思っている」


 俺は椿の説明を聞きながら、椿の作った台本をパラパラとめくった。


 「しかしこの人数で集まっても十分な広さがあるステージ舞台っ凄いな。奥行きも結構あるし」


 「私も正確にこのステージの大きさを意識して脚本を書いていなかったけど、問題なさそうでよかった。むしろ、もう少し動きを大きくしたりして見栄えを良くできる気がする。戦闘シーンは窮屈な場面が出てしまうかもしれないと思って、殺陣たての見せ場をレッドだけで強調するようにしていたんだが……。シルバーと同時進行も問題なさそうだな」

 

 ステージは多人数で戦闘をしても問題ないくらい大きい。


 「さすが東校って感じだよね! ステージが二階の観客席からでも見えるように開けてるし!」


 葉月さんがステージの大きさに興奮して声をあげる。

 俺たちが今いる体育館は、一般的な高校の体育館とは違い、トレーニング室や屋内水泳プール室、武道場、会議室なども含め、複数の体育館(室)からできている総合体育館のようになっている。

 その総合体育館のような施設の中でも、大きなステージを備えているのが、今いるこの場所……メインアリーナだ。

 ちなみに、東校の入学式は必要な広さがそこまで必要ではないのでサブアリーナで行われているのだが、それでも一般的な体育館より広かった。

 

 「台本あるしせっかくステージに上がっているから、最初の場面だけでも少しやってみないー?」


 「それ、いいかも!」


 七海さんが最初の場面をやってみようよと言うと、葉月さんもそれに賛成のようだ。

 台本をもらったばかりなので、俺はまだ数ページしか読み込んでいないが、それは七海さんたちも同じだろう。

 となれば、本当に最初の場面だけしてみようという感じなのかな。

 

 俺たちは少しだけ話し合うと、ヒーロー側が上手、ヴィラン悪役側が下手にわかれることとなった。

 物語台本の始まりは平和な町の日常……バス停で男女の会話から始まる。

 今はバス停の大道具はないが、本番ではきっとあるのだろう。


 クラスメイトの二人がステージ中央へと移動し両サイドの舞台袖を確認すると、椿が『スタート!』と声をあげた。


 クラスメイト(女):『早くバス来ないかなー』


 クラスメイト(男):『あはは。どんだけ楽しみにしてるんだよ。映画館の席はもう予約済みだし、このバスだってゆいが早く行こうって言うから開場の30分も前につく便だぞ』


 クラスメイト(女):『だって渋滞して間に合わなかったらいやじゃん!』


 クラスメイト(男):『ほんと、心配性だよな』


 ナレーター(椿):”バス停で二人の男女が、デートで見る予定の映画を楽しみだねと会話していた。するとその時、突如として晴れ模様の空は曇り、道路の上にブラックホールのような渦ができると、そこから黒いスーツを着た何者かが現れる”


 クラスメイト(男):『な、なんだ!?』


 悪の戦闘員A・B・C(青木・張本・榎本):『イーッッ!』


 クラスメイト(女):『きゃ、キャー!』


 ナレーション(椿):”突如として現れた男たちは、右手を斜めに掲げてポーズをとると声をあげ、騒動で止まった車を破壊しはじめる。男たちが周囲の破壊をしはじめたことで、車の流れが止まり渋滞が起きている。そして動きの流れが止まると、漆黒の黒穴ブラックホールから美しい肢体をした女性が姿を現す”


 ってか青木君、ショ〇カー役なのかよ!

 いくらクラスの協力をすると言ったとしても、よくその役をOKしたな!

 俺はこの後で変身し、『何をしている!』とか言いながらショ〇カーを瞬殺することに台本ではなっているんだが!?

 俺はまた青木君が気分を害さないかなと心配しながらも、変身をしたつもりでステージ中央へと飛び出して行く。


 「お前たちは何者だ! 町の平和を脅かす者たちはこの俺が許さない!」


 俺は上手袖からステージへと移動しセリフを言うと、襲い掛かってくる悪の戦闘員B・Cの攻撃を避けて倒し、最後に戦闘員Aを豪快に投げ飛ばした。


 青木君戦闘員Aは投げ飛ばされたところでドンッという大きな音を立てて倒れ込むと小声でイテェ……と呟くが、すぐに上手袖へと消えて行った。

 台本には確かやられた後は舞台袖へと消えると書かれていたので、青木君はしっかりと演技を続けたことになる。


 悪の幹部(七海):『お前は何だと聞かれたら 答えてあげるのが悪の華道 世界の平和を防ぐため 成して見せよう世界征服! 我が名はダークナイトブリガード暗黒騎士団の紅一点 レイヴェナ・ノクター 』


 ナレーション(椿):”ウゥ―――⤴ ウゥ―――⤴ 道をあけてください ウゥ―――⤴ ウゥ―――⤴ 緊急事態です 道をあけなさい! ウゥ―――⤴ ウゥ―――⤴”


 七海さんが敵の幹部としての名乗りをあげ、警察が駆けつける場面を椿が声で表現する。

 ここはたしか台本では、音楽でパトカーの音を流すと書かれていた箇所だ。


 レイヴェナ(七海):『あら、正義の使者さん。どうやら命拾いをしたようね。戻るわよ!』


 悪の構成員B・C(張本・榎本):『イーッ!』


 ナレーション(椿):”騒動に警察官が駆け付けて来る音を聞いた暗黒騎士団のメンバーは即座に黒穴へと逃げ込み消えて行く。そして危機に駆けつけたヒーロー・レッドも正体を知られる訳にはいかず、町の喧騒の中へと紛れるのだった”


 俺は七海さんも今宵やマコト達がやっていた決めポーズゴッコとか好きなのかな、いや脚本を作ったのは椿だから好きなのは椿なのかなと考えながら、今した演技の話をしようとステージに集まってくるみんなを見るのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 本文外。

 悪の幹部紹介

 レイヴェナ・ノクター (Ravena Noctis):

 「レイヴェナ」は鴉を意味し、その暗く神秘的なイメージが悪の女幹部の冷酷な性格を表し、姓の「ノクター」はラテン語で「夜」を意味し、彼女が悪の暗黒の中心に存在することの象徴です。

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